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誇り高き令嬢は、婚約破棄されても負けません! ~幼馴染と挑む華麗なる逆転劇~  作者: ぱる子
第3章:失意の日々

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第8話 繰り返す訪問②

 そんな状況が変化を生み始めたのは、屋敷の内部にいる人々の間だった。ロザリアはほとんど顔を出さないものの、使用人同士の間では「レオン様は本当にロザリアお嬢様を心配しているのだ」と噂が立ち、主人を思うその真摯な姿に打たれた者も出てきた。王家の決定に怯えながらも、「あの青年は捨て身の覚悟でお嬢様の疑いを晴らそうとしているのでは?」と考える者も増え、少しずつレオンへの共感が広がっていく。


 「子爵家などたかが知れている」と思っていた人たちさえ、連日の行動に心を揺さぶられているのだ。ロザリアはまだその事実を正面から受け止めていないが、この行動がいつか大きな布石になるかもしれない。


「お嬢様は、レオン様のお気持ちをどう思っているのだろう……。本心ではありがたいと感じていらっしゃるのでは……?」


 ある日、使用人同士のそんなやりとりが廊下からかすかに耳に入ってきた。ロザリアは扉の向こうで立ち止まり、聞こえないふりをしているが、胸が締め付けられる思いがする。自分はレオンを冷たく突き放してきた。それでも彼は諦めない。逆にその姿に使用人たちは「格差を超えた誠意」を感じているようだ。もし自分が彼の思いを受け止めるなら、状況はほんの少し変わるのかもしれない。


 だが、ロザリアは一向に心を開かない。弱みをさらせば、貴族社会ではたちまち付け込まれるかもしれないし、王家に対しても隙を見せることになる。プライドが邪魔をして、彼女は深く考えれば考えるほど頑なになっていった。


「子爵家なんかに何ができるのよ……そう、言い聞かせるほうが、私にとって楽だから」


 自嘲ぎみにつぶやき、ドレスの裾を乱暴に握りしめる。ゆったりした室内着の状態であっても、プライドだけは失わないと意地を張っている自分が情けなくなるが、どうしても素直になれない。一方で、毎日通ってくれるレオンの姿を想像すると、心が少し温かくなるのを感じてしまう。そうした感情が、さらにロザリアを混乱させた。


「……本当は嬉しい。でも、受け取ってしまえば……どうにもならない」


 自問自答を繰り返すたびに、疲れが増すばかりの日々。ソフィアは「彼が今日は来られましたよ」と静かに報告するが、ロザリアは同じように「断って」と答える。何を期待できるかもわからないし、下手に会ってしまえばレオンに迷惑をかけるかもしれない。今はそれを避けたいがために、「子爵家には何もできない」という言葉を盾として拒絶しているのだ。


 それでも、周囲は確実に動きはじめていた。屋敷の門前にいるレオンを見かけた他の貴族が「なぜ子爵家の方が毎日通っているのだ」と不思議がり、中には「ロザリアお嬢様との絆はそんなに深いのか」という噂をささやく者も出てくる。陰鬱な雰囲気に包まれた公爵家内で、唯一の光のような存在として、レオンの行動が小さな話題を呼んでいるのだ。


「これが、いつか大きな動きに繋がるかもしれない……」


 そう感じている者もいれば、「現実は甘くない」という冷ややかな視線を向ける者もいる。だが、少なくともレオンの行動が周囲の使用人や一部の貴族に希望の種を蒔いている事実は否定できない。ロザリアがそれを正面から認める日は、まだ来ていないけれど。


「お嬢様、レオン様からこんなものをお預かりしております。よろしければ……」

「……そこに置いておいて。後で処分してちょうだい」


 またしても別の日、ソフィアが小さな包みを持ってロザリアの部屋を訪れた。レオンが届けたものだと聞いて、ロザリアは冷徹な口ぶりを装って見もしない。しかし、そのままソフィアが静かに下がったあと、一人きりになると、ロザリアは数秒間じっと包みを見つめる。その瞳には戸惑いと少しの動揺があるが、結局手に取ることはない。まるで、プライドを捨てれば壊れてしまう何かがあると信じ込んでいるように。


 こうして、ロザリアとレオンのすれ違いの日々が続いていく。ロザリアは自室に閉じこもりレオンを拒絶する一方、レオンは諦めず何度も公爵家の門を叩き、ほんの少しの隙間を求める。ここではまだ、二人の和解や話し合いには至らない。むしろ意地とプライドが絡み合うだけで、事態は硬直したままだ。


 ただ、その繰り返しが周囲の認識を変え始めるのも事実。少なくとも公爵家内部では、「ロザリアお嬢様をこれほど心配してくれる人がいる」という声が徐々に広まり、一部の使用人が隠れた応援をするような動きも芽生えつつあった。必死に拒まれるレオンに対して、こんな言葉を投げかける人もいる。


「どうか、諦めないであげてください。お嬢様は今、心を閉ざしているだけなのかもしれません」


 レオンはその言葉にかすかな救いを感じながら、また足を運ぶ。ただロザリアが門前払いを続けるたびに、彼の胸に苦しみが積もっていくのも確かだった。それでも彼は決意を捨てない。彼女が苦しんでいるのを想像すると、自分だけが楽に生きるわけにはいかないと思うからだ。


