第43話 広がる祝福②
やがてジュリアンが壇上の中央に立ち、深く息をつく。そして朗々とした声で話し始めた。
「皆さま、本日はお忙しい中、こうして公爵家に集まってくださりありがとうございます。私がこの場に立ったのは、一つお知らせしたいことがあるからです……。かつて公爵令嬢ロザリア・グランフィールドは私の婚約者でしたが、私の至らなさによってその関係を破棄し、彼女を深く傷つける結果となりました。そして、その後に起きたエレナの陰謀……多くの方に迷惑をかけ、国全体が混乱に陥りました。いま改めて、その過ちを猛省し、ここで正式にお詫びを述べたく思います」
言いながら、ジュリアンは客席に向かって深々と頭を下げる。その姿に周囲から小さなどよめきと感嘆のささやきが起こった。王太子という立場で、ここまで公に謝罪するのは簡単なことではない。ロザリアの両親も目を細め、騎士や貴族たちも神妙な面持ちでうなずいている。
「そして、ロザリア……私は君に対しても、再び謝罪をさせてほしい。君が私を選ばないのは当然だ。それでもなお、君がどんな道を歩むかは尊重したいと思っている。……なので、私はここではっきり宣言する。ロザリアと子爵家のレオンを、王太子として祝福させていただきたい」
ジュリアンの言葉が場内に響いた瞬間、空気が一気に張り詰める。すぐに人々が「ああ……」と息をつき、ささやき合い始めた。王太子が自ら身を引き、ロザリアの結婚を応援する――そこまで明確な姿勢を示すことは、多くの者の予想を超えていたようだ。
ロザリアの両親も驚いてわずかに身を乗り出す。父は肩を解すようにして小声で「殿下がここまで言ってくださるとは……」とつぶやき、母は「本当にこの子たちを認めるということかしら」と唇を震わせる。
壇上でジュリアンは微笑みを保ちながら言葉を続けた。
「レオン、君は公爵家の皆さまや社交界が『分不相応』などと揶揄する中で、必死に努力し、君自身を高めようとしている。私もその姿勢を聞いており、心から感服した。ロザリアが君を選ぶのもわかる。……私はかつて、ロザリアの努力を見落としたが、君は彼女を守り抜き、自らも成長を誓っている。その誠実さを称賛したい」
壇の端で自分の名前を挙げられたレオンは、一瞬息をのんでいたが、王太子の言葉を聞き、震える声で答える。
「……もったいないお言葉、ありがとうございます。僕はただ、ロザリアを大切に想っているだけで……。殿下の前でこんな風に申し上げるのは恐縮ですが、彼女を幸せにするために尽力するのが僕の決意です」
その素直な一言に、あちこちから控えめな拍手が起こる。貴族たちの間にも「本当に頑張っているんだな」「あの子爵家の跡取り、覚悟を持ってここまで来たんだ」と好意的に見る者が増えているようだ。ひそひそ声ながら、彼への評価が高まったのが明らかだった。
王太子は拍手が落ち着くのを待ち、さらに続ける。
「素晴らしい。私がこれ以上何を言える立場でもないが、心から二人の幸せを願う。……ロザリア、これまで君を翻弄してしまって申し訳なかった。君にとっての幸せが、子爵家との結びつきなら、私はそれを尊重し、応援する立場に回ろう」
「殿下……ありがとうございます……」
ロザリアは感極まったように瞳を潤ませ、深く礼をする。つい先日までは「再び王太子妃へ」という声に苦しめられていたが、王太子本人がこうして宣言してくれるなら、周囲が反対する余地はほとんど残らない。王族として「ロザリアはレオンを選ぶ」と正式に認められた形になるからだ。
すると、公爵夫妻も壇にあがり、父が苦しげに口を開く。
「……殿下がこれほどまでにおっしゃるのなら、私どもも意地を張り続けるわけには参りません。ロザリアの気持ちを尊重し、レオン君の努力を認めようと思います」
客席からはどよめきが広がった。母も一歩進み、わずかに照れをにじませながら言葉を続ける。
「ロザリア、あなたがここまで想いを貫くとは思わなかった。レオン君も、想像以上に誠実で、これまでの働きを見れば、この公爵家を背負う娘を委ねても……いいかもしれません」
「父様、母様……ありがとうございます!」
ロザリアは涙をこぼしそうになりながら両親に近寄り、さっと頭を下げる。父は「うむ……しかし、息が合わないと許さんからな」とわざと厳しい口調で言うものの、目元には笑みが浮かんでいた。母も微笑んで「あなたが本当に幸せになるのなら、それが何よりだわ」と告げる。
