【現在編Ⅰ】 吹奏楽への憧れ
…瑠璃の過去が、交差する中…。
そんな時、優月の過去も時を同じくして交差しようとしていた…。
茂華中学校の文化祭の数日後。
「ゆーゆ!」
「んっ?何?」
…とある本番の準備中、2年生のゆなは同級生の"ゆゆ"こと小倉優月に叫ぶ。
「おめーよーッ!締め付け甘いのよ!馬鹿か!」
鳳月ゆなはヒイヒイ言いながら、打楽器の脚を締め付けていた。ちなみにゆなは、かなりの面倒くさがり屋である。
「ご、ごめん!握力がないからさ…」
「なさ過ぎ!!私くらいの力になりなさい!」
その時、ひとりの少女が入ってきた。
「ゆなっ子の力ってどれくらいなの?」
アルトサックスの2年生、加藤咲慧だった。咲慧はゆなと同じ冬馬中学校出身だ。1年前は凜西良新高校という県央の高校にいたが、色々な事情で東藤高校へやってきたのだ。
「…力?うーん、握力は32だよ」
「強っ!私の握力は29なんだけど…」
「ふ、2人とも凄いね…」
優月は手伝うように、ゆなの近くへ転がる打楽器の脚のネジを、力いっぱい捻った。
「マジで吹部向いて無さすぎるよ。ゆゆ」
「…はぁ」
優月がしょんぼりとした時。
『それを鳳月さんが言っちゃう?』
穏やかそうな風貌をした男性がそう言った。
「広一朗」
ゆなが言ったその名は、顧問の井土広一朗だ。
「ゆなっ子だって、すごく面倒くさがり屋だったじゃん。齋藤さんと田中さんに怒られてたのに…」
「それ、いつの話?」
「1年のとき」
齋藤と田中。それはゆなの先輩だ。ゆなや咲慧と同じ和太鼓部だった齋藤菅菜とこの部の先輩の田中美心のことだ。ふたりは毎日のように、ゆなの面倒を見ていた。
「あぁ、そういえば菅菜がいなくなって、私はちゃんとしてきたんだっけ?」
「知りませんよ?私は」
「私も知らないよ」
ゆなが質問口調で言うが、井土と咲慧が知ったことではない。
「…まぁ、ゆゆは握力付けて。そうすれば良いから。あと久遠は?」
「久遠?」
久遠筝馬は優月の後輩だ。ちなみに天龍に所属していて、瑠璃の先輩でもあった人物である。
「筝馬くん、國井くんと機材を運んでると思います」
「あー、久遠ったら握力凄いもんね」
井土はケラケラと笑いながら、音楽室脇の部屋へと帰っていってしまった。
片付けを終えると、この日の部活は終わりだ。
「ねぇ、ゆゆー」
「んっ?」
帰ろうか迷う優月に、ゆなが話しかけてきた。
「…お前さ、どうして吹奏楽始めたん?」
そして、こう問いを投げられた。
「吹奏楽を始めたわけ?」
「うん。パーカッションずっとやってるじゃん」
「…鳳月さんには言ってなかったっけ?」
「広一朗が気になってた」
その時、
「まだ帰らんのかねェ?」
井土が欠伸をしながらやってきた。定期演奏会の準備でロクに寝てないのだろう。
「あ、広一朗。どうしてゆゆが吹部入ったか、気になってるよね?」
間を置かず、ゆなが尋ねてきた。スマホを下げ、椅子から身を乗り出して顎を引き出した。
「あー、うん。できれば聞いてみたいなぁ、って」
すると彼は、頰を指でなぞりながらそう答えた。
「井土先生が言うなら」
優月は、井土へ絶対的な信頼を置いている。
「…僕が吹部へ憧れたのは、中3の秋辺りですが…、本気で入ろうとしたのは、冬頃です」
そう、瑠璃のあの時間と同じ時だ。
打楽器へ恋した…その理由は。




