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【長編版】 吹奏万華鏡0 打楽器ソロコンテストの章  作者: 幻創奏創造団
小倉優月 恋する打楽器奏者編
13/15

【現在編ⅱ】 打楽器に恋して吹奏楽

優月が中学3年生のときだった。

文化祭のあとから、吹奏楽へ少しの憧れを抱いたが、身を削ってまで始めようという感覚はなかった。


美術部引退の少し前。

優月は想大と写生に出ていた。想大はホルンパートたちを写生したいようで、中庭での練習を撮らせてもらっていた。

「…ホルンって、形面白いよな」

「小林君も分かるかぁ。良いでしょう〜!?」

元ホルンだった同級生、藤重(ふじえ)菜帆(なほ)が嬉しそうにする中、優月はそれをただ見つめていた。ホルンとは丸い形状をしていて、芸術家の想大は、それが気に入ったらしい。

「高校行ったら是非!」

「それは俺に吹奏楽を始めろ、と?」

「当たり!」

「えぇ、困ったなァ」

ちゃっかり勧誘する同級生に、優月はただ苦笑していた。徐ろに辺りを見回した時だった。

ドコドコタタンパァン!!

「!?」

唐突の激しい音に、優月の脳は揺さぶられた。

「おっ?優月くん、この音って瑠璃ちゃん達?」

「た、たぶん…?」

しかし、突然に音は止まってしまった。

「カッコいい」

それでも、優月の興奮は止まらなかった。打楽器の音がカッコいい。そう心の底か感じたからだ。きっと好きな人が演奏してるから、という贔屓耳もあるだろう。だが、窓とカーテン越しからでも分かる打楽器の魅力は、充分に伝わっていたのだった。

