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誇り高き令嬢は、婚約破棄されても負けません! ~幼馴染と挑む華麗なる逆転劇~  作者: ぱる子
第10章:揺れる想い

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第28話 蘇る想い①

 夕闇がほんのりと公爵家の庭を染め始めた頃、ロザリア・グランフィールドは、離れの廊下を一人歩いていた。昼間は来客が絶えず、エレナ派による妨害への対策を巡っても慌ただしかったため、こうして静かな時間に外へ出られるのは久しぶりのことだった。


 夜風がカーテン越しにほんの少し涼しさを届ける中、ロザリアは腰を下ろせる場所を探して大きな窓の前に立ち止まる。外を見下ろすと、中庭の花々が暮れゆく空気のなかでかすかに揺れ、昼間の騒がしさを忘れさせるような静寂をたたえていた。


「……もうこんな時間なんだ」


 つぶやいてみても、返事をする者はいない。ソフィアや執事、騎士たちは今まさに作業部屋で書類を検証しているはず。レオンは街で新たな情報を探していると聞いていたが、そろそろ戻ってきてもいい頃かもしれない。


 ロザリアはうっすらと視線を落として窓に映る自分の姿を眺める。かつて婚約破棄をされた当初は、外に出ることすらおっくうになるほど自信を失っていたが、いまは違う。エレナ派の妨害が激しさを増していても、それに屈するつもりはなかった。むしろ、「今度こそ自分の手で陰謀を暴く」という強い意志が、かえって心を奮い立たせている。


「……ロザリア、こんなところでどうしたんですか?」


 ふと背後から静かな声がかかり、ロザリアは振り返る。そこには、子爵家の嫡男であり、いまや最も頼もしい仲間となっているレオン・ウィンチェスターが立っていた。


 昼間の外出先から戻ってきたのだろう、やや疲れた表情を見せているが、その目にはまだ活力が宿っている。


「レオン……おかえりなさい。どう、収穫はあったの?」

「ええ、いくつか興味深い話を手に入れました。例の偽造書類を仕立てたと疑われる人物について、噂程度だけど新しい手がかりが見つかったんです。詳しくは後で皆と共有しますね」


 レオンがそう言いながら微笑むと、ロザリアも安堵の色を浮かべる。二人きりの空気が広がり、いつになく落ち着いた時間が流れた。昼間の会議は多くの人が出入りし、慌ただしさも相まって話しにくいことが多い。だが、こうして廊下に差し込む夕景の中で、二人だけになれる瞬間はめったにない。


 ロザリアは窓際に視線を戻し、レオンも同じようにその隣に並ぶ。二人の肩がかすかに触れそうで触れない距離感。誰の言葉にも邪魔されない静寂が、むしろ心地よい緊張感を呼び起こす。


「今日は出先でけっこう嫌な視線を浴びたんじゃない? 私の噂も飛び交っているでしょうし、あなたまで巻き込んでしまって申し訳ないわ」

「いえ、僕は構わないですよ。むしろ、あなたと行動をともにしている方がやりやすい面もあるくらいです。危なっかしい目で見られますけど、そのおかげで本音を見せる人もいるんです。そういう人から情報を引き出せることもあるので」

「そう……あなたは本当に(たくま)しくなったわね。私が見下していたあの頃とは、まるで別人」


 ロザリアは小さく笑いながら、幼い頃の記憶を無意識に呼び起こす。かつて、レオンと同じ庭を走り回っていた幼少時代。そのころは身分差を強く意識せず、純粋に遊んだり、笑い合ったりする関係だった。しかし成長するにつれ、ロザリアが王太子妃になるための階段を駆け上がる過程で、レオンは身を引くようになり、いつしか距離が生まれていた。


「ねえ、レオン。覚えている? 昔は二人でよく庭でかくれんぼをしていたじゃない。あの頃は……こうして話しているのが当たり前みたいに感じていたのに、いつの間にか疎遠になってしまった」

「ええ、覚えていますよ。あなたの家の庭は広いし、植え込みが立派で隠れやすくて。僕はいつも見つける側だったけど、ロザリアを探し出すのが一苦労で……。でも、なぜかあなたは最後にふっと姿を現して、意地悪そうに笑っていたり」

「ふふ、あれは私なりに手加減していたのよ。子どものころは一緒に遊ぶのが楽しくて、わざと見つかるようにしていたんだから」


 言葉を交わすうちに、幼い日の淡い記憶が温かく胸に広がる。ロザリアとレオン、それぞれがまだ貴族の厳しさを知らず、単に子ども同士として親しく遊んでいたあの頃。今は身分の差が明確に存在し、さらに王太子妃として教育を受けたロザリアと、子爵家の嫡男として地味に努力してきたレオン。二人の歩みは大きく異なったが、いまこうして並んで立つと、どこか懐かしさがこみ上げるのを感じる。


