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誇り高き令嬢は、婚約破棄されても負けません! ~幼馴染と挑む華麗なる逆転劇~  作者: ぱる子
最終章:祝福のフィナーレ

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第44話 二人きりの誓い①

 夜の帳がゆっくりと降りてきた公爵家の庭園は、昼間の賑わいとは打って変わって静けさに包まれていた。月光が薄い雲間からこぼれ落ち、白く照らされた小道に淡い影を描く。先日行われた祝宴の熱気はもう感じられず、屋敷の中の喧騒は遠くかすかに聞こえる程度。


 そんな夜の庭園を、人目を避けるようにして歩く二つの人影があった。一つは、銀色に光る髪を持つ公爵家の令嬢、ロザリア・グランフィールド。もう一つは、その隣を並ぶ子爵家の跡継ぎ、レオン・ウィンチェスターだ。


 二人はささやかな明かりがともる石灯籠のそばへ立ち止まり、どこか緊張した面持ちで視線を交わす。


「ここなら、きっと誰の目も気にせず話せると思って……」


 レオンがそうつぶやいて、申し訳なさそうに微笑んだ。


 ロザリアは小さくうなずき、周囲を見回す。広大な庭園のあちこちには植え込みや花壇が美しく整備されているが、いまは夜闇が深まり、石畳の道や彫刻がところどころ影を落としている。遠くにかすかに揺れる暖色の灯りが見えるものの、この辺りは木立に囲まれて淡い月明かりと灯籠の光しかなく、静謐(せいひつ)な空気に満ちていた。


 ほんの数日前、二人は華やかな式典の中で公爵家や王太子、そして貴族たちから正式に承認を受けた。それは、王太子妃の道を捨ててレオンを選んだロザリアにとって、「周囲の祝福」を確立する重要なステップだった。しかし、どんなに多くの人が祝ってくれても、一番大切なのは二人の気持ちが正式に確かめ合われること。


 ロザリアは王太子や大勢の面前で「周囲に認められた」とは感じたが、それが自分たちの「婚約」として完全に固まったとは言い難い。レオンもまた、心のどこかで「自分の口から正面切ってプロポーズしていない」と感じていたのだ。


「ええ。ありがとう、こんな素敵な場所を選んでくれて。あなた、今日はずっと落ち着かなかったでしょう?」


 ロザリアが笑みを含んだ声で問いかけると、レオンは少し照れて視線を落とした。


「はい、実はずっと緊張しっぱなしで……。盛大な祝宴の後も、何度もあなたに話したかったのに、人が途切れないからなかなか二人きりになれなくて。でも、公爵家の使用人に少し無理を言って場所を用意してもらったんです」


 彼の言う「場所を用意」というのは、いつもなら夜間は閉ざされる公爵家の庭園の一角を、特別に明かりを灯して通れるようにしてもらったという意味だろう。


 ロザリアは、レオンがそこまでしてくれたことに胸を打たれながらも、まだ何も起きていないことを察して、思わず微笑む。


「ふふ、あなたの想いは伝わってるわよ。でも……改めて話を聞かせてくれるかしら? この間の式典では『公の承認』はもらえたけど、私たちだけの言葉はまだ交わしてないものね」


 レオンは息をのみ、月の光を浴びたロザリアの姿を目に焼き付けるようにじっと見つめる。銀髪が夜風に揺れ、青い瞳が期待に輝いている。その姿を見た瞬間、彼の頬は自然と熱くなった。数か月前までは、貴族社会の身分差に悩み、ロザリアとの将来など遠い夢のように思っていた。


 いまは周囲の認知を得たうえで、こうして二人きりになれる――胸が高鳴らないわけがない。


「……ロザリア。今更かもしれないけど、僕はどうしてもこの言葉をきちんと伝えたかったんだ。君に認められ、周囲にも祝福してもらえるようになったけど、まだ言葉として……『本当の婚約』を僕から切り出していないと思うから」


 そう言って、レオンはそっと胸元のポケットに手をやり、小さな箱を取り出す。闇夜の中で、その箱は控えめに輝いているようにも見えた。


 ロザリアはドキリとしながら、「レオン……?」とささやき、指先を揃えて待ち構えるような仕草をとる。心の奥で高鳴る鼓動が、庭園の静寂にさえ響きそうだ。


「皆の前で周囲の承認はもらった。でも僕は、それだけじゃ不十分だって思う。大切なのは『君と僕、二人だけの約束』だから。僕自身が心から君を妻として迎えたいと、きちんと形にしたかった」


 レオンの声は少し震えていたが、その瞳には確固たる決意が宿っていた。ロザリアはそっと息を詰め、箱を凝視する。箱の蓋が開くと、中にはシンプルながら上品な指輪が納まっている。大きな宝石はないが、星を散りばめたように繊細な細工が施され、月明かりを受けてかすかに煌めいていた。


「これは……?」


 彼女が問いかけると、レオンは微笑んで答える。


「子爵家の財政を考えれば、豪華な宝石は用意できなかったけど、僕にとっては精一杯の思いを込めた指輪なんだ。公爵家の令嬢には釣り合わないかもしれないけれど……」


 遠慮がちにそう言う彼に、ロザリアは弱く首を振る。


「何を言ってるの。私にとって、世界一高価な指輪よ。あなたが選んでくれたものだもの……」


 声を詰まらせるロザリア。指輪の価値は金銭では測れない。ここまで自分を高めようと努力し、公爵家とも対峙し、自分を選んでくれた人が贈るのだから、それが何よりも尊い代物だと実感する。


