第43話 広がる祝福⑥
こうして、かつては苦難ばかりだった「公爵令嬢と子爵家嫡男」の関係は、華々しい祝賀の空間で正式に承認された。王太子のあたたかな言葉、周囲の熱狂的な歓声、両家の軟化した態度――すべてが「二人は結ばれるべき存在」と示している。二人が体験した長い道のりと苦痛が、今は豊かな愛の花を咲かせていた。
ホールの外には夜空が広がり、光の灯る窓からは優雅な音楽が溢れてくる。レオンとロザリアはテラスで再び顔を合わせ、互いを見つめ合って微笑む。笑顔だけで十分通じ合うほどの親密さがそこにあり、遠巻きに殿下が微笑ましい視線を送っている。父母もそっと二人から目を外し、気を利かせているようだ。
「僕たち、ここまで頑張ったね」
「ええ、本当に……。やっと辿り着いた場所ね。いろんな苦労を乗り越えて……」
「辿り着いた場所……でも、同時に新しい始まりだと思うよ。これからは僕らが一緒に未来を築いていくんだから。……愛してる、ロザリア」
「私もよ、レオン。大好き……ずっと一緒にいてね」
甘く確かな言葉を交わしながら、抱き合いたい衝動を人前でこらえ、微笑みを交わすだけに留める。ホールの灯りが二人を照らし、足元には散りばめられた花びらが舞っていた。もはや周囲の非難などなく、ひたすら美しい祝福の時間が流れている。
夜の冷たい風でさえ、二人の間では温もりに変わる。ロザリアはレオンの腕にそっと絡み、穏やかに声をかける。
「これからは少しずつ挙式の準備ね。忙しくなるけど、一緒に楽しく乗り越えましょう」
「もちろんさ。僕も楽しみだ。君がどんなドレスを着てもきっと似合うし、盛大な式にしよう。貴族社会にしっかり示すんだ。僕たちが公爵家と子爵家を繋ぎ、新しい絆を生み出すって」
「それがあなたと私の役目かもしれないわね……。子爵家だからって卑下せず、公爵家だからって偉そうにもしない。身分の壁を越えて本当の愛を貫く。私、あなたとならきっと素敵な未来を築けると思う」
「うん。殿下も、その手助けをしてくれるだろうし、君のご両親も最終的には味方になってくれるよ」
「……ええ。もう逃げも後ろめたさもいらない。私はこれからあなたを“夫”と呼べる日を待ちわびてるの」
ロザリアの頬がほんのり染まる。その仕草が愛おしく、レオンは思わず笑みをこぼす。
「僕も待ちわびてるよ。『妻』と呼べるその日を。公爵令嬢であり、僕の大事なパートナーでもある君を」
二人は視線を重ね、喜びの笑みを溶かし合う。この場で王太子や両家が祝福を表明した以上、結婚はもはや揺るぎない事実。愛を貫いて勝ち得た祝福の頂点に立ちながら、新たなスタートをはっきりと感じ取っていた。
「さあ、中へ戻りましょうか。まだお祝いを伝えたい人がたくさんいるわ。式の段取りも訊きたいし、あなたと並んで挨拶して回らなきゃ」
「よし、頑張るよ。貴族社会の大舞台を堂々と歩いてみせるんだ。分不相応じゃないって証明したいから」
「ええ、私が隣にいるんだから怖いものなしよ。たくさんの祝福を受け止めましょう。……本当に幸せね、私」
「僕もだよ。君といられるだけで十分だったけど、こうやって周りにまで認められるなんて……こんなに嬉しいことはない」
そう語り合いながら、二人は夜空を背にホールの扉へと向かう。手を取り合う後ろ姿を、月明かりがほのかに照らしていた。やがて扉を開けると、眩い照明と歓声が一気に降り注ぎ、「ロザリア様、こちらです!」「レオン様、まだお話を伺いたい方が……」と慌ただしい声が飛び交う。すべてが祝福のための動き。二人はにこやかに応じながら、皆のもとへ足を運んでいった。
