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誇り高き令嬢は、婚約破棄されても負けません! ~幼馴染と挑む華麗なる逆転劇~  作者: ぱる子
第2章:波乱の幕開け

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第6話 交差する思い③

 遠くで小さな足音が聞こえた気がした。もしかするとレオンが追いかけて来ているのかもしれないが、彼女は振り向かない。もし彼が追いついてきても、もう同じ言葉で拒絶するしかない。子爵家の身で王太子の決定に立ち向かうなど、到底できるはずがないのだ。それがわかっているからこそ、これ以上レオンを巻き込みたくない。


「……さようなら、レオン」


 誰にも聞こえないほどのかすかな独白を落として、ロザリアは馬車へ乗り込む。背後からは夜会のざわめきと人々の叫びが薄れていくように聞こえるが、気づけばその音すらも遠のいていた。扉が閉まり、静かな空間に身を委ねると、一気に涙がこみ上げそうになるのを必死で(こら)える。


(大丈夫。まだ誰も見ていない。泣くわけにはいかない)


 意地を張り続ける。自分を守る最後の砦は、幼い頃から培ってきた「公爵令嬢としての完璧さ」だからだ。ジュリアンに婚約を破棄されようとも、理不尽な罪に(おとし)められようとも、表向きは絶対に崩れない。そう誓ってきた自分を裏切りたくないのだ。


 馬車が動き始めると、窓の外に夜会場の灯りが遠のいていく。ロザリアは瞳を閉じ、二度と戻れない場所を眺めるように心で想像する。あの華麗な世界で君臨するはずだった王太子妃の未来は、もしかすると崩れ去ったのかもしれない。それでも彼女はプライドを握りしめ、誰の手も借りずに歩き出す。いや、借りることすら許せないと自分に言い聞かせているのだ。


 一方、夜会の会場では、レオンが立ち尽くしていた。ロザリアに拒絶され、王太子ジュリアンににらまれる形になった以上、これ以上どう動けばいいのかわからない。貴族たちが怖れの眼差しで彼に近づかず、気まずい雰囲気が取り巻いているのを肌で感じる。


「……ロザリア……」


 レオンは小さくつぶやき、握りしめた拳を震わせる。彼は心底悔しかった。あのとき、もっと強く止めに入れば、あるいはロザリアを(かば)う言葉を伝えれば――そんな考えが頭を巡るが、王太子の権威を思えばどうにもならない現実を突きつけられている。彼女からの冷たい拒絶も胸に突き刺さったままだ。公爵令嬢であるロザリアと子爵家の自分との間に横たわる大きな溝を、改めて思い知らされたのだ。


 その後、夜会はもはや体裁を保てず、急きょお開きの準備へと移行していく。場は収拾がつかないまま、参加者たちはそれぞれ後味の悪い気分を抱えながら解散を急ぐ。ロザリアが去ったことで、ジュリアンもまた表向きは勝ち誇ったような態度を取っているが、内面がどうなのかはわからないままだった。


(結局のところ、誰もが自分の立場を守るだけで精一杯。僕とロザリアの関係は、もう修復できないのだろうか……?)


 レオンはそんな苦い思いを抱えつつ、人々の波が引いていくなかで立ち竦んだまま。周囲の耳目がまだ自分に集まっていることを感じながら、どうにも動けず時間が経つ。王太子への直談判もできず、ロザリアからは冷たく拒絶され、傷心と無力感でいっぱいだった。


 かくして夜会は、史上最悪とも言える形で幕を閉じる。王太子による婚約破棄と告発、そして公爵令嬢を庇おうとした子爵の青年の孤独な奮闘。そして、ロザリアがそれを退けたという構図に、貴族たちの噂はさらに激しく火の手を上げようとしていた。今宵の出来事は、この王国全体を巻き込む大きな波乱の始まりかもしれない――そんな予感を、誰もが拭えずにいる。


 馬車に揺られながら、ロザリアは頭をたれ、心が千々に乱れるのを感じていた。先ほどのレオンの言葉が、痛いほど胸に残っている。しかし、彼女はあくまでプライドを選んだ。そうしなければ自分を守れないと思ったし、子爵家の彼を危険な立場に引きずり込んでしまうのも不本意だからだ。


