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誇り高き令嬢は、婚約破棄されても負けません! ~幼馴染と挑む華麗なる逆転劇~  作者: ぱる子
第3章:失意の日々

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第9話 揺れる公爵家①

 公爵家の広々とした屋敷の奥、普段なら客人を通すこともある応接室に、ロザリア・グランフィールドの両親と家臣たちが集まっていた。大きな窓から差し込む昼の光は十分にあるはずなのに、その部屋にはどこか重苦しい暗さが漂っている。


 このところ、屋敷の空気は一変していた。夜会から続く婚約破棄と「王家への裏切り」疑惑が原因で、使用人たちはピリピリと緊張をにじませ、廊下を行き交う人々も必要以上に言葉を控えるようになった。まるで一触即発の火種を抱えているかのように、公爵家全体が張り詰めた静寂に包まれている。


「……陛下、もしくは殿下に直接申し開きをすべきだという声もありますが」


 そう切り出したのは、公爵家に長く仕えてきた執事のひとり。初老の落ち着いた声で、しかしどこか焦りも含んでいるのは明らかだった。彼は書斎机の前に立ち、公爵夫妻に向かって深々と頭を下げる。


「ですが、殿下があそこまで公の場で明言してしまった以上、わが家としては軽々しく動くわけにもいきません。もしも陛下に弁明を願い出るなら、最低限の証拠や根拠を用意しなければ逆効果かと……」

「わかっている」


 重々しい口調で応じたのは、公爵家の主――ロザリアの父である。彼は部屋の奥の椅子に腰かけたまま顎に手をやり、少しうつむき加減だった。公の場では威厳ある姿勢を崩さない男だが、娘の名誉に関わる大問題を前に明確な策を講じられず、苦悩の色を隠しきれないでいる。


「……いったいどうすればよいのか。王家を相手取って下手な動きをすれば、余計に目をつけられる。だが、このままでは、ロザリアが……」


 彼の隣には、公爵夫人――ロザリアの母が憔悴した面持ちで立っていた。母として娘を守りたいが、王家という絶対的な権威を前に大きく声を上げることがためらわれる。夜会の日から続くこの苦しい状況に、母はやりきれない様子を必死に隠そうとしていたが、その表情には焦りが浮かんでいる。


「そろそろ何かしらの手立てを……と家中でも動揺が広がっております。お嬢様がずっと部屋に閉じこもっておられるのは、やはり耐えがたいことで……」


 家臣の一人が、意を決して声を上げる。普段ならば秩序正しく静かなはずの公爵家が、今は渦巻く不穏な空気に包まれている。それを感じ取る家臣たちが、何とか解決策を見つけたいと願っているのだが、王太子が公に告発した「婚約破棄」と「裏切り」の言葉の重みがあまりにも大きい。


「娘を守るためにも、私としては王太子殿下と再度話し合いを持ちたい。だが、もしあちらが拒めばどうにもならん。あるいは、陛下に直々にお目通りを願うか……」


 ロザリアの父は頭を抱えるようにして視線を落とし、苛立(いらだ)ちをそのまま言葉にする。立場のある公爵だからこそ、下手な行動がどれだけのリスクを伴うか熟知していた。王家の決定を翻すには、よほど確固たる証拠や後ろ盾が必要だ。それがないまま動けば、公爵家全体の立場を失う危険がある。


「ただでさえ『裏切り』などと誤解を招く罪状を世間が騒ぎ立てている。そこに私どもが王宮へ強く出れば、『やはり何か後ろ暗いものがあるのでは』と余計に勘繰られましょう」


 執事が重々しく付け加える。実際、王家の逆鱗に触れれば、公爵家の地位すら危うい。王太子の発言が公になるだけでなく、ほかの貴族たちにも「グランフィールド家は王家に逆らった」と見なされかねないという恐怖がある。


「……お嬢様が本当に裏切りなど働いたはずがありません。皆、そう信じております。でも、それをどう証明すればいいのやら……」


 老執事はそう繰り返し嘆き、書斎に重い空気が垂れこめる。公爵夫妻もまた痛々しい表情を交わし合う。ロザリアが窮地に立たされていることは理解しているが、家名全体を巻き込む無謀な行動も取れない――それが現実だった。


「私も娘を信じている。ただ、一歩間違えばグランフィールド家は終わりだ。王太子殿下に異議を唱えるなど、思っているよりもはるかに大きな犠牲を強いられる。それが……わかるだろう?」


