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誇り高き令嬢は、婚約破棄されても負けません! ~幼馴染と挑む華麗なる逆転劇~  作者: ぱる子
第14章:愛の葛藤

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第41話 新たな障害②

 しばらくして、迎え入れられた王太子ジュリアン・アルディネスが応接室に通される。ロザリアは深く頭を下げる両親の横で、形式的な礼だけして迎えた。ジュリアンは申し訳なさそうな表情で、「突然の訪問、失礼します」と頭を下げる。父母は口々に「とんでもない、光栄です」と言うが、ロザリアは心が沈んだまま表情を崩さない。


「ロザリア……急に伺ってすまない。実は少し話があって」

「はい、殿下。お話とは、何でしょうか」


 ロザリアの丁寧ながらも冷めた声に、ジュリアンは表情を引き締める。まるで決心を固めたような瞳で彼女を見つめ、「私は、エレナの件を反省し、もう一度……いや、今度こそ本当の形であなたと向き合いたい」と切り出した。


「向き合う、とは。……殿下、それはどういう意味でしょうか」

「そのままの意味だよ。私は……かつての婚約破棄を悔やんでいる。君が王太子妃として相応しい存在だと、今になって痛感しているんだ。エレナの陰謀で取り返しのつかない過ちを犯したが、改めて謝罪して、もし許してもらえるのなら……婚約をやり直せないか、と考えている」


 ジュリアンの言葉に、ロザリアの両親は顔を輝かせているのがわかる。公爵は「殿下、それは……我が家としては大変ありがたいお話です。ロザリアもかつての婚約は確固たるものと思っておりましたし……」とまるでロザリアの意向を勝手に代弁するかのように言葉をかける。


「父様、待って。私は……」


 父の言葉を(さえぎ)るようにロザリアは声を挙げようとするが、ジュリアンが先に続ける。


「ロザリア、私は君を傷つけたことを心から謝りたい。今でも後悔している。だからこそ、もう一度君との未来を考えたいんだ」

「殿下、申し訳ありませんが……私には、その気はございませんわ。いまさら王太子妃の座を望む理由がないのです」


 ロザリアの断固たる拒絶に、両親は焦りを見せ、母が「ロザリア! 失礼でしょ!」とたしなめる。父も「そうだ、殿下がお越しになってくださったのに、この態度は……」と声を詰まらせる。だが、ロザリアは眉を寄せるだけで譲らない。婚約破棄の苦しみをなかったことにはできないし、いま心にいるのはレオンだけなのだ。


「ロザリア、わかっているよ。君が私に対して不信を抱いているのは当然だ。でも、私は君を救いたいんだ。いや、結果として君の名誉は回復されたけど、本当にそれだけでいいのかと思っている。王家としても、君との絆を築き直したい」

「私の名誉がどうこうじゃなくて……殿下、私の気持ちを考えていただけますか? もう昔のように、殿下の元へ戻る気はないんです。王太子妃の地位なんて、私には重荷でしかありません」


 ジュリアンは苦渋の表情を浮かべる。


「本当にそうなのか? 君がかつて王太子妃を目指していた努力は、すべて無駄だったというのか……?」

「無駄、ではなかったのかもしれませんが、私が目指したのは『王太子妃』として完璧になることではなく、『自分の幸福』でした。私はもう、別の道を選びたいのです」


 両親は顔色を変えながら、「ロザリア、少し落ち着いて。殿下は正式に婚約を復活させる可能性を提示してくださっているのよ!」と押し返そうとするが、ロザリアは首を振る。


「母様、父様……どうか理解して。私はレオンという大切な人がいるの。王家との結びつきより、私は自分の愛を選びたいの」


 その言葉に父母は声を失う。ジュリアンも瞳を見開いて、「そうか……」と小さく漏らす。母が急きょ言い訳するように、「殿下、これは誤解です。ロザリアはあの青年に一時的な恩義を感じているだけで、本心ではまだ……」と慌てるが、ロザリアは「違います。恩義なんかじゃなくて、私は本当に彼を愛しています」とはっきり言う。


 応接室に重苦しい沈黙が落ちる。ロザリアの母は顔を真っ赤にして娘を(にら)み、父も苛立ちを抑えきれないようにこめかみに手を当てている。ジュリアンは苦い笑みを浮かべ、「……君は、もう私のところへは戻らないということだね」とつぶやく。


「はい、そうです。殿下には申し訳ありませんが、私の気持ちは変わりません。子爵家の彼こそが、私が本当に愛している人。身分の差があっても、私はそばにいたいんです」

「……わかった。なら、私からは無理に迫ることはしない。ただ、公爵ご夫妻や貴族社会が納得するかどうか……それは別の話だよ」


 王太子としての立場があるジュリアンは、これ以上強引に婚姻を迫るわけにもいかないようで、短く息をつく。公爵夫人は焦るように「殿下、娘はまだ錯乱しているだけで……」と弁明を試みるが、ジュリアンはかぶりを振り、「公爵夫人、もういいんです。ロザリアの意思を無視するのは不本意ですから」と返す。