「本当は……ありがとう。助けようとしてくれて。でも、私は……」


 膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめる。青いドレスの上で、その白い指先が血の気を失っているかのようだ。遠ざかる夜会場の光が、窓の外で瞬きながら消えていくと同時に、ロザリアは小さく息をつく。今日はすべてが変わってしまった。もはや、かつての平穏や希望に満ちた未来には戻れない。深く刻まれた傷痕を抱えて、これからどうするのか、答えはまだ見つからない。


「レオン……ごめんなさい。私には、あなたの優しさを受け取る余裕はないの」


 本心では嬉しく思った。しかし、婚約を破棄され、王家への裏切りという嫌疑を着せられた身では、誰かに庇われるなどあり得ないことだと思っている。公爵令嬢の名にかけて、誰にも弱さを見せずに歩むしかない。それが、ロザリアが幼少期から抱えてきた「誇り」の呪縛でもあった。


 こうして、レオンの声は届かず、ロザリアの冷ややかな拒絶が場を駆け巡る形で夜会は終幕へ向かう。まるで修羅場のような混乱を残したまま、次なる波乱へと物語が進んでいくのだろう。王太子の意図や、ロザリアへの冤罪がどう展開していくのかは、まだ誰にも知る(よし)もない。ただ一つ確かなのは、ロザリアとレオンの間に深い溝が刻まれたということ。そして、ロザリアはその溝を「自ら」作り出したのだ。


 そんな彼女の胸中には、複雑な葛藤が渦巻く。レオンが声を上げてくれたことに対する感謝と安堵、しかし同時に公爵令嬢のプライドゆえに「身の丈に合わない」と突き放してしまう後悔。二つの感情が激しく混ざり合い、ロザリアは終わりなき苦しみに飲み込まれていく。


 馬車の中で、ようやく人気のない場所を走りはじめた頃、ロザリアは誰にも見られないことを確かめ、そっと涙をこぼした。夜会で張り詰めていた仮面がわずかに崩れ落ちる。誰も彼女の弱さを知らない――それでいい。そう自分に言い聞かせつつ、止めどなくあふれ出す悔しさを噛み締めるしかなかった。


「ごめんなさい……レオン。でも、私はもう、誰の助けも受けない。私は私のやり方で、戦わなくてはならないの」


 ゆらゆらと揺れる車輪のリズムの中、ロザリアの涙はひっそりとドレスの袖に吸い込まれていく。後に残るのは、深く刻まれた傷と、孤高のプライドだけだ。あの夜会場には、レオンが取り残されたままで、王太子ジュリアンとの対峙も続いているだろう。ロザリアはそれを思うと、胸が締め付けられるような痛みに襲われる。だが、もう引き返せない。自分が選んだ道なのだ。


 夜の闇が車窓を覆い、すべてが過去の出来事になっていく。王太子の言葉も、レオンの叫びも、もう耳には届かない。ロザリアは顔を伏せたまま涙を(こら)え、周囲の光景を映すことなく目を閉じていた。いつかこの嵐が去る日が来るのだろうか――今はまだ、あまりにも先が見えない。心に刻まれた痛みだけが、形となって彼女の肌を冷やしていた。


 レオンを突き放した冷たい言葉が、翌日には社交界の噂としてさまざまな形で流布されることを、ロザリアはまだ知らない。しかし、それが二人の関係に大きな溝を生むきっかけになるのは間違いなかった。彼女にとっても、レオンにとっても、この夜会での拒絶は深い傷として長く心に残ることになる。


 公爵令嬢と子爵家の跡継ぎ――本来ならば、幼少期のかすかな思い出で終わったかもしれない二人の絆。それが新たな方向へ動き出す伏線が、今この瞬間に残酷な形で張り巡らされたのだ。ロザリアはそのことに薄々気づきながらも、プライドを優先して、レオンを拒むしかなかったのである。


 そして夜会は、史上最悪の混乱を残したまま終幕に近づき、王太子の言葉による婚約破棄とロザリアへの罪状が事実上定着してしまう。火種はすでに()かれた。今後、ロザリアの運命はさらに過酷な道をたどることを示唆するかのように、夜の闇は深くなっていくばかり。ここから先、彼女の人生は激流に飲み込まれ、誰も想像しなかった結末へと向かっていく――そんな予感が、冷たい月の光の下で静かに燃えていた。

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