 レオンは短く息をつき、改めて指輪を手にしてロザリアの目の高さに掲げた。


「ロザリア……僕は、いろんな苦難を乗り越える中で、君がいなければ生きられないって思い知った。周囲の反対や、王太子妃になる道があった君なのに、僕を選んでくれた。その君の想いに答えるためにも、僕はもっと強くなると誓った。でも、今ここで『形』にしなきゃと思ったんだ。僕は君を、一生守り抜きたい。僕の……僕の妻になってくれないか」


 最後の言葉はわずかに声が掠れたが、それでもはっきりと伝わってくる。ロザリアは思わず両手で口元を押さえ、瞳を潤ませた。周囲からは「二人は結婚する」と見なされているが、この瞬間こそ二人の間だけで交わされる正式な婚約の言葉だ。


 彼のまなざしには愛情と決意が混ざり合い、ロザリアの心を激しく揺さぶる。


「レオン……もちろん、私の答えは決まっているわ。私はあなたと生きていきたいの。あなたがどんな時も、私を想っていてくれたから、ここまで頑張れた。その証が、いまここにある……」


 ロザリアは涙をこぼしそうになり、頬をそっと拭う。多くの困難があった。王太子妃の座を退き、周囲の冷たい視線に耐え、両親からも激しく反対された。それでもレオンは自分を支えてくれた。


 王宮の医療施設で意識を失ったままのレオンを思い出すと、いま彼が目の前にいてプロポーズしていることが奇跡のように感じられる。


「私を妻にしてくれるのね……こんなにも嬉しいことがあるかしら。あなたがいてくれなかったら、私はずっと寂しい道を歩んでいた。あなたこそが私の心に光を与えてくれたの」


 ロザリアが涙声で言うと、レオンは胸が詰まったようにまぶたを閉じ、静かな吐息をこぼす。


「ロザリア……ありがとう。君と幸せを築けるなら、僕は何だって乗り越えられる。もう周囲も僕らを祝福してくれるし、それでも僕は、これが本当の始まりだと思ってる。僕と生涯を共に歩んでください」


 その言葉に、ロザリアは涙声のままこくりとうなずく。


「もちろんよ。私こそ、あなたが隣にいてくれなきゃ生きていけない。もう答えはわかりきってるけど……あえて、あなたの気持ちを聞けたことが嬉しいの」


 レオンは指輪をそっとロザリアの薬指にはめる。自然にフィットするサイズで、彼女の手元に愛らしい輝きを添えていた。見つめ合う二人のあいだを静寂が満たすが、その心臓の鼓動が互いに伝わるようだ。夜風がふわりと髪を揺らし、月明かりが指輪を淡く照らす。


「……本当に似合ってるね。何度も店を回って、君の指に合いそうなものを探したんだ。豪華な宝石を載せるお金はなかったけど、ささやかながら子爵家の誇りを示す形で……」


 レオンが照れくさそうに言うと、ロザリアは指輪を見つめて微笑む。


「こんなに素敵な指輪、見たことないわ。あなたが選んでくれたってだけで、私には世界で一番の宝よ」


 そう言いながら、彼女はそっと彼の手をきゅっと握りしめる。温かな体温が互いに伝わり、夜の庭園に幸せな静寂が漂った。


「今まで散々な目に遭ったけど、こうして二人だけの場で心を通わせることができるなんて……私は、本当に救われた気持ちになる。何もかもが大丈夫だって信じられるわ」


 ロザリアの瞳から、小さな涙が(こぼ)れ落ちる。悲しみではなく、喜びが溢れる涙。レオンは愛おしげに彼女を見つめ、そっと肩を寄せる。


「僕こそ、君がいなかったら、子爵家の嫡男として何の自信も持てなかった。君が僕を選んでくれたから、こんなにも強くなれた。いつかは公爵家の皆さまにも受け入れてもらえるんじゃないかって、諦めずに走れたんだ」


 王太子との婚約破棄で傷ついていたロザリアを支えようと決め、何度拒絶されても公爵家を訪れ、陰謀を暴こうと動き、重傷を負って意識を失った日々――すべてを思い返すと懐かしく、そして尊い。そうして改めて正式にプロポーズする機会を作れたのは、彼にとって大きな意味があった。


「そして君の両親が、ようやく僕を認めてくれた。王太子殿下も僕らを祝福してくれている。でも一番大切なのは、君が僕に『妻になる』と言ってくれることなんだ。僕は自分の言葉でちゃんと求めたかった」


 レオンの瞳がかすかに(うる)み、ロザリアは深くうなずいて応える。


「そうね、私たちには必要だったわ。周囲がどんなに祝ってくれても、私とあなたの間で同じ気持ちを確かめ合わなきゃ、本当の婚約とは呼べないもの。だから、嬉しい……こんなにも素敵な指輪をくれて、正面から『妻になってくれ』と告げてくれたあなたを、誇りに思うわ」


 レオンはほっとしたように微笑む。


「僕は君を誇りに思うよ。君ほど強く美しく、そして優しい女性はいない。これからもずっと、一緒にいてくれる?」


 再び放たれた問いかけに、ロザリアは笑顔で答えた。


「何度でも言うわ。私はあなたと一緒にいたい。世間がどう言おうと、私の心は変わらない。むしろ、いまは世間が喜んでくれてるんだから、なおさら堂々とあなたの妻になりたいって思う」


 指輪をはめた手を見つめながら、ロザリアの瞳がきらきらと輝く。感極まって、彼女はレオンの胸に顔をうずめる。人目のない闇夜の庭だからこそできる行為だ。


 レオンは戸惑いながらも、そっと彼女の背に手を回し、その体を受けとめる。伝わる体温と、胸を震わす安堵の鼓動。月明かりに包まれた庭園のなかで、二人は確かに「心からの婚約」を結んだ。

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