王太子妃という道を捨て、子爵家の跡継ぎと結ばれる――かつては無謀と言われた決断が、いまや周囲から全面的に承認され、王太子が身を引いて応援してくれる形となった。あれほど苦しかった日々を乗り越えたからこそ、二人の手にした祝福は比類ない輝きに満ちている。
これこそ、長く続いた試練と戦いの末に訪れた至福の結末。ロザリアとレオンは満ち足りた笑顔で人々を見渡し、新たな未来へ足を踏み出した。瞳を潤ませながら、エレナの陰謀から王太子の変化に至るまでのすべてが、今の幸せを作ったのだと痛感する。幸福感はホールいっぱいに広がり、音楽や歓声に溶け合っていった。
やがて二人はホールの中央で再び手を取り合い、一礼をする。観衆はひっきりなしに喝采を送り、口々に喜びを伝えた。王太子は入り口付近で控えめに微笑み、公爵家の両親は「これが我が娘の幸せか……」としみじみつぶやき、子爵家の者たちも「まさか殿下がここまで祝福してくださるとは……」と感慨に浸っている。
ロザリアはレオンへ視線を向け、そっとささやく。
「準備はいい? 今から本格的に挨拶が続くわよ」
「ちょっと自信ないけど、頑張る。みんなが僕を必要以上に持ち上げてくれるから恥ずかしいけど、君と並んでいれば大丈夫」
「そうね、一人じゃないもの。私もあなたが隣にいれば安心だわ」
二人は目を合わせて微笑み合い、笑顔が華やかな照明を反射してさらに輝きを増す。手を繋いだまま歩き始めると、列をなす貴族たちが「よかったね」「おめでとう」と祝福の言葉を惜しみなく投げかけ、音楽も弾むように続いていく。
こうして二人は周囲の全面的な承認と王太子の応援を得て、祝福されるべきゴールへ到達した。だが、それは同時に新たな人生のスタートでもある。レオンはこれから子爵家を盛り立て、ロザリアは公爵令嬢として彼を支える。王太子ジュリアンは自らの未熟さを詫びながら国の未来を担い、今回の「愛の物語」を糧にさらに成長していくことだろう。
「レオン、あなたとなら、どんな未来も怖くないわ。ありがとう……私を信じてくれて、そして生き抜いてくれて」
「僕こそ、ロザリア。ここからが本当の始まりだけど、ずっと守るよ。愛してる、いつまでも」
夜会の賑わいの中心で愛をささやき合う二人に、人々は拍手と笑顔を注ぎ込む。苦難の過去を乗り越えたご褒美のように、今宵の祝福を心ゆくまで味わう二人。その光景を見守る貴族たちは、「身分差など関係ないほどお互いを思い合うなら、誰も止められない」と口を揃えてうなずいていた。
やがて夜は更け、祝宴はクライマックスへ。乾杯の声が天井まで響き、騎士の声援や令嬢たちの羨望が入り混じり、ロザリアとレオンは笑顔のまま踊りの輪に加わる。眩いほどの視線が二人を照らし、長い苦しみを乗り越えた喜びを確かめ合うようにステップを踏む。
結婚という形が具体化するまで、あと少し。だがこの場所で「周囲の承認」と「王太子の応援」が揃った今、もはや何も揺るがない。ロザリアはドレスを揺らしてレオンと視線を絡め、小さく笑う。
「本当に、私たち幸せになれるのよね」
「うん、絶対に。一緒なら何だって越えていける」
そうして二人の愛は満場の拍手と祝福に包まれ、至福の結末を笑顔で迎える。王太子妃にならなかったからこそ得られた、本物の愛。その大団円を祝う夜会は、盛大な賛辞と乾杯の声に包まれて幕を引こうとしていた――しかし、その先にはさらに素敵な結婚式が待っている。両親や王太子、多くの貴族に認められた二人の愛を、もはや誰も引き裂けないのだ。




