【Ⅸ】 双姉の章
太鼓は玩具を触るみたいに楽しかった。しかし小学4年生になって、それはできなくなった。
諦め切った瑠璃が、ふさぎ込んだ時に現れた人物。
「…あなた、友達にならない?」
「えっ?」
「私は月館紅愛よ。瑠璃だっけ?よろしくね」
月館紅愛だ。彼女は姉っぽさが混じっていて、特別な能力を持っていても不思議ではない、と思うくらいの不思議な少女だった。
「…どうして私に?」
そんな彼女がなぜ、瑠璃に話しかけてきたのか?ちなみに紅愛には、狂信的な友達が多い割に、皆と親しくする場面を見たことがない。
「なんか、アナタ妹っぽいし」
「私、一応長女なんだけど…」
「そうだったのー。それは失礼」
少し照れたように笑った紅愛。その表情に瑠璃は安心感を感じた。
この人なら何があっても守ってくれそうだな、と思った。
その時、紅愛がとんでもない事を言う。
「…私があなたの面倒を見てあげる」
「えぇ…」
「だから、お姉様って呼びなさい」
「…」
「ね?」
紅愛は無理にウィンクした。その『信頼してください』感が可笑しかった。
「…いいよ!!」
「わっ!?」
だが、純粋無垢な瑠璃はすぐに承諾した。友達ができるなら『お姉様』呼びなど、気にもしなかった。
「じゃあ、何する?」
「それは瑠璃が決めて良いわよ。アナタが妹なんだから」
「えぇ〜、何がいいかなぁ?」
(瑠璃って…すごく純粋なのね…)
しかし、その様子は誰から見てもおかしかった。
ある日の放課後。
「…月館に無理矢理、お姉様呼びさせられてんじゃないの?」
こう男子から訊かれた。彼の顔からは、明らかに紅愛を忌み嫌っているのだと分かる。
「ううん、紅愛お姉様は、お姉ちゃんっぽいからそう呼んでるだけだよ」
「本当か?」
「紅愛お姉様のこと、嫌いなの?」
「偉そうな感じがムリ」
その言葉に、瑠璃は細い眉をへの字に曲げた。
「良いじゃん。何かあったら守ってくれそうで」
「…もういい」
紅愛を庇うような言葉に諦めた彼。男子が去っていくと、代わるように紅愛が入ってきた。
「…瑠璃!何か言われなかった?」
「紅愛お姉様?全然!」
紅愛は、瑠璃まで孤立するのではないのか?と心配していたが、そんなことは無さそうだった。
しかし…紅愛の異質な性質のせいで、彼女自身が瑠璃に話しかけることも、あまりなかった。
それから中学1年生の春、親の仕事の都合で、瑠璃たちは茂華町へ引っ越すことになった。
「紅愛お姉様、今までありがと」
「私の方こそ」
結局、紅愛を最後まで『お姉様』呼びしていた同級生は、瑠璃たった1人だった。
「そうだ、瑠璃に良いこと教えてあげる…」
最後、紅愛は瑠璃に『あること』を教えてくれた…。
でも…天龍を辞めたあとは、全くと言っていいほど、太鼓に触れることはなかった。こうして年を重ねる事に、太鼓への未練は消えていった…。
紅愛と別れて、中学校に上がると同時、瑠璃は茂華町へと転校した。
教室にひとつの溜息が落ちる。
「…はぁ」
瑠璃は転校生だ。そのせいか、余り馴染めず友達ができていなかった。
正直いって、周りからは嫉妬されていた。誰よりも可愛い顔をしているのに、暗い性格をしている。だから、それを最初は妬まれていた…。
歩き疲れた彼女は、外の小さな階段へ腰掛ける。春の暖かい風は、彼女の髪を静かに揺らした。誰かと行くこともないので、もう暇だった。
しかし…。
「…どうしたの?」
そんな時に会った人物が榊澤優愛だった。
「…ん?誰?」
「私?私は榊澤優愛だよ。吹奏楽部、興味ない?」
「…すいそう…がくぶ?」
吹奏楽部。
瑠璃にとって、その単語は初めて聞いた。
「…うん。楽器を演奏する部活」
