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誇り高き令嬢は、婚約破棄されても負けません! ~幼馴染と挑む華麗なる逆転劇~  作者: ぱる子
第3章:失意の日々

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第9話 揺れる公爵家③

 応接室に戻ると、夫の公爵や家臣たちが落ち着かない面持ちで待っていた。


「どうでした、夫人……。お嬢様と少しは話を?」

「ええ、ほんの少し言葉を交わしましたが、やはり今は無理のようです。私たちに申し訳ないと思っているのか、それともすべて諦めているのか……。娘の心を開かせるまでには至りませんでした」


 その言葉に、公爵は再び重たい溜息をつく。周囲の家臣たちも暗い表情を隠せない。今やこの屋敷のどこを歩いても、使用人らの動揺や不安が肌で感じられるほどに公爵家は揺らいでいる。


「……殿下の真意を探るより先に、わが家の結束が崩れてしまうかもしれんな」

「公爵閣下……そんな暗い考えを口にしないでください。私たちが踏ん張らねば」

「わかっている。しかし、いつまでもこの状態が続けば、いずれ王家の目がこちらに向き、『グランフィールド家は何を企んでいるのか』と疑いを強めかねん。そうならぬうちに手を打ちたいのだが……」


 執事や家臣たちもまた胸を痛めながら、一向に出ない名案を求めて首をひねる。時間だけが過ぎ、具体策も立たず、ロザリアの心は家族のもとから遠ざかるばかり。それでも動き出せずにいるのが公爵家の現実だった。


 そんな緊迫感が屋敷全体を覆い、廊下を行き交う使用人が次第に減っていく。誰もが物音を立てるのを恐れ、ひそひそ声でやり取りしている。かつては客人が絶えず訪れ、華やかに賑わっていたはずのグランフィールド公爵家が、このように暗く静まりかえっているのは尋常な事態ではないと、誰の目にも明らかだ。


 そしてその中心には、夜会の断罪以降ずっと心を閉ざすロザリアがいる。両親は娘を守りたい一心で苦悩し、家臣たちも策略を練れないままただ見守る。反論すれば王家への明確な抵抗とみなされるが、何もしなければロザリアの名誉が失墜したまま。まさにどちらを選んでも地獄のような状況だ。


「もし何か突破口があるとしたら……王太子殿下ご自身の意思が変化するか、あるいは陰謀を仕掛けた黒幕が暴かれるか。そのどちらかしかなかろう」

「ええ、そうですね。しかし、どちらも容易ではない。殿下に直接働きかけることがどれほどのリスクか……。もしくは、陰謀があるなら誰が仕掛けたのかさえわからない現状です」

「それに、ロザリアお嬢様が全てを語ってくれれば少し違うのかもしれませんが……。もし背後で誰かに脅されているなら、それを吐露すれば公爵家も動きやすい。しかし、あのご様子では……」


 家臣同士が交わす会話に、公爵と夫人も耳を傾けるが、やはり結論はない。まるで霧の中を手探りするように、徒労感ばかりが募る。ロザリアを問い詰めても苦しめるだけ、王家を相手に立ち回る手段もない。事態は袋小路に陥っていた。


「ともかく、私たちが今できることは、ロザリアが崩れ落ちないように見守ることだけかもしれん……」


 公爵はそう言いながら視線を落とす。家臣たちも、せめてお嬢様が少しでも体調を崩さないように気を配るほかないと感じている。実際、ろくに食事も取らないロザリアが倒れてしまえば、さらに事態が悪化することは目に見えているからだ。


 一方、ロザリアは自室に戻ったまま、誰にも開かれない心を抱えていた。両親の苦悩もわかるが、自分の立場がなくなったこの状況で何をする気も起こらない。まるでどこか知らない深い森の奥に迷い込んだように、暗闇が覆い尽くしている。そんな中で家族とすれ違い、さらに孤独を深めるだけの毎日を過ごしているのだ。


「名誉を取り戻す……どうやって? 王太子殿下が一言謝ってくれたり、誤解だと言ってくれるはずもない」


 布団にうずまった状態で、ロザリアは虚空を見つめる。両親の愛情は知っているし、家中が自分のために悩んでいるのもわかっている。けれど、何一つ前進しない現実が、この屋敷に重苦しい影を落とし続けているのをどうにもできない。


