第21話 久しぶりの外出②
そこへ他の貴婦人が遠巻きに会話に加わろうとするが、アメリアは「ちょっと待ってね」と視線で制する。あからさまに交流を持つと、後々自分が狙われるかもしれない――そんな空気が、あちこちから感じられた。ロザリアは自分が社交界においてどれだけ「触れてはいけない存在」となっているかを改めて思い知るが、同時に公爵家の名が持つ大きさのおかげで「完全な拒絶」とはなっていない点を実感する。
「お嬢様、あちらでお茶の席が用意されています。いかがなさいますか?」
ソフィアがそっと耳打ちすると、ロザリアは一瞬迷う素振りを見せる。周りにいる人たちは彼女を警戒するように視線を向けているし、一緒にお茶を飲むことで何を言われるかわからない。だが、ロザリアは「ここで退いては意味がない」と判断し、テーブルへ移動することを選ぶ。
「大丈夫よ。私も少し喉が渇いたわ。あなたも座りなさいな、ソフィア。人手が足りない時は頼むから」
「はい、お嬢様」
ロザリアとソフィアが席につくと、周りの貴婦人たちがひそひそ声を交わしながらも、かといって誰も積極的に近寄ろうとはしない――そんなぎこちない空気が漂う。伯爵夫人も少し離れた位置で取り繕うように別の客と会話していて、ロザリアに近づいてはいない。
その時、ロザリアの背後から小さな声が聞こえた。
「ロザリア様……ご無沙汰しております。私のこと、覚えていてくださるでしょうか?」
振り返れば、華やかなパープルのドレスを身にまとった貴婦人が控えめに微笑んでいる。名前はシルヴィア。かつてロザリアが王太子との婚約中に、さまざまな行事で顔を合わせ、そこまで親密というわけではないが、好意的な交流をした相手だった。ロザリアは彼女の顔を一瞥し、すぐに思い出す。
「シルヴィア……あなたもここに来ていたのね。確か、子爵夫人になったと聞いたけど、お元気だったかしら」
「ええ、おかげさまで。……ロザリア様も、お疲れになっていないか心配していました。あの夜会以来、いろんな噂が飛び交っているけれど、私はあなたがそんなことをするはずないと信じていましたよ」
そう言いながら、シルヴィアは椅子を引いて腰掛ける。同席してくれるのは珍しいくらいだ。周囲の視線が少し痛いほど注がれるが、彼女は気にしない様子で、静かに紅茶を注ぐ係に声をかけた。
「実は最近、エレナ様の取り巻きと思しき方々が社交界で活発に動いていて……お名前を出すのもどうかと思うけれど、あの方々があなたの動向をずっと気にしているという話を耳にしたわ」
「私の動向を? 私はただ家に籠もっていただけだけど」
「そう、だからこそ、あなたが急に動き出したらどうするんだろうって警戒しているみたい。もしかして、あなたの名誉を取り戻す行動をするんじゃないか、って」
シルヴィアの言葉に、ロザリアは鼻で笑うように息を吐く。まさに図星というか、実際にロザリアは再起に向けて調査を始めている。ただ、その事実はまだ表に出していないはずだが、エレナはロザリアの背後を探っているのかもしれない。
「私が外に出るだけで、そんなに注目されるとはね。私が裏切り者だと決めつけたのに、よほど不安要素があるんでしょうか」
「その辺りは私もわからないけど……ただ、あなたがここに来ていることを知ったら、彼らはまた何か動くかもしれないわ。気をつけて」
「ありがとう、シルヴィア。忠告はありがたいけど、私は自分のやり方で進めるわ」
ロザリアは毅然と答える。シルヴィアは「やっぱり昔と変わらないわね」と呆れと敬意の混ざった表情を浮かべ、それ以上深くは聞かず、話題を変えるそぶりを見せる。周囲の夫人たちが落ち着かない様子で視線を向けているのを察し、あまり派手に協力するわけにはいかないのだろう。
こうしてロザリアは短い会話をいくつか続け、場の空気があまりにも重くなる前に適度なタイミングで退席を決めた。伯爵夫人もあまり引き止めず、「またいらしてね」と表面的な挨拶を述べる。ロザリアはソフィアと護衛の騎士を伴い、さりげなく屋敷を後にすることにした。外では未だにロザリアを警戒する雰囲気があちこちで感じられたが、無視して馬車に乗り込む。
「お嬢様、お疲れ様でした。ご気分は大丈夫ですか?」
馬車が動き始めると、ソフィアが心配そうに尋ねる。ロザリアは「ええ」と小さく答え、やや気まずそうに視線を床に向けた。
「やっぱり、皆が私をどう見ているかわかったわ。同情している人もいれば、裏切り者と決めつけて避ける人もいて……でも、まだ私を慕ってくれる人がゼロではなかったのは救いかもしれない」
「そうですね。先ほどお話ししたアメリア様やシルヴィア様も、直接的には助けづらくても、少なくともお嬢様を応援したい気持ちがあるようでした」
「ええ。その分、エレナたちが私を厄介と見ているのも間違いないわね。『もし私が再起するなら、それだけ彼女らに都合が悪い』ということか……。噂通り、相手も用心深く動いているみたい」
ロザリアは窓の外に広がる街並みを一瞥する。久々に外界の空気を吸ったのは心地よい半面、厳しい現実を突きつけられる場面でもあった。婚約破棄の衝撃以降、いかに自分の評価が落ちたか、そしてエレナがその間にどう勢力を拡大したかを、肌で感じたのだ。
「でも、私は自分で外に出て、旧知の仲間と話せただけでも進歩だと思っているわ。皆、私の顔を見るだけで恐れたり蔑んだりするかと思ったけど、少なくとも何人かは親しげに声をかけてくれた」
「はい。お嬢様はまだ公爵家のご令嬢。完全に見捨てるにはリスクが大きいと思う人もいるでしょうし、中には本当にお嬢様を信じている方もいるはずです。先ほどのアメリア様やシルヴィア様のように」
「そうね。皆が敵というわけじゃない。でも、皆が味方になるわけでもないのよ。これが社交界というものね」
ロザリアは苦い笑みを浮かべながら、車内で背を伸ばす。馬車が揺れるなか、「でも悪い気はしなかった」とうっすら口元をほころばせた。長く閉じこもっていた部屋での沈黙に比べれば、たとえ周囲が冷たくとも、こうして言葉を交わす場所はまだ生きていると感じられるからだ。
「これでいくつかわかったわ。エレナが私の動向を警戒しているらしいこと、そして私を支えてくれる旧知の人が少なからずいるということ。名誉を取り戻すためには、こうやって動く必要があるわね……」
「はい、お嬢様。次はどちらへ向かいますか? もう一軒、別のサロンを訪ねてもよろしいでしょうか。それとも、一度公爵家に戻りますか?」
ソフィアが尋ねると、ロザリアはわずかに考え込んでから首を振る。
「まだこの足で行きたい場所があるの。もともとご挨拶をしておきたいと思っていた方がいるのよ。昔から知っている知人で、今はあまり表立って顔を出していない人なんだけど……私を嫌わないなら、情報をくれるかもしれない」
「わかりました。護衛の方にも伝えておきますね」
ソフィアが騎士へ指示を送り、馬車は新たな目的地へ向かう。やや遠回りになるが、ロザリアが選んだ場所は社交界の中心地からは少し離れた閑静な地区。彼女の知人というのは、子爵令嬢の時代から親しかった人で、王家とは距離を置いた立場にあるため、婚約破棄の後にも関係が続いている可能性が高いという。