「ですが、王太子殿下! 我が家は……わたくしたちは再び名誉を回復し、王家との結束を強めたいと……」


 母は食い下がろうとするが、殿下は軽く手を挙げて制止し、見るからに落ち着いた表情でロザリアをちらりと見やる。


「それは公爵家の考えでしょうが、当のロザリアがその気を失っているなら仕方ない。それに、あれだけ辛い思いをさせてしまったのは私の責任だから、今度こそ無理強いはしたくないんだ……」


 その言葉に、父も母も返す言葉がなくなる。ロザリアは殿下を見据え、「殿下、ありがとうございます。私が王太子妃を望んでいないということを尊重していただけるなら……」と礼を述べる。ジュリアンは苦い笑みを浮かべ、「本当に好きなんだね、あの人のことが」と寂しそうにつぶやいた。


「はい。彼がいなかったら、私は命を落としていましたし……あの日以来、ずっと心の支えだったんです。殿下を責めるつもりはないですが、私が生きる道はもうここにあるんです」

「そうか……。わかったよ、ロザリア。君が選んだ道を、私はもう否定しない。でも、公爵家や社交界はそう簡単に納得しないだろう。やがて大きな反発が来るかもしれない。気をつけて」

「殿下のお気遣い、感謝します。何があっても、私は彼と一緒に乗り越えるつもりです」


 きっぱりと宣言する娘に、公爵と夫人は唖然とする。殿下は少し肩をすくめ、「では、私はこれで失礼する。急に押しかけて悪かった。公爵ご夫妻、娘さんの意志を尊重してあげてください。私としては、陰ながらお二人の幸せを願うしかないから」と言葉を落とす。


 そうして殿下は静かに頭を下げ、応接室を後にした。父と母は険しい顔のまま見送って立ち尽くす。ロザリアの主張がどれほど強いかを再認識したのだろう。母がやがて振り向き、「あなた……本気なのね? 子爵家のレオンとかいう青年との結婚を考えているの?」と問い詰める。


「ええ、真剣よ。父様や母様はわかってくれないかもしれないけど、私には彼しかない。あの苦しみの中で、私が生きていられたのは、彼がいたからなの」

「……だとしても、貴族社会がそれを許容するとは限らないわ。子爵家なんてさほど資産も権力も持たないし、あなたが嫁げば公爵家の立場もどうなるかわからない。あのまま王太子妃になれば、我が家の威信は盤石になったのに」

「そう、母様はそう言う。でも私はもう、家の威信のために生きたくないの。私は私の幸せを探したいのよ」


 母は激しい感情を抑えるように深く息をつき、父が渋面で言葉を継ぐ。


「ロザリア、おまえの気持ちをまったく無視する気はない。だが、家の将来を考えたときに、おまえが子爵家へ嫁ぐ選択は……余りに危うい。貴族社会では笑い者になりかねんし、王家に背を向けた形にもなる」

「王家に背を向けたというより、殿下が私との婚約を破棄したのが始まりでしょう? 私はもう王太子妃になる理由が見当たらないの」

「わからないやつだな……。王太子妃としての未来は大きいんだぞ。しかもエレナの悪事が明らかになった今、王太子妃になればおまえは国からも讃えられるはずだ。そんな好機をみすみす逃すとは……」

「好機とか名誉とか、私には空虚にしか思えないの。私は誰かの道具ではないわ。貴族としての責務はわかっているけど、私の人生をすべて捧げる気にはならない。どうかわかってちょうだい……」


 ロザリアの訴えに、母は大きく溜息をつき、「まったく……王太子殿下がこれだけわざわざ来てくださったのに、失礼極まりないわ」と悔しそうにつぶやく。父もまた頭を振り、「あまりに自分勝手だ。子爵家の青年など、身分も低いし、これ以上うちの家の名誉を損ねるようなことは許さん」と声を荒げる。


「父様、それは無理よ。私の意思は変わらないんだから」

「もういい。おまえがそこまで言うなら、私たちも黙ってはいられない。子爵家と話をして、あちらを説得する必要がある。たとえ恋心が芽生えていても、結婚させるわけにはいかない」

「……やめてよ! あの人は私とのことを真剣に考えてくれている。回復したばかりでまだ体も十分じゃないのに、こんな話を持ち出されたら……」


 ロザリアの必死の叫びに、父は憤怒を宿した目つきで娘を睨む。

 

「回復したばかりだからこそ、はっきりさせねばならん。子爵家の若者が、公爵家の令嬢と結婚しようなど図々しい。あの青年に不信や悪意はないが、身分の違いというものがあるんだぞ」


 ロザリアは涙をこぼしそうになる。

 

「……それがそんなに大事? あの人の優しさや誠実さを知っているのに、どうしてそこで切り捨てようとするの?」


 母は「優しさや誠実さだけでは、公爵家を支える力にはならないのよ。ご両親に言わせれば、あなたとの結婚なんて恐れ多いと思うかもしれないし、子爵家にだって都合がある。おまえのわがままで周囲を振り回すわけにはいかない」と厳しい口調で返す。

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