第26話 強まる連携③
幼い頃、まだお互いを意識する以前は、ただ無邪気に遊んだり、一緒に庭園を駆け回ったりした時期が確かにあった。大人になるにつれ、貴族社会のしがらみでそれぞれの道を歩むようになり、自然と距離ができた。ロザリアは王太子妃になるために必死で努力し、レオンは身分差を痛感して遠巻きに憧れるだけだった。その溝は埋まらないまま、ロザリアが王太子から婚約破棄を突きつけられるまで至ってしまった――。
だが、そのあとで再び邂逅し、今や力を合わせてエレナと戦っているという事実は、両者にとって運命を変える出来事かもしれない。ロザリアはすでに、レオンを「見下していた」ことに後悔を抱きながら、彼の誠実な行動力を心底頼もしく思っている。レオンはそんなロザリアの変化を敏感に察し、自然と敬語にとどまらず近い距離感で接するようになっていた。
「よし、これで準備は万全だわ。レオン、ソフィア、騎士の皆さん、午後の行動予定はわかっているわね?」
「はい。ロザリアが会う予定の知人のリストも準備しています。僕はその間に偽造書類の出所を洗ってきますね」
レオンがそう告げると、ロザリアは微笑みながら「気をつけてね」と付け加えた。以前の冷たい口調ではなく、今のロザリアには明らかな慈しみがにじんでいる。周囲のメンバーも気づいているが、あえて言わないようにしている――それは二人だけの穏やかな変化だからだ。
「ええ、ロザリアも周囲の視線が厳しいでしょうけど、決して無理しないで。もし何かあったらすぐに僕を呼んでください」
「ありがとう、レオン。……もう昔のように子爵家を見下したりしないわ。あなたが私の力になってくれるなら、私はこの陰謀に打ち勝てる気がする」
ロザリアの正直な気持ちに、レオンは照れを隠すように軽く頭をかき、「こちらこそ感謝しています」と答える。それは曖昧に会話を終わらせているようにも見えるが、二人の間では十分すぎるほど通じ合う言葉だった。
かくして、かつては家柄の差が大きすぎて、心を通わせることなど考えもしなかった二人が、いまや固い連携を築いている。エレナ派の妨害は苛烈を極めるが、ロザリアとレオンは互いへの信頼を深め、強い意志で結びついていた。
昼下がり、ロザリアは再び馬車に乗り、ソフィアとともに王都へ向かう。噂や中傷は相変わらず続いているが、その視線にも動じずに邁進できるのは、背後に協力してくれる仲間がいるからだとロザリアは自覚している。特にレオンの行動力は、公爵家の名を背負う自分にはない柔軟さを発揮してくれそうだ。
馬車のなかで、ソフィアが小声でささやいた。
「お嬢様、レオン様は本当に頼もしいですね。幼少期の頃からは想像もつかないくらい、今の状況を支えてくださっています」
「そうね。昔の彼は大人しくて、私が上から命じれば素直に従うイメージだったわ。……でも今は違う。私を叱咤してくれるし、必要ならリスクも厭わない。正直こんなに頼りになるとは思わなかった」
「お嬢様がお変わりになったのも大きいかと。以前のお嬢様なら、きっとレオン様が手を差し伸べても受け取らなかったかもしれませんし」
「それは……まあ、否定できないわね」
ロザリアは素直に苦笑した。王太子妃候補としてのプライドが極限まで高かった頃なら、子爵家を頼るなど考えもしなかっただろう。だが、いまの彼女は失うものがほとんどなく、むしろ誹謗中傷が降り注ぐ日々でメンタル的に追い詰められている。そんな中、レオンの誠実さがどれほど救いになるかは計り知れない。
たった一人では乗り越えられない妨害が、レオンを含むチームの力でこそ乗り越えられる――その事実が、ロザリアにとって昔の価値観を崩す大きな要因だった。かつては「貴族社会で最も高い地位に近い私が、子爵家と肩を並べるなんて」と本気で思っていたが、今やプライドを違う形で活かす方法を見出しつつある。
