第41話 新たな障害④
それでもロザリアは揺るぎない瞳でレオンを見つめ、「私は逃げないし、諦めない」と告げる。その姿に、レオンは弱く微笑んで「ありがとう」と繰り返した。
「君がそう言ってくれるなら、僕も負けずに前へ進みたい。もし両親や貴族社会が反対しようとも、僕は君を守る力をつけたい……。いまは寝たきりだけど、絶対に強くなるよ」
「ええ、私も同じ気持ち。あなたがいなきゃ、私も生きていけないの。だからこそ、公爵家の反対なんて乗り越えるわ。王太子殿下が何を言おうと、私は動じない。私の幸せは、私が決めるものだから」
その決意表明に、二人はしっかりと手を握り合う。愛の重みを共有しながらも、その先に待つ道が苦難だとわかっているからこそ胸が痛い。少し静かな時間が流れ、レオンが落ち着きを取り戻すように息をつく。
「ありがとう、ロザリア。子爵家の身分でも、君と対等に歩めるよう努力する。僕は……君にふさわしい男になりたいから。まだ怪我は癒えきってないけど、必ず体を治して、君の両親を説得してみせる。時間をくれないかな」
「もちろん、いくらでも待つわ。私も両親に言い続ける。あなたの素晴らしさをわかってもらうまで、諦めない。いざとなったら、私ひとりで公爵家を出る覚悟だってある」
「そこまで……。でも、それはできれば避けたい。君が家族と決裂するのは忍びないし、きっとご両親も本心では君の幸せを願っているはずだから……」
「そう……信じたいけど、彼らの頭には王太子妃の話がチラついてるの。そこをどう乗り越えるか、私たちで一緒に知恵を絞りましょう」
ロザリアが真剣なまなざしでそう伝えると、レオンは弱々しくも力強い眼差しを返した。
「うん、ありがとう。君がいてくれるなら、僕は頑張れる。何度でも立ち上がるし、貴族社会の反発にも負けない」
「それが聞けて嬉しい。王太子妃の復帰を推す声が強いのは事実だけど、私は絶対にそこへ戻るつもりはないから。周りがどれほど騒ごうとも、私はあなたがいいのよ」
その言葉に、レオンの瞳が潤みそうになる。
「……嬉しいよ。僕を選んでくれるんだね。本当にありがとう。僕は君を幸せにしたいんだ、ロザリア」
「私も幸せになりたい。あなたと……。だから、もう少しだけ耐えましょう。父様と母様に言ってみる。王太子妃を強要されるなら、いっそ公爵家を出るつもりだって、はっきり伝える」
言葉を交わすたびに、愛し合う思いが深まる一方、その愛が引き寄せる苦難も大きくなる。両親の反対は強硬で、王太子ジュリアンもなおロザリアを気にかけている。社交界の意見はどう転ぶかわからない。だがロザリアとレオンは、そのすべてを乗り越えると誓い合うかのように手を離さない。
「わかった。僕も傷が治ったら、必ず行動するよ。僕の父とも話をしなきゃならないし、君のご両親にも正式に挨拶しに行きたい。そこではっきり僕の意思を示す。もし否定されても、僕は後には引かない」
「ええ、私も覚悟してるわ。絶対に負けない。あなたと結ばれる道を切り開くの」
二人はそう誓いを新たにする。ロザリアは長居しないようにしようと思っていたが、結局レオンのそばにいたくて、しばし手を繋いで会話を続ける。外の世界がどんなに騒ごうとも、ここでは穏やかで優しい時間が流れる。
ロザリアの両親は、王太子妃復帰を強く望んでいて、早急に娘を説き伏せようと考えているに違いない。その事実がロザリアの心を重くするが、いまはレオンの存在がその重石を和らげてくれる。
一方、レオンは自身の無力さを痛感しつつ、「君を守り抜く」と再び誓いを立てている。たとえ社会がどう言おうと、貴族の格がどうであろうと、この愛を捨てられないという事実が、彼の意志を奮い立たせるのだ。
やがて時間が来て、医師が定期検診に訪れ、ロザリアを廊下へ促した。病室を出て扉が閉まると、ロザリアは深く息をつき、ソフィアが迎えてくれる。
「お嬢様、どうでしたか……? レオン様、やはりお気づきのようですね。ご両親が王太子妃に戻ってほしいと強く望んでいること」
「ええ、あの人の表情を見たら、すごく苦しそうだった。私が『父と母が猛反対している』って話をしたら、やはり自分を責めていた……」
「ロザリア様もつらいですね。ご両親と対立するのは避けたいでしょうし……」
「それでも、レオンを選ぶ。私は揺らがない。彼も同じ気持ちだって言ってくれた……ただ、体が治るまでの間に周囲が何を仕掛けてくるかわからない」
