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誇り高き令嬢は、婚約破棄されても負けません! ~幼馴染と挑む華麗なる逆転劇~  作者: ぱるめりあ
第10章:揺れる想い

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第30話 密かな潜入④

 そして、しばらくしてレオンの声が低く響いた。


「ロザリア、これを見てください。日付があなたを裏切り者として断罪した夜会の直前なのに、王太子殿下の承認印が複数回使われている。この記録は……いや、どう考えても不自然です」

「本当だ……しかも、この書式とインクの色、私が知る王宮書記官の常用とは違う気がする。それに殿下の名前が別の書類とは若干違う書き方をされているわ。これ、偽造の可能性大よ」


 二人は興奮を抑えきれず、しばし無言で確認を取り合う。もしこの書類を表に出せれば、王太子が本当に署名した文書とは異なる筆跡やインクの差を証拠として提示できるかもしれない。すでに何点か怪しい記録を見つけているため、どれか一つでも王太子の正規書類と食い違いを立証すれば、エレナ派の策略を一気に追及できそうだ。


「やったわね……これで名誉回復への道が見えるかも」


 ロザリアが安堵の息を吐くと、レオンもほっと笑みをこぼす。


「ええ、でもまだ油断は禁物です。このまま戻れればいいけど……もう少しだけ確認をしてから撤収しましょう。持ち出せそうな文書も必要なぶんだけ抜き出して……」


 途端に、廊下のほうから足音が近づいてくるのが聞こえた。先ほどよりも複数人の声が混じっていて、一気に冷汗が背筋を走る。保管庫を見回りに来たのか、それとも夜勤の官吏が手続きに訪れたのか——いずれにせよ、このままでは発見される危険が極めて高い。


 ロザリアは「急いで隠れよう」と合図し、持ち出せそうな書類を二、三枚だけ手に取る。レオンも手近なところから同じく数枚をつかみ、二人は棚の裏へ滑り込むように身を伏せる。足音が扉の近くで止まり、何やら軽く話し声が聞こえる。夜陰に紛れての潜入が見破られたのかと、二人の心臓は跳ね上がる。


「だめね……こんなところで見つかったら最悪。先に逃げるべきかもしれないわ」


 ロザリアが焦った声を漏らすと、レオンは「落ち着いて。もしかしたら用を済ませたらすぐ立ち去るかもしれない」と耳を澄ませる。しかし、相手はどうやら部屋の扉を軽く押しているようだ。幸い鍵がロザリアによって開けられた形跡はあるが、わずかな隙間が元々閉まっていたのかどうか、そこまで彼らが調べるかは未知数だ。


 扉がきしむ気配がした瞬間、二人は息を殺したまま視線を交わす。もしここに踏み込まれたら逃げ道は限られる。棚の裏に隠れても、ランタンのかすかな灯りですぐに見つかるだろう。レオンはロザリアの手を握りしめ、彼女が震えないよう優しく包み込む。


 何秒、あるいは何十秒が過ぎただろうか。部屋の外で軽く話していた者たちは、扉を大きく開けずにそのまま去っていったようだ。足音が再び遠ざかり、二人はようやく小さく息をつく。


 ロザリアは棚の陰からそっと顔を出して様子を確認し、すぐにレオンの腕を引いてささやく。


「今のうちに出ましょう。長くここにいては危険すぎるわ」

「賛成です。必要な書類は手に入れましたし、これ以上リスクを冒すべきじゃない。さあ、行きましょう」


 二人は慎重に部屋を抜け、来たときと同じ経路を逆に辿る。再び警備に遭遇するかもしれないが、そこはレオンが先頭になって合図しながら、なんとか回避を続けていく。


 フェンスを乗り越え、夜闇の路地まで戻れたとき、二人はぐったりするほど安堵を覚えた。重い書類を抱えたまま、周囲に警戒を解かずに馬車の待つ場所へと向かう。馬車に乗り込み、息を整え、どうにか大きなトラブルなしに王宮敷地から脱出できた事実に二人はホッと胸を撫で下ろした。


「……やったわ、レオン。私たち、成功したのね」


 ロザリアが震える声で言うと、レオンも同じように声を詰まらせながら「はい、やり遂げました。ロザリアがいなければきっと鍵を開けるのにも時間がかかっただろうし、僕だけじゃ無理でした」と返す。


 馬車が公爵家へ向かって走り出し、夜の風を浴びながら二人はしばし沈黙する。限界まで張り詰めていた緊張が解けると、心の底から疲れが押し寄せると同時に、「無事でよかった」という喜びも大きい。身を寄せ合うように座る姿を、同行した護衛の騎士がちらりと見たが、特に声はかけずそっと目を伏せた。


