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誇り高き令嬢は、婚約破棄されても負けません! ~幼馴染と挑む華麗なる逆転劇~  作者: ぱる子
第10章:揺れる想い

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第29話 高まる重圧③

 思考が堂々巡りして胸が苦しい。貴族社会である以上、家の名誉を軽んずる選択は容易ではない。だが、ロザリア自身はレオンと心を通わせ始めており、もう王太子のもとへ戻るなど考えられない気持ちもある。現段階では迷いが晴れず、ただ息苦しさだけが増していく。


「……どうしてこんな面倒が山積みになってしまうの。王太子との未来を奪われたときは絶望したのに、今はその未来を改めて押し付けられそうで嫌になるわ」


 つぶやいてみても、部屋の壁が静かに声を吸い込むばかり。レオンと笑い合うたびに心が温かくなるのに、両親の声を聞くたびにそれが冷たく縮んでいくようだ。


 さらに数日が経ち、陰謀の真相解明が少しずつ進むにつれ、「ロザリアに王太子妃を」と望む声が外から聞こえ始めた。貴族仲間のひそやかな勧誘があったり、旧知の令嬢から「あなたこそ王太子の隣に相応しいはず」と同調を求められたり。エレナをよく思わない派閥が水面下でロザリアを担ぎ上げようとし始めたのだ。


 その動きがロザリアの心をさらに重苦しくする。陰謀を暴きたいという気持ちは変わらないが、その先に王太子妃の道が必ず敷かれるかもしれないという事実が、レオンへの想いを虚しくさせるからだ。


「私の気持ちなんて関係なく、周りは王太子と私を再度結びつけようとしている。……レオン、あなたはどう思っているのかしら」


 ロザリアは書類を片づけながら、ふと夜の窓を見やる。レオンは同じ屋敷の別室で調査を行っているが、もしかすると彼も似たような葛藤を抱えているかもしれない。公爵令嬢という存在がいかに高い壁であるか、レオンは何度も痛感してきたはずだ。


 意を決して、ロザリアは部屋を出てレオンの作業している部屋へ向かおうと考えた。しかし、廊下の角で立ち止まり、思い直す。今さら何を話せばいいのか。自分が王太子妃として復帰する可能性を否定してしまえば、家を裏切ることになるかもしれないし、レオンを期待させるような空約束をするのも残酷だ。


「……結局、私は揺れているのね」


 言いようのないもどかしさが込み上げる。王太子に対する嫌悪がすべて消えたわけではないが、それ以上にレオンという支えが大切になりつつある。にもかかわらず、公爵家の立場が彼女の行動を縛る。かつて王太子妃を目指したプライドも、まだわずかに胸底に残っていた。


「今はエレナを倒すこと、それだけに専念しよう。……決着がついたとき、私が本当に望む未来を選ぶしかない」


 ロザリアは深く息を吐き、振り返って自室へ戻ることにした。両親や一部の貴族の思惑を気にしていても仕方がない。このまま流されれば、再び王太子に従わざるを得なくなる。しかし、自分の想いを隠したまま殿下との婚約を再興しても、本当に幸せにはなれないだろう。


 これ以上悩んでも進展はしない。ともかく、エレナ派の闇を暴き、名誉を回復することが最優先――それが定まれば、自ずと自分の進む道も見えてくるはずだ。遠くでレオンの声がして、誰かと情報をやりとりしている気配を感じる。その存在の大きさに胸が熱くなるが、今は戸を開けず、黙って引き返す。


 翌日、ロザリアはほんの少しの時間だけ王都へ出かけることにした。レオンやソフィアたちと別行動をとり、単独で旧知の貴族に挨拶をする。そこでも、半ば強引に「陰謀が晴れれば、また殿下の隣に立てるのでは?」と勧められて、苦笑しながら切り抜けなければならなかった。


 そんなやりとりを重ねるうちに、ロザリアの中で王太子妃復帰という言葉が重くのしかかる。「もし本当にそうなった場合、レオンはどうするのだろう」と考えたとき、なぜか胸が締め付けられる。まるで自分が彼を裏切ってしまうかのような罪悪感を覚え、その帰り道、ロザリアは屋敷の門前でしばらく立ち尽くした。