「この先、エレナ派はまだ何か仕掛けてくるでしょう。それでも、レオンがいるなら私は挫けない。……変ね。小さな頃は、彼に対して淡い想いがあったはずなのに、すっかり忘れてしまっていた」
「お嬢様、もしかして、その想いがまた……?」
「そこまでは何も言ってないわ。……ただ、彼に助けられていることを実感するたび、あの頃を思い出すのよ。あの無邪気だった時代をね」
ソフィアはロザリアの照れた笑みを見て、「微妙な距離感だけど、お二人の関係がいい方向に変わっている」と感じ取る。まだ明確に恋愛というわけではないが、かつて幼少期に抱いた憧れや淡い恋心が再び芽を吹き始めているのかもしれない。
「いずれにせよ、彼の存在はお嬢様にとって大きな支えですね。エレナ派の妨害に対抗する要にもなっているように見えます」
「……ええ、そうね。たとえ負けかけても、あの人が駆けつけてくれると思えば、踏ん張れる」
ロザリアが頬を染めながら言葉を紡ぐ姿は、これまでの「冷たい公爵令嬢」のイメージとは違う柔らかさを帯びている。ソフィアはそれを喜びながら、「お嬢様、今日はご友人に会う予定ですし、しっかり有益な情報を得ましょう」と促す。ロザリアは窓の外に視線を戻し、深呼吸をする。誹謗中傷は絶えないが、自分はもう一人じゃない――そう実感するだけで、噂に振り回される弱さを克服できる気がした。
こうして、ロザリアはレオンという「かつて見下していた存在」を今は全幅の信頼で受け入れ、協力関係を強化する。噂に苦しめられれば苦しめられるほど、その絆は強固になっていき、エレナの妨害を乗り越えるための大きな原動力へと変わる。
いまだゴールは遠いが、チームの連携は日を追うごとに深化していた。幼少期の淡い思い出がふと蘇り、ロザリアとレオンの距離は確実に縮まっている。お互いを頼りにしながら、情報の裏付けを取る、味方を増やす、敵の動きを探る――それを繰り返すうちに、彼らの関係はもはや侮れないほどの強さを持つのだ。
エレナ陣営による中傷がいくら酷くとも、孤立を強いられた日々からは脱却しつつある。かつて貴族社会の身分差を感じて距離を置いていた二人が、いまや真正面から手を取り合う――その変化がロザリアの心を軽くすると同時に、エレナ派の打倒が近づいている兆候にも思える。
噂の風は激しいが、ロザリアはもう見下すだけの貴族令嬢ではないし、レオンもかつての卑屈な子爵の跡取りではない。二人が築く連携は、社交界のどこかでささやかれる悪意ある言葉よりずっと固い信頼に支えられていた。そんな彼らの協力こそが、今後の戦局を左右する大きなカギになるのだろう。
やがて馬車が停車し、ロザリアは行く先々で冷ややかな視線を向けられながらも、一歩も退かずに要人へ挨拶に赴く。子爵家のレオンも別の場所へ走り、偽造書類の情報収集を進める。別々の道を行きながらも、同じ意志を共有している。その結びつきがあれば、エレナ派の不浄な妨害を乗り越えられると、ロザリアは確信していた。
今はまだゴールは見えない。だが、妨害を前に弱りかけたロザリアを救ったのは、レオンのまっすぐな支えだった。そこに旧き淡い想いの片鱗が混ざっているのか、あるいは新たに生まれた信頼なのか、互いにはっきり言葉にはしないが、その温かな絆がロザリアを奮い立たせる。
「かつては見下していた」とお互いが苦笑するほどの過去を乗り越え、今や頼れる相棒となったレオンとの絆――それはエレナの派閥という巨大な壁を崩す決定打になり得るだろう。レオンと結束を固めることで、ロザリアが高貴なプライドを新たな力に変えているのだ。
騒々しい噂の嵐も、二人の信頼があれば決して乗り越えられないものではない。そう感じるロザリアの胸に、小さく灯った希望が燃え続ける限り、エレナ派の妨害はいつか克服できると、誰もが信じ始めていた。