 心を閉ざしていれば、少なくとも絶望的な声を聞かずに済む。そう思って彼女は目を閉じた。父や母が何を議論していようと、それを知れば余計に自分が無力さを痛感するだけ。申し訳なさと、自分もどうにもできない苛立(いらだ)ちに(さいな)まれて苦しむのだから。


「私はみんなに迷惑をかけているだけ……でも、どうにもならない……」


 頭の中には、周囲の緊迫感だけが絡みつき、薄暗い部屋で自分の心が溶けていくような感覚を抱く。こうして両親や家臣たちが動揺する様子が伝われば伝わるほど、自分がさらに申し訳なく思う。それが再びストレスとなってのしかかり、心の殻を分厚くするしかなくなる悪循環。もう、脱出口を見いだすのは容易ではなかった。


 公爵家の中には、そんな絶望を打ち破る力を持つ者がいない。王家と関わるリスクが大きすぎるからだ。ロザリアの両親もまた迷走し、屋敷全体が深い深い迷宮に落ちていく――まさに救いのない空気が屋敷中を覆いつくし、その重さをロザリアは痛烈に感じていた。


 こうして、公爵家は少しずつ揺らいでいく。門を叩くレオンの粘り強い行動も、屋敷の中で広がる同情や期待も、今のところは何の影響も生まない。王家への抗議も立てられず、娘を救う道を見出せないまま、ロザリアと両親、家臣たちは互いに気遣いながらただ時をやり過ごす。


「……こんなところで終わるわけにはいかないのに」


 ロザリアは布団の中で苦しく息を漏らす。王太子の婚約者として積み重ねてきた人生、誇りある公爵令嬢としての自負、それらがすべて瓦解しそうな崖っぷちに立たされている。両親の苦悩も重くのしかかり、自分が生きる意味すらわからなくなりそうだ。


 館の廊下では、公爵と夫人が再び言い争うように何か言葉を交わしているのが遠くから聞こえる。何度となく同じような会議が開かれ、家臣たちが頭を抱える場面が繰り返される。ロザリアは扉越しにその声をただ聞くだけで、身体が震えてしまう。


(私は、父様と母様の期待を背負ってきたのに……結果はこんな(みにく)い結末。恨まれるかもしれない。でも、どうしようもないの)


 暗く、狭い世界の中でロザリアは深く息をついた。今、屋敷を覆う緊迫感や不穏さは、一種の沈黙の嵐だ。誰もが声を潜め、だが内心では何とかしたいと藻掻(もが)いている。しかし、具体的な一手が見えない。まるで最後の灯火が風前のともしびのように揺れている。だが、まだその炎は完全には消えていない。


 この先、グランフィールド家がどう動くのか――もしくは、ロザリア自身の意志で事態が変わるのか。今はただ、親子がすれ違い、家臣が困惑し、屋敷の空気が押し黙る日々が続いていた。いつか一筋の光が差し込み、ロザリアが再び立ち上がる日は来るのか。誰もが口にしないが、そのわずかな期待と圧倒的な恐怖が入り混じり、長い沈黙が続く。


 こうして、公爵家は底なしの苦悩に沈み、ロザリアは部屋に閉じこもったまま父母との対話を避けていた。両親も娘も、互いに手を伸ばそうとしては躊躇し、結局何の解決策も見つからない。心の奥底で抱えた不安は日に日に膨れ上がり、屋敷にはさらに重苦しい空気が充満していく。


「……王家を相手にするのはリスクが大きすぎる」

「かといって、王太子の言葉に黙って従えなどとは……」

「ロザリアを守るために、私たちはどうすれば……」


 家臣の声が部屋の外からかすかに漏れてくる。ロザリアはその声を聞きつつ、動けない自分の無力さに苦しむ。あの名誉と誇りを映し出すはずだった公爵家が、今や救いのない葛藤を抱え、崩壊寸前のように揺らいでいた。


 母にさえ心を開けず、父の努力もどこへ向かうかわからないまま――それでも日々は過ぎていく。ロザリアの手元には何の確固たる武器もなく、かろうじて残っているのは気高い令嬢としてのプライドと、深まる孤独だけ。


 王家への対処に苦慮する公爵家全体の息詰まるような静寂。それは、今まさに嵐の前の静けさを感じさせ、屋敷全体に重く圧し掛かる。ロザリアは再び布団を握りしめ、胸に込み上げるどうしようもない怒りと悲しみを押し殺すのだった。

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