「ロザリア様、お戻りでしたか。様子はいかがでした?」


 タイミングよく、ソフィアが門の近くに来て声をかけてくれる。ロザリアは困惑顔のまま「散々だったわ」と答える。


「やっぱり、あちこちで『復帰を望む』と言われたの。王太子がエレナに振り回されているからこそ、いま私が王太子妃になるべきだって……。正直、うんざりするわ」

「お嬢様、お気持ちお察しします。とはいえ、それだけエレナ派への反発が強まっている証拠かもしれません。いずれにせよ、お嬢様の心中を無視して動かれるのは酷いですね」

「そうなの。私が何を望むかなんて、誰も真剣に考えてくれない。皆、『王太子との婚約を戻す』ことが私の幸せだと勝手に決めているみたい」

「でも、お嬢様にはお嬢様の気持ちがある。あの夜会で受けた仕打ちを忘れられるはずがありませんし、今は……レオン様の存在も大きいですよね?」


 ソフィアが控えめにつぶやくと、ロザリアは小さく肩をすくめる。レオンに対する思いを否定できず、むしろ強く肯定したい気持ちが高まっている。それゆえ、王太子妃復帰という話には激しい抵抗を覚えるのだ。身分差を承知でなおレオンに心惹かれている自分を、どう受け止めていいかわからないが、少なくとも殿下に戻る気はない。


「……まだ状況が落ち着かないから、答えは出せないけれど。私が最終的に何を選ぶかは、私自身が決めるわ。両親であれ誰であれ、私の意志を曲げることはできない」

「お嬢様、その強さがあれば大丈夫です。いまは目先の陰謀という敵を倒すことだけ考えましょう。その後で、ご自身の未来を堂々と選んでください。私も皆もお嬢様を応援します」

「ありがとう、ソフィア……。そうね、焦る必要はないわよね。勝手に周りが騒いでいるだけなんだもの。今は自分の足元を固めなくちゃ」


 ロザリアはそう言って、ソフィアの手を軽く握る。公爵家内で両親の意向が強くても、侍女として長く仕えてきたソフィアは終始ロザリアの味方でいてくれる。その事実が心強く、彼女はふたたび前を向く決意を固める。


 その晩、ロザリアが談話室に入ると、レオンが書類を持って立ち上がり、笑顔で迎えてくれた。先刻のやりとりを思い出すと、胸が少し痛むが、レオンの存在こそ今のロザリアにはかけがえのない支えだった。公爵家の名誉と両親の期待が王太子妃復帰を望むなら、そこに逆らうのは並大抵の苦労ではない。だが、ロザリアは迷いながらも、「家のために自分を犠牲にする道はもう歩まない」と誓い始めている。


「ロザリア、お帰りなさい。今日もいろいろ大変だったみたいですね。でも、新しい情報も入っています。いずれエレナ派との決戦が近い気がしますよ」

「そう……教えてちょうだい。私も少し考えを整理したいから。……ありがとう、レオン」


 やさしい声が交わされる中、ロザリアはそっと微笑む。両親が何を言おうと、この人との信頼関係が崩れることだけは避けたい――そんな想いが胸にふつふつと湧き上がる。もし陰謀が晴れたとき、王太子から再度手を伸ばされたらどうするのか。名誉を取るか、レオンへの心を選ぶか。結論はまだ先だが、少なくともロザリアは簡単に殿下へ戻る気などないと強く感じていた。


「じゃあ、作業を始めましょうか。時間があるうちに、私たちの手元の情報を合わせて整理しておきましょう。エレナ派を崩すためには、決定的な証拠が必要だから」

「はい。一緒にやりましょう。僕はあなたとこうして並んでいると、なんだか落ち着くんです」

「……そう言われると、私だって同じよ。ありがとう」


 微妙に照れ合いながらも、実務的な打ち合わせが進む。言葉にはしなくとも、二人の間には静かに高まる想いがある。それを両親が許すか、貴族社会が認めるかは未知数だが、ロザリアにとっていまやレオンは単なる仲間ではなく、かけがえのない存在になりつつあった。


 身分差や王太子妃の重圧を考慮すれば、恋を語るにはあまりにも難しい状況だ。けれど、ロザリアは「自分で道を決める」と決意し始めている。この先、王太子妃候補として周囲が推してきても、それに流されるだけの弱い自分ではない。何より、レオンへの想いが本物なら、そのために立ち向かう覚悟さえ持ちたいと思っている。

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