ソフィアは切なそうにうなずく。
「王太子妃の話が大きくなれば、貴族たちはさらに盛り上がってしまうかもしれません。でも、お嬢様がお一人で耐えるには荷が重いですよ。何か策があればいいのですが……」
「そうね……。母様と父様を説得するのが先決かも。今のままだと、王家との再縁を最優先しようとするはず。もう少し時間がほしいの。レオンはまだ完全には動けないし……」
ロザリアは思考を巡らせる。王太子殿下と直接再交渉することも考えられるが、彼がロザリアの意思を尊重すると言ってくれたのはありがたい。しかし、公爵家や社交界の大勢が「ロザリアこそ王太子妃だ」と強く押し上げれば、ジュリアンをはじめ王宮もそれを無下にできない可能性がある。
結局、自分がどう動くか——それが鍵になるのだろう。公爵家の名誉を捨ててでもレオンを選ぶ、という強い態度を示す必要があるかもしれない。だが、両親と決裂すれば、公爵令嬢としてのサポートを失い、さらに子爵家側にも不利な情勢を招く恐れがある。
「ソフィア、私……しばらくは両親との話し合いに集中するわ。レオンにはしっかり治療に専念してもらって……その後、一緒に訪ねて話をしようと思う。それまでに父と母の考えを何とか動かさないと」
「そうですね。ご両親も、本当はお嬢様を愛しているはずですから、時間をかければ理解してくださるかも。王太子妃に戻れば家の威信が高まると思っていらっしゃるだけで……」
「そう……私が絶対に譲らない姿勢を貫けば、いつかは歩み寄ってくれるかしら。私も甘いかもしれないけど、レオンのことを認めてほしいの」
「レオン様ならきっと公爵様と誠実に向き合われるはず。お二人なら大丈夫、私はそう信じています」
ソフィアの励ましに、ロザリアはうなずいて微笑む。頭の中は混乱していても、意志は固い。周囲がどれだけ王太子妃への道を薦めようと、自分の心は変わらないのだから。レオンと二人で立ち向かうなら、きっと道は開ける——そう信じてみせる。
その後、ロザリアは公爵家へ再び戻り、父と母に「私は王太子妃の道を選ばない。レオンと話し合い、一緒に未来を決める」と宣言するが、当然ながら両親は反対を露わにし、激しく対立する。その日の夜には母が部屋を訪れ、「目を覚ましなさい。子爵家なんて……公爵家の誇りを捨てるの?」と声を荒げる。しかしロザリアは「ごめんなさい、捨てても構わないと思っているの」と突き返すばかり。
「あなたは本当にわからないのね! 公爵家の伝統と、これまで積み上げてきた地位を手放すことがどれほど大きいか……王太子殿下ももう一度受け入れたいと言ってくださっているのに!」
「私は殿下がどう言おうと、レオンを選ぶ。たとえそれで公爵家を出ざるを得なくなっても、後悔しないわ」
母は衝撃を受け、「そんな……」と絶句する。父も怒りを抑えきれずに部屋へやって来て、「愚かな娘だ。子爵家の男なんて、この先公爵家と肩を並べられるわけがない」と吐き捨てる。ロザリアは目を伏せ、「それならいっそ私を勘当でも何でもすればいいわ。私はレオンを信じている」と強固な態度を保った。
こうして、公爵夫妻とロザリアの亀裂は深まり、「王太子妃への再浮上」がますます周囲で取り沙汰されるにつれ、ロザリアは苦しい立場に追い込まれそうになる。街の噂では「公爵令嬢が王太子妃に復帰するのは当然」「子爵家のレオンと結ばれるなんてありえない」などとささやかれ、身分差を突きつける言葉が広がっていた。
一方、レオンは回復途上ながら、この動きを知って胸を痛めている。自分がロザリアを求めることで、公爵家の名誉を傷つけ、彼女に辛い思いをさせるのではないか——その葛藤が、夜ごと眠りを浅くしている。
だが、二人は諦めない。確かめ合った愛情がある限り、王太子妃への道を拒絶し、共に生きる覚悟を固めようとする。身分差の現実や公爵家の反対は悲しく重いが、それ以上に「一緒にいたい」という思いが大きいのだ。
こうしてロザリアは王太子妃への道を周囲から押しつけられ、両親もそれを後押しする状況に苦しみ、レオンも力不足を痛感しながら焦りを覚える展開となった。愛し合っているのに素直に結ばれない、もどかしい運命——けれども、二人は互いへの思いを手放す気はない。次に来る波乱を乗り越えるため、必死に言葉を交わし、共に進む道を模索していくのだった。




