【Ⅹ】 親からの反発の章
タンタカドコドコドンドン!パン!
瑠璃と優愛は、卒業生の奏世から、教わった場所を入念に練習し続けていた。
(…瑠璃ちゃん)
瑠璃は疲れを忘れたように、叩き続けていた。
(…私は疲れたのに、凄いなぁ)
彼女は全く疲れを見せない。体力と同時に、楽しさが彼女を突き動かしているのだ。
一通りたたいた2人は、4時50分になったので、終わりの時間になる。
「ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
優愛と瑠璃は、挨拶を交わすと、打楽器へ毛布をかける。
「…優愛お姉ちゃん」
「んっ?」
「私の演奏…、どうかな?」
優愛へ瑠璃は問うた。その声はどこか楽しそうな響きを含めていた。
「…上手になってきてるよ」
「わぁ、良かったぁ」
いつもは大人しそうな赤い瞳。今は大きく開いて、踊るように震えていた。
「…明日は水曜日だから、部活は休みだよ?」
「分かってるよ」
茂華中学校は、毎週水曜日は部活がない。
「優愛お姉ちゃん、ばいばい」
「あ、凪咲ちゃんたちと帰るんだっけ?ばいばい」
瑠璃は音楽室を出ると、照れたような表情をする。ソロコンの練習をする毎日が楽しい。今までは鍵盤一筋なのが不満だったからだ。
すると、ふたりの少女が手を振ってきた。
「あ、凪咲!澪子!」
「瑠璃ー」
「お疲れー」
伊崎凪咲と坂井澪子だ。凪咲はクラリネット、澪子はトランペットをやっている。ふたりは小学校時代から優秀だったらしい。
「…打楽器ももう終わったの?」
「うん。優愛お姉ちゃん、バスだから15分くらい早く終わらせてくれるんだぁ」
「優しいよね。榊澤先輩」
「優愛お姉ちゃん、本当に大好き」
瑠璃が言うと凪咲は、首を何度か縦に振って同意した。
「…あっ、」
その時、ふたりの男の子たちを見つける。
「誰かいた?」
「想大くん…」
瑠璃の出した名前は、小林想大のことだ。彼は優月と同じく美術部の部員だ。
しかし、彼は気づいてないようだった。
「…話しかけてきたらどう?」
澪子が彼女の背中を押す。瑠璃は想大のことが好きだからだ。
「…想大くん!!」
瑠璃は、すぐに想大へ話しかけた。
「んっ?」
「あ、古叢井さん」
すると、優月と想大は気が付いた。
「どうしたの?」
想大が訊く。瑠璃はいつもより、少し明るそうな顔をしていた。楽しいことでもあったのだろうか?想大はそう思った。
「…お、お疲れ様」
「お疲れ様!そろそろクリスマスだな」
「う、うん」
想大から、少し早い季節の話題を投げ掛けられ、瑠璃は大きく頷いた。
「まだ12月前でしょ?」
揃えて優月が苦笑した。
「…でも、私はまだ大会があるんだ」
瑠璃が言う。
「大会?」
想大は知らない。首を傾げて瑠璃へ訊ねる。
「大会はね、優愛お姉ちゃんと太鼓やるの!」
すると、彼女は押し気味にこう言った。
「あぁ、そういうことか」
打楽器の本番があるのか、と思いながら、想大は「頑張れ」と笑った。
「うん!!」
優月も、ふふっと笑う。瑠璃はどこか優愛にそっくりなのだ。
翌日、優月たち3年1組の体育は、持久走であった。300mトラックを走りながら、優月と想大は走っていた。
「…瑠璃ちゃん、何の大会に出るんだ?」
「打楽器のソロコンテストらしいよ」
想大の問いに、優月が腕を振りながら答える。
「ソロコンってことか?」
「そ。良いよね…。好きな人と好きなことをするって…」
「…ふ、優月くんも吹部に入れば良かったのに」
「そうだね…」
「…」