一糸乱れぬ正確な音。皮と金属が唸りを上げるに鳴り響く中、ふたりは菜帆と共に中庭を後にした。



無事に撮れたホルンの写真を見ながら、想大は黙々と絵を描いていた。

「…意外と難しいなぁ。ホルン描くの」

「そう?」 

「そういえば優月くん、結局何を描くんだ?」

「うーん…。別に何でもいい」

優月は、頭の中では全く絵のことなど、考えてすらいなかった。

「…これで3年生最後の作品なんだから、描きたいもの思いっきり描きなよ」

「うん」

優月は彷徨うように頷いた。その瞳はどこか遠くの何かを見ているようだった。

「…もしかして!」

すると想大はニヤリと笑う。

「優愛さんたちの絵を描きたい?」

「…!?」

それを聞いた彼の心臓がドクン!と跳ねた。

「当たりだな。俺は君が何を考えてるか分かるぞ」

「…は、外れではないかな。僕も想大くんみたいに楽器を…描いてみたい…」

それは紛れもない本音だった。

「んじゃあ、描くために掛け合いに行くか!」

「えっ!?今!?」

「行かないと、半月後の引退まで間に合わないぞ」

彼の反論をものとせず、想大は少し頰を赤らめる。

「…どうせ、練習とかで最後まで、優愛さんに会えないだろうし」

その言葉に、優月は恥ずかしそうに頷いた。確かにそうかもしれない。

優愛は練習が忙しいせいで、優月に全く会えないのだ。日中も学年が違うので会いづらい。

「…ありがとう、想大くん」

こうして友達の為に何でもする彼に、優月は心底感謝した。

「その代わり、助手料は一生恋バナね」

「えっ?」

「嘘だよー」



想大はトコトコと音楽室前まで歩く。優月はその後ろをトボトボと歩いていた。

「…笠松先生に怒られないよね?」

「大丈夫だろ。別に部活の一環だし」

優月の不安を躱す。やはり、想大は少し強い。

「…おっ、何か喋ってるな。丁度良い」

想大はドアをコンコンとノックした。木製特有の温かみのある音が響いた。


「!?」

音で最初に振り返ったのは優愛だった。慌てたようだったが、すぐに想大だと気づき、小さく会釈する。

すると想大は、小さな動作でドアを開いて、真似るように会釈し返した。

「ちょっとゴメンね〜」

彼はそう言って優月を突き出す。

「…あ、失礼シマス」

優月は一瞬で全身の筋肉が凍る。ドクンドクンと鼓動がうるさい。 


「どうしたの?優月くん」

優愛は少し珍しいものを見るような目で言う。

「あ、いや…、実は今、描きたいものが思い付かなくてね…。だから…」

目の前にいるのは親しい人であり、好きな人。それでも今は活動中だ。押し入ってしまった罪悪感でうまく話せない。

「…もしかして、絵を描きたいんじゃない?」

その時、隣にいた瑠璃が口を開いた。

「…えッ?それなら別に大丈夫だよ。撮る?」

「あ、ありがと」

すると想大が肩を上下させる。

「いいの?演奏してる所を描かなくて」

その言葉に優月は「えッ!?」と声を裏返す。

「…優月くん、ただ固定されてる物を描いても、つまんないでしょ?」

「ま、まぁ…」

優月が頷くと、今度は瑠璃が「優愛お姉ちゃん」と声をかける。

「…ん?」

「やる?」

そう言って瑠璃は、2本のスティックを頬の前へ構えた。

「…協力してあげようよ。良いでしょ?」

瑠璃が頼むと、優愛はすぐに頷いた。

「私も全然良いよ」

すると、ふたりは打楽器の群へと向かい、何枚もの楽譜をめくり指さす。

「じゃ、Cからね」

「うーん!」

瑠璃が下腹部より下のバスドラムに、足をかける。刹那、キックペダルが跳ね上がった。

(うわぁあああ…!?)

ものすごい、としか言えない。

瑠璃と優愛の息ぴったりな演奏に、優月は息を何度も呑んだ。太鼓の皮が衝撃で震える。放たれる音の衝撃は、本来の目的を忘れさせるほどに凄かった。迫力ある演奏に、つい頰が赤くなる。何だか恋をしてるかのように、音に聴き入ろうとするが、想大に肩を叩かれる。

(…よし)

優月は即座に、カメラを構える。

スティックの振れ幅が、他の楽器を邪魔しない地点。そこへカメラの照準を合わせる。優月は小さい時から動体視力が高かった。だから、何度も撮り逃がすようなミスはしない。

ぱしゃ!

乾いたシャッター音が何度も響いた。

1分後、ようやく演奏に区切りがついたようで、優愛がこちらへ振り返る。

「撮れたかな?」

少し不安そうに優愛が訊く。対照的に瑠璃は、黙って軽くたたいていた。

「…カッコよかった!」

「良かったぁ。写真は撮れた?」

「うん!撮れた!」

すると優愛の瞳が細められる。

「それなら良かった…」

その声は穏やかだった。その笑顔を見て、優月はつい頰を赤らめてしまった。


楽器室を出ようとした時だった。

「…優月先輩、絵頑張ってください!」

瑠璃がそう言った。小さな拳をぎゅう…と固めている。彼女も打楽器が好きなのだろう、と優月は分かった。

「うん」

ふたりの少女に見送られ、優月たちは部屋をあとにした。


数日後…。

「…本当に楽しそうだなぁ」

優月は絵を描きながら、そう思った。

キャンバスへ、その様子を描き出す度に、楽しげなリズムが耳奥に蘇る。

「…」

「おう、めっちゃ上手いやん!」

「へへ」

優愛と瑠璃の演奏をモデルにした絵。それは…僅か1週間で完成させた。だと言うのに、"過去最高傑作"と美術部の顧問からは褒められた。

「おォ!今までの小倉の絵の中で1番うめェ!」

「あ、ありがとうございます」

「太鼓の光とか躍動感あって、すごく良いよ」

「良かったぁ…」

(本当は…凄くアレンジしたけど…)


顧問に大いに褒められた、その日の帰り。

「やっぱり、優月くんは打楽器が好きなんじゃないの?」

「えっ?」

想大にこう言われてしまった。

「…だって、今回の絵は優愛さんたち、写ってないじゃん?でも凄く楽しそうに描いてたし…」

「…確かに描いてて楽しかった」

正直な気持ち、演奏者が優愛じゃなく、瑠璃だけだったとしても、変わらず、楽しかっただろう。

「…やっぱり吹部、はじめようかな?」

「凄く良いと思うぜ」

あの日…。(こぼ)した本音を想大は優しく(すく)ってくれた…。

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