優愛が端的に説明する。
「…じゃあ、なんで楽器を持ってないの?」
それを聞いた瑠璃が訝しげに聞く。
すると優愛は小さな両手をパッと開いた。
「私、太鼓やってるんだ」
「…へぇ」
分かり易く説明したから、すぐに彼女は理解を示した。
「…行ってみたい!!」
「…ふふ」
優愛の優しい人柄に瑠璃は惚れた。
だから、すぐに楽器室に行った。
「…わぁ!色んな楽器があるんだね!」
「…何かやりたい楽器はないの?」
「和太鼓やりたい!」
「…わ、和太鼓?うーん、い…今準備するのは難しいなぁ」
「…うーん、じゃあ他には?」
「ドラムとか!ドラムなら、すぐに叩けるよ!」
「叩きたい!」
瑠璃が最初にハマった楽器は…ドラムセットだった。
瑠璃は嬉しそうに、スティックを握った。すると、彼女はとんでも無いことを言い出した。
「…これ、細いね?壊れないかなぁ?」
「えっ…?」
「ぎゅっとして…」
瑠璃はスティックを、思い切り握った。
「どーん!」
叩かれたタムは、叩き起こされたように震える。どぅー!と残響が空気を揺らす。
「…わぁあ!音おもしろーい!」
その音にハマった瑠璃は、愉しそうに笑う。
「…つ、強いよ」
「へへ」
久し振りに太鼓を叩いた瑠璃は、またやってみたいなぁ、と思った。
(私の新しい玩具かな?)
あまりにも楽しくて、天龍のときのことを思い出す。
大太鼓をやっていた過去。それを言おうとした時だった。
「ねぇ、お名前なぁに?」
優愛が名前を聞いてきた。名札を見ても、苗字が難しいので分かりにくいのだろう。
「古叢井瑠璃だよ」
瑠璃は恥ずかしそうに答えた。
「…こむらい…るりって言うんだ」
それを聞いた優愛が、そう言うと「うん」と頷いた。
「いい名前だね。可愛い名前」
「…えっ?ほんと?」
「…ほんとう。瑠璃ちゃん、吹奏楽部に入ってほしいなぁ…」
その言葉は、太鼓を否定された過去を持つ瑠璃にとって、何よりも嬉しかった。
「…じゃあ、私、ふたつ、お願いがあるの!」
それを聞いて優愛が「何?」と目を細める。
「…優愛先輩のこと、おねーちゃんって呼んでもいい?」
「…おねーちゃん…。いいよ」
優愛が快く了承する。すると、瑠璃の目が爛々と輝く。
「…あとひとつ…なんだけどね…私、太鼓を沢山やりたい」
「…何?楽しかったの?」
優愛がケラケラと笑いながらそう訊ねると瑠璃は満面の笑顔で「うん!」と笑う。
そこまで言う人は初めてだ、と優愛は微笑む。
「いいよ。できそうなやつは回してあげるよ」
その言葉は承諾だ。すると瑠璃は「やったぁ!」と両手を挙げる。
内気な少女だと思っていた優愛は「わっ!」と驚いた。
(紅愛お姉様の言った通りだった)
今、思えばこの出来事も、紅愛に言われたもの、そのものだった。
『いい?絶対に友達になりたい人には、特別な呼び方をするのよ?』
卒業式の日、紅愛は彼女へそう言った。
『特別な呼び方?』
『そう。例えば、私みたいに「お姉様」とか』
提案した『特別な呼び方』とは、仲良くなりたい人のことを、家族のように扱うということだった。
『お姉様かぁ…。あんま親近感ないんだよね』
瑠璃が困ったように言った。「様」を付けると、親近感が薄れてしまうような気がした。
『じゃあ、お姉様じゃなくて、お姉ちゃんとかはどう?』
『…すっごく良い!!』
瑠璃は一瞬で即決したのだった。
『…新しい中学校でも頑張ってね』
『紅愛お姉様こそ、頑張ってね』
最後の言葉を交わしたその時、ふたりの間を柔らかい春風がすり抜けた…。
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