物思いにふける優月の横で、息が漏れ出る音がする。
「…てか、優月くん、ペース下げてくれよ」
「え?これくらいで良いでしょ?」
「無理!体力どうなってんだよ?」
高校に入ったら…。そんな思考を広げる彼に、持久走の疲れは伴わなかった。
その日の夜、古叢井家。
「…ふぅん、瑠璃姉、太鼓の大会に出るんだー」
「太鼓じゃなくて、打楽器だよ」
「あー、はいうん」
妹の小麦が力なく返事をする。彼女の性格は、小学生時代の瑠璃とそっくりだ。少し暗い性格をしている。
「大丈夫?先輩に迷惑掛けてない?」
その時、瑠璃の母がそう言ってきた。
「…うん!迷惑は…掛けてないよ」
夕飯のエビフライがさくりと弾ける。衣が踊るようにエビと交わり合う。口の中がソースの味で満たされる。
「最近、帰りが遅いからすごく心配」
「…そりゃあ、たくさん練習しないと」
瑠璃は優愛が忙しくない日には、6時まで練習していた。
「下校が5時なんだから、もっと早く帰ってきて」
「えぇ、もっと練習しないと、大会まで終わんないよ」
そう言うと、母は不機嫌そうな顔をした。
母だけは、吹奏楽に対して良い反応を見せないのだ。
「…だから反対だったの」
事実、最初は思い切り否定された。
「えっ?」
「小学生のときよりも、手伝いもしなくなって…。引っ越してきてスグなのに、何もしない…」
それを聞いた瑠璃の表情が沈んだ。心当たりが脳裏を鋭く突き刺す。
「あなたに吹奏楽を始めさせなければ良かった…」
その言葉に力が抜けた。幼少期みたいに否定されたようで悲しくなった。
何も家のことをしないから、家族から反感を買われてしまったのだ。
「…ごめんなさい」
「全くどうして吹部に入ったのか…」
「まぁ、良いじゃないか」
瑠璃の父が宥めると、母は小さく溜息を吐いた。
「……」
瑠璃は何も反論できなかった。
茂華中学校は強豪校だ。コンクールの練習の為に、忙しくて家の手伝いなんて出来なかった。
それが、母の不満を爆発させたのだ。
(どうしよう?私、優愛お姉ちゃんみたいに、うまくないよ)
夜中になっても、過去のフラッシュバックも混ざって、全く眠る気にはなれなかった。
(…でも、お家のお手伝いもしなきゃ…駄目だよね)
部活でやるべきこと、家でやるべきこと。
ふたつの悩みが、瑠璃の頭を締め付ける。
(でも、優愛お姉ちゃんに迷惑掛けたくない…)
せっかく…やりたい太鼓が叩けるのだ。うまくなってやりたい。優愛よりも頑張りたい。
それが唯一、自分にできる意思表示なのだから。
「私なんか…誰よりもうまくない…」
そんな力ない言葉と同時に、静かで冷たい布団を、小さな5本指で引く。
今回はたった2人だ。
瑠璃の皮楽器の技術は、正直優愛より遥かに下だ。鍵盤楽器ばかりやっていたものだから、分からないことばかりだ。天龍で培った能力など当てにもならない。
(…優愛お姉ちゃんよりも、うまくなりたいのに…!)
だから、たくさん練習して皆から認められたい。
『この子に太鼓をやらせて良かった』
そう言われたい。
でも、今はまだ程遠い。優愛は何も言わないが、間違いなく足を引っ張っているだろう。
「…もっとやりたいのに」
瑠璃は自然と瞼から涙を溢していた…。
『色々、言ってくれてありがとうね…』
優しい優愛の顔を思い出す度、無力な自分の心が締め付けられる。
本当は誰よりも優しい彼女…。
親からの反発で、壁へぶつかってしまったのだった…。
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