「本当に、危なかった……。でも、これで確かな証拠が手に入るかもしれない」


 ロザリアは握った文書の束を見下ろし、改めて決意を感じる。この書類に記された不審な署名や印章を解析すれば、あの夜会で行われた断罪の裏にある偽造工作を突き止められるだろう。


 一方、レオンもロザリアの肩に手をそっと置き、小声でささやく。


「ロザリアのおかげですよ。僕は正直、怖さで一杯だった。でも、あなたが隣にいてくれたおかげで踏みとどまれました」

「私も同じ。あなたがいたから、あの王宮の闇を歩けた。ありがとう、レオン……」


 二人の胸の奥には、危険な計画をともに乗り越えた連帯感と、かすかな高揚感が満ちている。緊張が解けた今、その思いがより鮮明に心を温めていた。相手を気遣う気持ちが、単なる友情や協力者以上の何かに変わりつつあるのを、お互いに自覚し始めているのかもしれない。


 やがて馬車が公爵家に到着すると、ソフィアや執事、騎士たちが待ち構えていて、無事を確認して安堵の笑みを浮かべた。夜も深いせいか、大声で喜ぶわけにもいかず、静かな祝福が部屋の中に広がる。ロザリアとレオンは素早く書類を確認し、みんなで集まって作戦の報告を始めた。


「この書類を見てください。王太子殿下の名と印章が記載されているのに、明らかに公爵家の知る王宮の様式とは食い違う点が複数あるわ」


 ロザリアは息を弾ませながら説明する。


「もしこれと私を断罪したときの書類や、他の怪しい文書と照合すれば、同じ書き手が偽造している証拠になるはず」

「それは凄い……お嬢様、本当に危ないところだったでしょうに、よくぞここまで」


 執事が深く頭を下げ、ソフィアは泣きそうな笑顔で「おかえりなさい」と声をかける。レオンは無言のまま微笑を返し、ロザリアと同じように書類の内容をみんなに伝え始める。


 潜入自体は大成功と言える形で終わり、これでエレナ派を揺るがす決定打になるかもしれない。ロザリアの名誉を取り戻すには、まだ解析の手間がかかるが、確実に前進した手応えがあった。


 仲間たちが少し落ち着いたところで、ロザリアはレオンに向き合う。


「あなたには改めて感謝するわ。私一人じゃ、あんな冷静には動けなかった。最後まで私を守ってくれて……レオン、ありがとう」

「いえ、僕もロザリアと一緒だからこそ頑張れました。……本当に無事でよかったです」


 言いながら、二人の視線がそっと交わる。一瞬だけ、周囲が見えなくなるほどの温かさが心を包み、両者は目を伏せていた。身分差や王太子妃という重圧を一時的に忘れてしまうほど、危険な夜を乗り越えた達成感が二人を結びつけている。


 夜明けが近づく頃、全員がようやく作業を止めて休息をとることにした。偽造を暴く決定的な資料はすぐには分析できないが、ここから先は大きな成果が期待できる。ロザリアはひどい疲労を感じつつも、心が軽くなっていた。レオンと一緒に歩んだ王宮の闇は恐ろしくもあったが、その手が常に支えてくれた事実が、彼女の胸をぬくもりで満たしていた。


「もう少しで真実にたどり着ける。……そしたら、私の道も選べるはず」


 布団に入って小さく独白すると、その先には自分の人生を自分で決める決意がある。王太子妃として戻るのか、あるいはレオンとの道を模索するのか——答えはまだ出せないが、少なくとも王太子に強制され、縛られるだけの存在ではないと、ロザリアは強く思う。


 こうして危険な王宮潜入は終わりを告げ、ロザリアたちは手に入れた書類をもとに大きく反撃へ進む準備を始める。レオンとの絆が確かに深まったこの夜を経て、ロザリアは再び先へ進む意志を燃やしていた。何があろうと恐れない——いつか自分が本当に望む未来を勝ち取るためにも、王宮での一歩一歩が大切だと感じている。


 夜明け前の薄闇の中、疲れ果てたロザリアが目を閉じながら思うのは、「危険をともにした」という特別な感覚。かつて幼かった二人が大人になり、支え合う姿となって陰謀と戦う。その道の先に何があるかは、誰にもわからない。だが、この一歩が大きな進展をもたらし、同時に二人の心をさらなる領域へ連れていくに違いなかった。

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