「僕は何度でも来る。ロザリアが会ってくれるまでは……何度でも」


 そんな思いを抱いて屋敷を見上げるレオンと、「子爵家なんかに、何ができるというの……」と心を固めて拒絶するロザリア。二人の温度差は時に残酷なほどで、どちらも思いをすり合わせる術を持たない。公爵令嬢としての誇りを砦に、ロザリアは扉の中で震え続け、レオンは門の外で声にならない情熱を燃やしている。


 やがて、その繰り返しが新たな布石を作る。公爵家に仕える侍女や執事たちが、レオンの姿勢に共感しはじめたのだ。王家の圧力に屈するしかない現状が歯がゆく、何もしないままロザリアが破滅していくのを見過ごしたくないと思う者たちにとって、レオンの行動力は一筋の光に見えたのである。今はまだ水面下の話だが、いつかそれが大きな動きに繋がるかもしれない。


 しかし、ロザリアの心は孤立無援のままだ。レオンが足繁く通ってくれることを知っていながら、素直に会うこともできず、ベッドにうずくまって苦悩を抱え続ける。彼女は自分の感謝や戸惑い、そして恐怖をどう処理すればいいかわからないのだ。


「会ってしまえば、きっと私は弱音を吐く。泣いてすがってしまうかもしれない。そんな姿、絶対に見られたくない……」


 ロザリアは時にそんな言葉を自分に言い聞かせる。だからこそ、「子爵家に何ができるの」と自嘲を混ぜて拒み続けるしかない。もし受け入れてしまえば、今の彼女を支えている「プライド」という最後の柱が折れてしまうから。そうした惨めさだけは味わいたくない。自身の努力と名誉が崩れ去り、婚約まで破棄されている現状で、彼女に残されたのは意地だけなのだから。


 こうして、レオンの度重なる面会要請は、毎回断られながらも少しずつ周囲を巻き込み、ジワジワと影響を広げていた。まだ二人の間に和解の兆しはない。むしろ苦しいすれ違いが深まり、ロザリアは心を閉ざし、レオンは諦めず門前で声を枯らす。まるで何度もぶつかりながら、いつか衝突が爆発するだろうと予感させるように。


 この苦しい均衡が破れる日が来るのか――それはまだ誰にもわからない。それでも確かなのは、ロザリアの胸の奥に「ありがとう」と言いたい気持ちや、「あなたなんかに助けられたくない」というプライドが複雑に同居していることだ。レオンの粘り強い行動が、いつかロザリアの(かたく)なな壁を動かすのか、それともより深い溝を生むのか。結論を出せないまま、日々は続いていく。


 その日も夕暮れが迫る中、レオンは門前で面会を断られ、肩を落として帰っていった。使用人の一人が忍び寄り、ソフィアにこっそり話しかける。


「レオン様、あれほど必死なのに……お嬢様は聞き入れてくれませんね」

「……ええ。お嬢様にはお嬢様なりのご事情があるのでしょう。何もできず、もどかしい限りです」

「ですが、あの方の誠実さは本物です。いつかお嬢様にも伝わる日が来るのではないかと……。そう思いたいです」


 ソフィアは複雑な表情を浮かべたまま、「ええ、私もそう信じたいですわ」とつぶやく。誰もが王太子に楯突けない中で、この青年だけがロザリアを支えようとしている。その姿はもしかしたら、小さな奇跡を呼ぶかもしれない。それまでに、ロザリアが完全に壊れてしまわないことを祈るばかりだ。


 部屋の窓辺に立つロザリアは、もうすぐ夜の帳が落ちようとする空を見上げていた。レオンが帰った気配を感じ取っても、素直に「ごめんなさい」と伝えることさえできない。視線を落とし、唇を噛む。そして、わずかに声を漏らす。


「……もう、やめてよ、レオン。あなたが来ても意味がないのに……」


 その声音には「本当は助けてほしい」という気持ちがにじんでいると、もし誰かが近くにいたら察したかもしれない。しかし、この部屋には誰もいない。蒼白い夕陽に染まる空を見つめるロザリアが感じるのは、抜け出せない孤独と葛藤だけだった。プライドの鎖が彼女の心を縛り、レオンの足音を拒む。それでも翌日には、彼がまた門前に立つだろうという確信が苦しく胸を圧迫する。


 噂が燃え盛る中、公爵令嬢と子爵家の嫡男は、お互いに想いを抱えながらまったく噛み合わないまま過ごしていく。社会的な立場の差も、個人のプライドも、絶望的な状況も、すべてが二人を引き裂く要素となって機能しているかのようだ。――しかし、そのすれ違いが深まるほど、やがて大きな波へと転じる布石が着実に育っていることを、今はまだ誰も気づいていない。


 長く苦しい日々の果てに何が待ち受けるのか。それはロザリアとレオン、両者の運命を左右する大きな転機となるかもしれない。だが、それまでの間は、ロザリアは自室に籠もり、レオンは門前で断られながらも面会を求め続ける――果てのないすれ違いを繰り返すだけなのだ。


 この先に待つ波乱を、彼らはまだ知る(よし)もなかった。

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