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誇り高き令嬢は、婚約破棄されても負けません! ~幼馴染と挑む華麗なる逆転劇~  作者: ぱる子
第6章:一時的な共闘

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第16話 再度の申し出①

 昼下がりの公爵家は、かつての華やかさを失い、どこか沈鬱な空気に包まれていた。玄関ホールの大理石の床は磨き上げられているものの、人の往来がめっきり減り、広々とした空間がかえって寂しさを際立たせている。そんな中、一人の青年――レオン・ウィンチェスターが重々しい足取りで公爵家の大扉をくぐっていた。子爵家の嫡男としての控えめな装いでありながら、その眼差しには揺るぎない意志が宿っている。


「申し訳ありませんが、本日もお嬢様はご面会のご予定は……」


 玄関先で応対に出た執事は、いつものように申し訳なさそうに頭を下げる。レオンが来るのもこれで何度目だろう。公爵家の面々は、決してロザリアの面会を遮っているわけではないが、肝心のロザリア本人が誰とも会おうとしないのだ。表向きは「体調が優れないため、お引き取りを」という返答で済ませているが、その真意は誰の目にも明らかだった。


 しかし、レオンはそれで引き下がるつもりはない。いつもならそこで諦めて帰るところを、この日は執事に向かってきっぱりと言葉を投げかける。


「本日はどうしても、ロザリア様にお目通りを願いたいのです。短い時間でも構いません。ロザリア様と直接お話をさせてください。……無理を言うのは承知ですが、お願いします」

「ですが……」

「門前でお断りされるのも承知しています。それでも、今日こそは引き下がる気はありません。たとえ数分でも、必ずロザリア様にお話を届けたいのです」


 その声には強い熱意がこもり、執事は目を伏せるようにして逡巡する。子爵家の青年がこれほどまでに足繁く公爵家に通うというのは異例のこと。しかも、王家を敵に回しかねない状況下での行為だとわかっていながら、レオンが諦めようとしない。執事としても、彼の真摯な様子を見れば邪険には扱えない気持ちがある。


「……わかりました。少々お待ちください。お嬢様に取り次ぎを試みますので、その間、応接室でお待ちいただけますか」


 執事は深々と頭を下げ、使用人に合図をする。レオンは安堵と緊張の入り混じった面持ちで礼を述べ、応接室へと通されることになった。大きな扉をくぐると、天井の高い優美な部屋が現れる。本来なら貴賓をもてなすために使われる場所だが、今はロザリアが姿を見せないせいか、どこか冷え切った印象を受ける。


 使いの者が給仕の準備を始めるも、レオンは落ち着かない様子で椅子に腰を下ろす。もし今回も断られたら……という思いは頭をかすめるが、今日は引き下がる気はないと決めていた。とはいえ、ロザリアに嫌われたままでは何の意味もない。彼女の傲慢そうな態度の裏にある傷つきやすい心を、レオンは何とか救いたい。そこには幼いころの思い出が確かに息づいているからだ。


 やがて扉が開き、侍女のソフィアが顔を見せる。彼女はロザリアに最も近い存在として、以前からレオンの来訪を案じながら見守り、今では密かに協力している人物だ。淡々とした面持ちで歩み寄ってくるが、その瞳にはどこか複雑な感情が揺れている。


「レオン様、本日は改めて公爵家へいらしてくださったのですね……。お嬢様にお伝えいたしましたら、少しだけお時間をいただけるとのこと。……どうやら今なら、応接室へ通しても構わないようです」

「本当ですか? それは……よかった。ありがとう、ソフィアさん」


 レオンの表情がぱっと明るくなる。これまで何度も断られてきたが、今日こそロザリアと直接対話する機会が得られるのだ。だが、ソフィアは苦い笑みを浮かべながら言葉を続ける。


「ただし、あまり長い時間ではありません。お嬢様も当初は難色を示されましたが、今回だけ――と渋々承知なさった形です。正直、どんなお話になろうとも……お嬢様はまだ強く心を閉ざしていますので」

「わかっています。ほんの少しでも構いません。僕が何としてもお嬢様に伝えたいことがあるんです」


 レオンは意を決したようにうなずき、椅子から立ち上がった。ソフィアが扉を示すと、部屋の奥から少し高い靴音が聞こえてくる。まもなく、ふわりとした銀髪を揺らしながら、ロザリア・グランフィールドが姿を現した。相変わらず美貌は衰えていないが、その目には疲労と不安が入り交じっており、かつての誇りに満ちた輝きとは程遠い。


「……レオン。久しいわね。無駄だと言っているのに、よくも何度も訪ねてきたものだわ」


 ロザリアは冷たい視線をレオンに向ける。プライドの高さを崩さぬ態度を装っているが、その声には明らかな不調和があった。どこか震えているのか、あるいは心に暗い波紋が広がっているのか。レオンはその変化を敏感に察したが、まずは深く頭を下げる。


「お元気そうとは……正直言えませんね。ロザリア、僕はあなたを救いたいんです。あなたが王家への裏切りなどするはずがないことはわかっていますから」

「ふん……。子爵家の嫡男如きが王家を相手にするなど、考えが甘いわ。今の私を救いたいと言って、実際に何ができるのかしら?」


 ロザリアは(あざけ)るような口調で投げかけるが、どこか語気が弱いのは否めない。実際、彼女の心境は複雑極まりない。はたから見れば、「子爵家に何ができる」と思うのが当然であり、彼女自身もそう思いたいのだが、一方でかすかな期待を捨てきれない自分がいる――そこが苦しいのだ。


 ソフィアは(かたわ)らで控えめに立ち、二人の様子を見守る。ロザリアが一歩下がった位置にいて、険悪な空気をまとっているように見えるが、その実、床に視線を落として隠れた感情を誤魔化しているのがわかる。レオンは勇気を振り絞って言葉を続ける。


「僕に大した力がないのは承知です。でも、何もしないままロザリアがこのまま裏切り者扱いされるのを許すつもりはありません。必ず証拠を集めて、この濡れ衣を晴らす手がかりを見つけたいんです」

「……証拠、ね。そんなものを手に入れられると思う? 王太子が言葉を(ひるが)すのは難しい。第一、私はもう王太子の婚約者でもないのだから、今さら私が何を言おうと届かないわ」


 ロザリアは椅子に腰かけ、腕を組みながらレオンを(にら)むように見上げる。その口調は刺々しいが、決して怒声を上げるわけではなく、どこか諦観に満ちている。そこにレオンは一抹の(かな)しみを感じ取る。かつてのロザリアなら、もっと強気で反論したり、厳しい叱責を投げてきたりしたはずだ。今の彼女は、自分を守る気力が著しく低下しているように見える。


「殿下の決定は確かに大きな壁です。ですが、周囲で奇妙な噂が飛び交っています。あなたが本当に裏切ったという証拠など、誰も提示できていない。そこに何かおかしな力が働いている可能性はありますよ」

「……その『おかしな力』を調べると? さらに王家を刺激して、あなたの子爵家や私の公爵家まで危うくなるかもしれないわ。いいの? あなたは自分の未来を潰したいの?」


 ロザリアは、冷酷ささえ覚えるほど厳しい視線で言葉を投げかける。しかし、その瞳の奥には揺れが見える。レオンを本気で追い返したいわけでもないのだろう。むしろ、これ以上人に迷惑をかけるまいとする、複雑な思いが垣間見える。

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