 公爵はちらりと家臣たちを見回し、椅子の背もたれに重く身体を預ける。家臣や執事たちは口を噤み、「はい……」と小さくうなずくしかなかった。お嬢様の名誉を守りたい気持ちはあるものの、王家との力関係を考えれば一歩が踏み出せない。公爵家に支える人々は、その苦渋の選択を迫られていた。


「それにしても、ロザリアは一向に部屋から出ないままで……親としては心配でたまらない。何度か扉の前まで行って呼びかけても、反応は薄いまま。母親の私がこうも無力だとは……」


 ロザリアの母が絞り出すように言った。その声は震え、悔しさと情けなさに満ちている。今まで誰もが尊敬してきた公爵夫人ですら、娘の窮状をどうにもできずにいるのだ。強く叱咤(しった)するどころか、どう慰めればいいかすらわからない。彼女は扇を軽く握りしめ、何度か唇を動かしたが、言葉にならず視線を落とす。


「いえ、公爵夫人。あなたが責任を感じる必要はない」

「そうかもしれませんが……このまま見守るだけでは、あの子がどれほど辛い思いをしているか考えると……。王家に直談判すればいいのでしょうか。でも、それがどんな結末をもたらすか……!」


 母としての苦悩を吐露しきれないまま、公爵夫人は黙り込む。王太子の権威は絶対だ。婚約を破棄すると宣言しただけでなく、裏切りの罪まで言及してしまった以上、相手を力ずくで説得できるような状況ではない。迂闊(うかつ)に動けば、家名ごと取り潰される危険すらある。


「……娘のことは私も不憫(ふびん)に思う。だが、今は手を出せない。私たちが無策に動くことで、より大きな不幸を招くかもしれないのだ」


 公爵は自分を納得させるように言葉を(つむ)ぎ、渋い顔をした。実際、愛娘をこのまま放置したいわけではない。だが、王家を正面から敵に回すのはあまりにもリスクが高い。グランフィールド家の領地や家臣たちにも影響が及ぶのは確実で、下手をすればその後の生活基盤が崩壊しかねない。


「……ロザリアはどうしているのかしら」


 母がぽつりとつぶやく。先ほど侍女たちの報告を聞いたところによると、ロザリアはずっと塞ぎ込んだまま食事もろくに取っていないという。両親も何度か扉越しに声をかけたが、「今は会いたくない」「放っておいて」という反応しか得られなかった。親の立場として、強引に部屋に踏み込むわけにもいかず、歯がゆい状況が続いている。


「名誉回復のためには、やはり王家側に入り込んだ陰謀があるかどうかを探るしかないのでしょう。けれど、私ども単独では動きにくい。王太子殿下の発言を覆すには、相応の証拠が必要ですし……」

「仮に陰謀があるとしても、証拠集めをどうするか。相手が誰かもわからんのだ。こちらが探りを入れれば、それこそ王家を敵に回す口実を与える可能性がある」


 執事と公爵の会話はまるで迷路の中をさまよっているようだ。どこを進んでも行き止まりで、王家の圧力という巨大な壁を感じる。ギリギリで思いとどまっているのは、まだロザリアに関する確固たる証拠がないからだろうが、もし王太子がより強硬な態度を取ってくれば、公爵家はさらに追い込まれるはずだ。


「これほどの大問題……なのに、我が娘から何も聞けないのがまた歯がゆい。ロザリアが王家を裏切ったなど、とても信じられないが、本人と話してすらいないのだから真相を知る術がないのだ」


 父は握り拳を作って机を叩きそうになるが、力なくふわりと下ろす。いつもなら公爵としての冷静さを保つ彼が、ここまで感情を見せるのは極めて珍しい。部屋に集まった家臣たちも気まずそうに視線を交わし、場の空気が停滞していくのを感じた。


「公爵閣下、奥方様。お嬢様にもう一度直接会い、話し合いをしていただくわけには……」

「面会を申し出ても、あの子が心を開いてくれないのだ。特に私ども両親に対しては、余計に申し訳なく思っているのか、あるいは気まずいのか……まるで拒絶されてしまう」


 母親が苦しそうに言う。ロザリアを愛しているからこそ、踏み込んで傷口を広げるのを恐れているのだろう。あるいは、娘が謝罪する立場などでないとわかりながらも、王家との間で板挟みになる現状が辛いのかもしれない。両親も親として何かしたいが、それがリスクになる現状に手も足も出せず、ただ時間が過ぎていく。

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