 レオンは視線を窓外の庭へ移しながら、少しの間黙った。優しい夕色に染まる花壇が目に入り、子どもの頃にロザリアと手を取り合って駆け回った日の光景がまぶたに蘇る。どうしてあの頃のままではいられなかったのか――身分差や貴族社会の常識、王太子妃になるために努力するロザリアを見て、レオンは勝手に引いてしまった。その選択を後悔していた時期もある。


「昔は、あなたがあまりに(まぶ)しくて……勝手に『自分には不釣り合いだ』って思い込んで、距離を取るようになったんです。だけど、今はむしろこうして並んでいられることが嬉しい。あなたが頼ってくれるなんて、考えもしなかった」

「私も同じよ。きっと、王太子妃になる道を歩むために、それ以外のものを全部切り捨ててきたのかもしれない。だからあなたを見下したり、あなたの気持ちに気づこうとしなかった。でもね、いまは……こうしてあなたを頼っている自分がいる。おかしいわよね」


 ロザリアは苦笑しつつ、自分の胸に残るかすかな高揚感を確かめる。「かつての淡い恋心」と呼ぶにはあまりにも幼い感情だったかもしれないが、それが完全に消えてしまったわけではないと、今になって思い知らされる。


 子爵家の嫡男と公爵家の令嬢という家格差も、婚約破棄され「裏切り者」の汚名を着せられた今のロザリアには、過去ほど絶対的な壁として感じられなくなっていた。身分差の問題が消えたわけではないが、レオン自身が堂々と動き、実際にロザリアを助け続けているという事実が、彼女の心を大きく揺さぶるのだ。


「ロザリア……その、僕たちは敵対しているわけでもなく、仲間として協力し合っている。だけど、それだけじゃないのかもしれないって、最近思うんです」


 レオンが慎重に言葉を選び、ロザリアに向き合う。視線が交わった瞬間、ロザリアは一瞬言葉をなくした。夜の帳が落ちるまでに残り少ない光が、窓ガラスに二人の姿を映す。まるで幼少のころ、手を取り合って笑い合った時の、あの儚い輝きを思い起こさせる。


「それだけじゃない、とは……」

「いえ、ただ、あなたに対して僕が昔から抱いていたものが、何か別のかたちで芽生え直しているのかもしれないと思うんです。今はこの陰謀を暴くことが最優先で、そんな余裕はないかもしれないけど……それでも、僕はあなたと一緒にいると不思議な懐かしさと温かさを感じるんだ……」

「……そう。私も、似たようなことを思ってるわ。昔の記憶って厄介ね、一度忘れたはずなのに、今になってこんな気持ちを思い出させるなんて」


 ロザリアは自嘲気味に唇を曲げるが、そこには明らかなときめきが混じっている。こんなにも混沌とした状況で、恋心なんて封じておくべきだ、と頭ではわかっていても、それを完全にコントロールするのは難しい。そばにいるレオンがまっすぐに自分を見てくれる姿を思うと、心が温かくなるのを止められない。


「でも、あなたは今でも、僕とは不釣り合いかもしれないと思うことはありませんか。今や婚約はなくなったとはいえ、公爵家令嬢としての家格は変わらないし、僕はただの子爵家の……」

「それを言い出したらキリがないわ。……もちろん、家格差は貴族社会で大きい意味を持つ。けれど今の私には、そんなことを気にしている余裕はないのよ。私を信じて、一緒に戦ってくれる人がいてくれるなら、それで十分……いえ、それ以上のものだわ」


 ロザリアの言葉に力がこもる。かつての彼女なら口が裂けても言えなかっただろう。王太子妃になるという使命感が全てを支配していたからだ。けれど、今は過去の栄光を失っても、この状況で心を支えてくれるレオンこそが、かけがえのない存在に思えてくる。


「……ありがとう。そう言ってもらえるだけで、僕は嬉しい」

「礼を言うのは私のほうよ。私がどれほど辛い思いをしても、あなたはずっと傍にいてくれた。あの夜会でも私を(かば)ってくれた。それをあのときは受け入れられなかったけど、いまは本当に感謝しているの」


 ささやくような言葉が、窓ガラスにこだまする。レオンが少し身を乗り出し、ロザリアにそっと視線を合わせると、かすかに胸が高鳴るのをお互い感じ取った。まるで、昔の淡い思い出が何倍にも成熟して、今ここに蘇ったかのようだ。

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