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誇り高き令嬢は、婚約破棄されても負けません! ~幼馴染と挑む華麗なる逆転劇~  作者: ぱる子
第3章:失意の日々

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第9話 揺れる公爵家②

 公爵家の家臣たちは一様に黙り込む。結局、この会議で具体的な打開策は見つからないまま、空気だけが険悪に重くなっていく。家中が動揺しているのは言うまでもない。使用人たちは(おび)えや不安を口にし、かつてのような誇りある公爵家の姿とは遠い状態だ。


「いずれにせよ、王家のご意向次第で全てが決まるのが現実。陛下や殿下に『何かの間違いだ』と言っていただければいいのですが……それも難しそうですね」

「……ああ。陰謀があるのか、殿下が何か考えあっての行動なのかは不明だ。ロザリアが意図的に騙したと主張されるなら、ますます立場が悪くなる」


 みなが答えのない堂々巡りに苛立(いらだ)ちを募らせ、室内の空気が冷えていく。重苦しい沈黙のなか、公爵夫人は震える手で扇を握りしめながら、意を決して口を開いた。


「……もう一度、私が娘の部屋を訪ねてみます。せめてロザリアの口から、何が起きているのか、どういう気持ちなのかを聞かないと。親子でありながら、まったく話ができていないのですから」


 周囲の家臣たちは少し目を合わせ、そっとうなずいた。公爵もため息をつきながら、「頼む」と妻に一言返す。彼女が部屋を後にしようとするとき、執事や家臣たちが申し訳なさそうに頭を下げ、扉を開けた。


「……お嬢様がご両親を拒むのは、やはり申し訳ない気持ちからなのでしょうか。それとも、何か言い出せない理由があるのか……」

「どちらにせよ、放置できる状況ではない。夫人の説得で娘が心を開いてくれればいいが……」


 そんな会話が背後で聞こえたが、公爵夫人はそれを耳に入れず廊下を進んでいく。娘の気持ちに届く言葉を探しながらも、頭の中はぐるぐると回り、何を言えばいいのか見当がつかない。ロザリアが気高い性格であることは母自身が一番理解している。そのプライドを崩してまで苦しみを吐露できるか――まったく自信はなかった。


 一方、ロザリアは自室でソフィアから新しい茶を差し出され、ぼんやりと窓の外を眺めていた。ここしばらく来客の報告も途切れ、レオンが訪れているのかどうかさえ耳に入ってこない。使用人が気を利かせて「子爵家の面会」を伝えなくなったのかもしれない。もはやロザリアは聞いても同じことを言うだけなので、周囲が勝手に取り計らっているのだろう。


 そんなとき、扉の向こうで足音が迫ってくる。いつものソフィアとは違う、もう少し重い足取り。何かを胸に決めたような気配が伝わってくる。ロザリアはピクリと肩を震わせ、まさかと思う。


「……母様?」


 小さくつぶやく。その瞬間、扉が控えめにノックされ、案の定、母親の声が聞こえてきた。


「ロザリア……少し、お話しできないかしら」


 その声には、張り詰めた哀愁が混ざっている。ロザリアは数秒迷い、すぐには返答しなかった。今まで両親と顔を合わせるのを避けてきたが、母がわざわざ来るということは何か重大な話があるのだろうか。結局、「入って」と一言だけ発すると、扉が開いて母親が姿を見せる。


「母様……どうしたの?」


 部屋の中は薄暗く、カーテンは閉められたまま。母親の表情は、こんな時期にもかかわらず品格を保っているが、瞳には迷いや焦りが混在しているように見える。


「あなたの様子が気になって……。ここ数日、顔をまともに見ていなかったでしょう?」


 そう言って母親は部屋をぐるりと見回す。荒れてはいないが、ロザリアが気を使う余裕を失っていることがわかる空気が漂っている。机の上に開けられていない贈り物らしき包みも目についたが、母はあえて触れず、静かに近づいて椅子に腰かけた。


「……何か用?」


 ロザリアは少し尖った態度で問いかけるが、母親は悲しげな目でそれを受け止める。娘が辛い状況にあることを理解していても、どうすれば手を差し伸べられるのかわからない。そこには親子の気まずいすれ違いが横たわっていた。


