第45話 愛しき永遠へ③
曲がひと区切りしたところで、周囲の人々がぱっと輪を縮め、満場から盛大な拍手が巻き起こった。子供たちが花びらを投げ、天井に飾られた花束が花びらを舞わせる仕掛けもあって、まるで花の雨が降るようにロザリアとレオンを包んでいく。二人は腕を組み直し、照れながらもその祝福を全身で受け止める。
「皆さま、これにて挙式は一段落ですが、どうぞ飲み物や軽食をお楽しみください! 本日はお二人を讃える宴でございますから、存分に盛り上がりましょう!」
司会が声高に叫ぶと、貴族たちはグラスを手に取り、一斉に「乾杯!」と声を上げる。ワインやシャンパンがふんだんに注がれ、おめでとうの響きが混じり合って、庭全体がひとつの祝宴へと変わる。大人から子供まで、多くの人が微笑み合い、音楽に合わせて踊り出しそうな勢いだ。
レオンとロザリアはその中央を歩きながら、一人ひとりの祝辞に笑顔で答え、手を取り合い続ける。花嫁姿のロザリアは既に多くの涙を誘っており、令嬢たちが口々に「本当に綺麗……」「憧れるわ!」と言えば、騎士たちは「守りたい相手がいると、男は強くなれるんだな」とレオンに拍手を送る。
王太子ジュリアンは再び近づき、微笑みながら口を開く。
「さっきは二人のダンス、素晴らしかったよ。私も少し踊りたくなった。これからも二人で国を支えてくれたら嬉しい」
「殿下の温かい言葉があるからこそ、私たちは安心して結婚できるんです」
「殿下が私たちを応援してくださったおかげです。今後ともどうかよろしくお願いします」
ジュリアンは照れくさそうに「こちらこそ頼むよ」と返し、静かにその場を離れていった。
貴族たちが各々に会話を楽しむうちに、日差しは午後へ向けて力を増していく。式はまだ続いており、参列者は次第に広場の方へ流れて、立食パーティーのような形になった。きらびやかなテーブルには、季節の果物や焼き立ての菓子、凝った料理が並び、ワイン樽がいくつも置かれている。花のアーチがいくつも設置され、その下で新郎新婦やゲストたちが写真のような絵になる光景を作り出していた。
ロザリアがテーブルで一息ついていると、公爵夫人が微笑みながら近寄ってくる。
「本当におめでとう、ロザリア。あの子爵殿がここまで貴族社会に溶け込み、評価されるとはね。あなたが選んだ相手だからこそ、これだけ立派にやり遂げたのかもしれないわね」
「母様、私たちのこと本気で応援してくれてるんだって感じてる。ありがとう。式の準備も母様がいろいろ気にかけてくれたんでしょう?」
「娘の幸せが一番だもの。私は最初は反対していたけど、あなたが笑顔になれるのを見たらそれで充分よ」
一方のレオンは、子爵家の父に囲まれながら慣れない様子で言葉を受けていた。
「まさかこんな大勢の前で式を挙げることになるとは思ってなかったが、これだけおまえの努力が評価されるなら、私も誇りに思うぞ」
「ありがとうございます、父上。何よりロザリアが僕を助けてくれたからです」
周囲の使用人たちも「本当におめでとうございます、レオン様」「ご立派になられて……」と涙ぐみながら祝福している。
ふと、騎士や侍女の案内で二人が再び合流すると、ロザリアが口を開いた。
「ねえ、少し外の庭を回らない? 多くの花を見てないわ」
「いいよ。みんなの注目はまだあるけど……二人で少しゆっくり歩こうか」
そう言って周囲の了解を得た上で、花のアーチが並ぶ園路へ移動する。音楽が遠くに聴こえ、笑い声や乾杯の掛け声が小さく聞こえてくる。そこは短い散歩だが、二人だけの時間を過ごせる場所だ。
ロザリアが歩を止め、レオンを見つめる。
「レオン、私……なんて言えばいいかわからないくらい幸せ。ずっと心が満たされてる。あなたはどう?」
レオンはわずかに顔を赤らめ、静かに言葉を繋ぐ。
「僕だって同じ気持ちだよ。昔は分不相応と思っていたけど、今は堂々と君を妻と呼べる。……胸がいっぱいだ」
ロザリアは口元をほころばせる。
「『妻』て呼ばれるのはちょっと恥ずかしいけど……本当に私たちは夫婦なんだよね。大勢から祝福されて、誰にも否定されない関係……」
「うん、誰も否定しない。それだけ僕らが積み重ねてきたものが大きかったんだと思う。王太子殿下までも応援してくださるんだから、こんなにありがたいことはないよ」
「ええ。本当に……。私、思い返すだけで涙が出そう。エレナの陰謀を暴いて、あなたが深手を負って、意識不明になったころは絶望しそうだったけど、今はあの苦しみすら私たちの絆を強めた証だと思ってる」
花のアーチをくぐると、仕掛けられた花びらがパラパラと落ちてきて、まるで演出されたかのように幻想的な光景が広がる。レオンは思わず笑みを浮かべた。
「すごい演出だね……まるでおとぎ話の世界みたいだ」
ロザリアも感慨深げに応じる。
「私たち、確かにおとぎ話みたいな道を歩んできたのかもしれないわね。だけど、これは現実……あなたがいてくれて、本当によかった」
少し歩みを進めると、ささやかな噴水があり、その周囲にも花が敷き詰められている。ロザリアは噴水の縁にそっと腰掛け、レオンと肩を並べた。
「父様と母様が、あなたを認めてくれるのに時間がかかったけど……今はすごく協力的よ。子爵家も家臣総出で、この式のために奔走してくれたんでしょう? あなたも努力したわね」
「うん、正直大変だった。子爵家の限られた資金をやり繰りして、でも公爵家を頼りきりにはなりたくなくて……。それでも結局は公爵家や王太子殿下の後押しが大きかったよ。周囲の支えがあってこその今日だと思うと、感謝しかない」
ロザリアはドレスの裾を気遣いつつ、噴水の縁で水面を見つめた。
「それが私たちの幸せってわけね。周囲が認めてくれるのは大きいし、私も助けられた部分が多いわ。王太子妃という形じゃなくても、こうして王宮の礼拝堂で挙式できるくらいだから」
「僕にとっては奇跡そのものだよ。……ロザリア、改めてありがとう。君が僕を選んでくれたから、僕はここまで来られた」
「私もありがたく思ってるわ。あなたがどれだけ私を助けてくれたか……。お互い様ね。今はもう公爵家とか子爵家とか関係なく、私たちの家になるんでしょう?」
「そうだね。二人で新しい家を築く。もちろん両家とも大事にするけど、僕ら自身の家庭を作っていくことが本当に楽しみだ」
ちょうどその頃、控えていた侍女ソフィアや騎士が遠巻きに姿を現し、「そろそろお客さまが待っておられます」と合図を送ってくる。ロザリアとレオンは顔を見合わせてくすりと笑い、立ち上がった。噴水近くでの二人きりの時間は短かったが、新郎新婦として甘い一瞬を共有できただけで十分だった。