こうして公爵夫妻がロザリアとレオンの結婚を事実上認めると同時に、王太子がそれを公然と後押しする形となった。もう周囲の貴族たちにも騒ぎ立てる理由はない。王太子妃への復帰という線は消えたのだと、皆が納得せざるをえない。むしろ「王太子まで身を引いて応援している以上、他人が口を出す筋合いはない」という空気さえ漂い始める。
客席で見ていた人々は、ぽつりぽつりと拍手を始めた。最初は控えめだったが、次第に大きくなってホールに満ちていく。「良かったわね」「あの二人ならお似合いよ」「レオン殿はよくやった」との声も聞こえ、場は祝福の空気に包まれた。
「……ロザリア、おめでとう」
「二人ともお幸せに!」
ちらほらと祝福の言葉が飛び交う中、ロザリアは感無量で唇を震わせる。レオンは壇上の隅で呆然としかけていたが、王太子が手招きするように呼びかけた。
「さあ、二人で前へ出てきなさい」
「は、はい……!」
レオンが緊張した足取りで一歩進むと、ロザリアも同時に近づき、自然と二人は手を取り合う。観衆の拍手がさらに大きくなり、「お似合いだ」「やはりロザリア様には誠実な方が合う」とささやきが広がる。二人は視線を交わし、これまでの苦労がこみ上げて、互いに涙をにじませた。
王太子はそれを見て笑みを浮かべ、声を張り上げる。
「よろしい。では、私の口から改めて宣言しよう。ロザリアとレオンは、互いを愛し合い、一緒に歩むことを選んだ。私はそれを王太子として尊重し、祝福する。公爵家のご両親も賛成と受け止め、ここに二人を正式に承認していただけるなら、国全体が安定するだろう」
「殿下……ありがとうございます……」
レオンは震える声で礼を述べる。ジュリアンは息をつき、温かなまなざしで続ける。
「君には申し訳ないことをしたと思っている。ロザリアの将来をあまり見ようとしなかったから、こんな遠回りを……。だが、それを乗り越えてきた君とロザリアなら、きっとどんな苦難も超えていけるはずだよ」
「はい。僕はロザリアを一生大事にします。どんな困難があっても、彼女を守り抜きたいんです」
「いい顔をしているな。……ロザリアも、幸せになれよ。もう私は君を縛らないし、王家として背中を押させてもらう」
ロザリアは再び深く礼をし、感謝を伝える。
「殿下、過去のことはもう気にしていません。こうして応援してくださるなんて……私、感無量です」
「君の努力が報われたんだ。もう過去を気にしないで」
公爵夫妻も壇に立ち、まわりの貴族へ向けて声を発する。父は「我々としても娘を支えることに決めました。子爵家のレオン殿に感謝するとともに、今後は両家の関係を強くし、国に尽くしていきます」と宣言し、母もうなずく。これにより、ロザリアを王太子妃へ戻す話が正式に消え去るのは明白だった。
拍手がひときわ大きくなり、ホール全体に満ち渡る。こうして「ロザリアとレオンの結婚」に対して、周囲からの全面承認を得る流れが完成した。王太子という大きな存在が祝福を表明し、公爵家もそれに乗ったことで、社交界の反対派も沈黙せざるをえない。
ロザリアは胸の奥が陽の光に照らされたように温かくなり、レオンの手をぎゅっと握る。レオンも応えるように手を握り返し、表情をほころばせた。
「本当に……この瞬間が来るなんて」
そうつぶやく彼に、ロザリアは顔を寄せてささやく。
「……レオン、本当にありがとう。あなたの努力と私の頑固さが、やっと報われたわね」
「僕こそ、君を信じてきてよかった。多くの人に笑われるかと思ったけど、いまこうして祝福されるなんて……夢みたいだ」
「夢じゃないわ。これは私たちの現実。さあ、堂々と歩きましょう」
二人は壇から降り、拍手喝采の中をゆっくりと進む。貴族たちの列が退いて道を作り、あちこちから「ロザリア様、よかったですね」「レオン様、お幸せに!」という声が飛ぶ。二人は笑顔でそれに応えながら会場の中心へ向かった。
もはや反対意見はほとんど聞こえず、どこを見ても祝福の空気が渦巻いている。王太子妃として復帰していれば得られたかもしれない名誉とは異なるが、それ以上にロザリアは「真に愛する相手と結ばれる」という幸福をつかんだのだ。自分の意志を貫き、レオンもまっすぐ努力してくれたからこその奇跡である。
公爵家の騎士や執事は深々と頭を下げ、「私どもも二人をお支えします」と誓い、両親は少し照れたような面持ちで「ロザリア、良かったな。あまりワガママを言いすぎるなよ」と笑う。レオンに対しては父が「レオン君、今後は私の娘を頼む」と短く声をかけ、レオンは頭を下げながら「はい、必ず幸せにいたします」と力強く答えた。