「本当は、あなたのことを守ってあげたいの。私も父様も。けれど、今は王家を相手にするにはあまりにも……」

「わかっているわ。大それたことをすれば公爵家ごと危なくなるかもしれない。それは理解してる」


 ロザリアの言葉には自嘲が混じっている。母親はそれでも口を開き、必死に語ろうとした。


「あなたが、あの夜会で何か決定的な誤解を招く行動をしたのか、あるいは王太子殿下が何か裏で考えをお持ちなのか。私たちは事情を知りたいの。でも、あなたが何も話してくれないから……」

「話すことなんてない。あんな理不尽な扱いを受けて、私はもう婚約破棄されて……王家への裏切り者とまで言われて。どうすればいいのか、私だってわからない」


 刺々しい口調には、娘の限界を示す悲痛な響きがある。母親は痛ましい表情で「そう……」とつぶやき、さらに言葉を継ぐ。


「何もかも私たちが悪かったわけではないけれど、対処が遅れてしまったのは事実よ。ごめんなさい。あなたを救いたいけれど、何をするにもリスクばかり大きくて……公爵家全体のことを考えると、安易に動けない」

「……そんなのわかってる。わかってるけど、私だって……辛いのよ」


 ロザリアは母をまっすぐには見ず、膝の上で握りしめた拳を見つめている。ずっと耐えてきた怒りや悲しみが込み上げそうになるが、それをこらえて唇を引き結ぶ。母が少し手を伸ばすが、ロザリアはわずかに身を引いてそれを拒んだ。


「今は、どうしたって私はどうにもならない。王太子殿下の宣言を(くつがえ)す方法なんてない。外では裏切り者呼ばわりされてる。……それなのに、私が部屋を出たところで、周囲が納得するわけでもないわ」

「でも、出てきてさえくれれば、私たちも話ができる。あなたが何に苦しんでいるのか、もう少し共有できるかもしれないのに……」

「共有したら、解決するの?」


 冷たい質問に、母親は言葉を失う。娘がこんなにも鋭い棘を持つ声を発するのは、相当追い詰められている証拠だ。ただ、母も後には引けない。何もしなければ、ロザリアは暗闇の中で沈み続けるだけだから。


「少なくとも、あなたを一人きりにさせたくないの。それだけよ……」


 母の絞り出すような言葉に、ロザリアは一瞬だけ揺れ動き、目線を机の方に落とす。家族の愛情はわかるが、もう自分の心を溶かすには足りない気がしていた。王家がらみの出来事でどんなに苦しんでも、両親は大胆な手を打たない――打てない――理由がある。そこに親子のすれ違いが生まれ、愛情よりも虚無感の方が勝っているのだ。


「ごめんなさい。母様。私……一人でいたいの」


 声がかすれ、母親はそれ以上何も言えなくなる。娘の瞳に宿る強い諦念と孤独を感じ取ってしまい、どうしても次の言葉が出てこない。部屋に沈黙が横たわり、数秒が永遠のように過ぎた後、母親は扇で口元を隠しながらゆっくり立ち上がる。


「……また来るわ。今は、あなたが少しでも休めるよう願っているから。何か必要なことがあれば、いつでも言ってちょうだい」


 その言葉は少し震えていた。ロザリアは背を向けて「ええ」とだけ返事をし、母の足音が遠ざかるのを耳で感じる。扉が閉まると同時に、彼女は目を閉じ、布団の上に肩を落とした。誰ともかみ合わない歯車。母親でさえも、思いを共有できない――そんな絶望感が、更なる孤独を呼び込む。


 廊下に出た公爵夫人は、部下たちの待つ応接室へ戻る気力もなく、一人で別の廊下へ歩き出した。薄暗い通路の奥にある窓辺で立ち止まり、拳を握りしめる。


「どうすれば、あの子を救えるの……」


 まるで誰にも聞こえないつぶやきを落とし、顔を伏せる。公爵家の家名を守ることと、娘を守ることのはざまで右往左往し、どちらも満足に達成できないまま時だけが過ぎていく。家中は王家への対処に苦慮し、ロザリアは塞ぎ込む。苦しみは今や公爵夫妻も含めて、全員を包み込んでいるのが現状だった。

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