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誇り高き令嬢は、婚約破棄されても負けません! ~幼馴染と挑む華麗なる逆転劇~  作者: ぱる子
第12章:激突の果てに

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第36話 大きな代償③

 そんな背後に、控えめに公爵家の執事や騎士たちが到着し、申し訳なさそうに頭を垂れる。「お嬢様、私たちがもう少し警戒を強めていれば……」「何とお詫びをすれば……」と涙ながらに言う者もいるが、ロザリアは頭を振って叫ぶ。


「そんなこと……誰にも、私にも止められなかったのよ……。エレナのせいで……レオンが……っ……」


 しゃくり上げて声を失いそうになりながら、ロザリアは祈るように手を胸に当てる。医師たちが必死に処置を進めている音だけが耳に響き、時折「大丈夫だ、まだ息はあるぞ」「急いで縫合だ」「輸血を……」などと声が飛び交う。ソフィアがロザリアの背中に手を置き、「大丈夫、レオン様は強い人です。きっと負けません……」と泣きそうな声で励ましてくれる。それだけがかろうじてロザリアの正気を保つ()り所だった。


「彼がいなければ、私……エレナの短剣に……。ああ、どうしよう、こんな結末なんて……」


 レオンの顔は血の気が失せ、意識は戻らないまま。治療が長引き、どれだけ声をかけても反応はない。医師たちが懸命に薬を投与し、傷口を縫い止めようと奮闘しているが、やはり場所が脇腹だけに出血量が多いらしい。ロザリアは血の付いた床を見てさらに胸が苦しくなる。


 そのうち、王太子ジュリアンが遅れて救護室へ姿を現し、まっすぐロザリアのもとへ来る。騎士たちが周囲を整理しようとするが、殿下は頭を下げ、「ロザリア、本当にすまない。私がもっとしっかりしていれば、レオンは……」と声を詰まらせる。


「もう、放っておいて……。私はレオンのことで頭がいっぱい……あなたの謝罪なんて今は聞きたくないの……」


 ロザリアは弱々しく拒絶の意を示すが、王太子は自分を責め続けるように眉を落とし、「私も協力が遅かった。エレナの陰謀を止められず、結果として君やレオンに大きな代償を払わせた。どれだけ謝っても、足りない……」とつぶやく。自分の無力さや甘さを痛感しながら、殿下はロザリアの手を取ろうとするが、彼女はそれをさっと振りほどいてしまう。


「レオンが意識を失ったままなの。ごめんなさい、殿下と話している場合じゃないわ……」


 その言葉で王太子も沈黙する。ロザリアの気持ちを考えれば当然だろう。医師が「一刻を争います。殿下、ロザリア様、治療に集中させてください」と声をかけ、王太子は「わかった、手出しをしない」と下がるが、床に落ちた血や倒れたレオンの姿を見やって、明らかに何かを言いたげに拳を握りしめている。


「ロザリア、名誉は必ず……。そして、レオンも……私のほうで最善の設備と医師を手配する。君には、もう二度と辛い思いをさせないと……」

「今さら何を言っても、私の大切な人が犠牲になった事実は変わらないのに……」


 ロザリアは、吐き捨てるようにそれだけ告げ、再びレオンのそばに駆け寄る。医師たちが必死に血を拭い、回復処置を行っているが、やはりまだ目を開けない。かすかな呼吸だけが、彼が生きていることを証明している。ロザリアはその姿にすがりつくように膝をつき、手を握って、顔を寄せた。


「お願い、レオン……帰ってきて……! あなたがいなければ、私はもうどうやって生きればいいの……」


 涙が再び落ち、ロザリアの指先が震える。華やかな祝宴は、エレナの凶行によって血塗られた惨劇へと一変し、彼女が待ち望んだ“晴れやかな結末”は無情にも粉々になった。もちろん、エレナの陰謀は露見し、ロザリアの汚名は晴れるだろう。しかし、それがレオンの命と引き換えに成立するなど、彼女は望んだわけではない。


 一方、騎士たちが戻ってきて、殿下や公爵家の執事に向かって報告を始める。「エレナは完全に錯乱状態で取り押さえています。取り巻きも抵抗する余地はなく、国の名のもとに身柄を拘束する手配を進めています」とのことだ。王太子がうなずき、「……国の法に従って裁きを受けるべきだ」と静かに答えるが、その声は深い悲しみに彩られている。


「ロザリア、私には君の名誉を回復する責務がある。過去の過ちの償いをしたいんだ……この国の中枢で、すでにエレナが行っていた不正は、今日公になった以上、私自身がそれを正すしかない。だから……もう一度だけ、言わせてくれ。私は、君に謝りたい……」


 だが、ロザリアは首を振る。


「そんなことどうでもいいから……早くレオンを救って……。私の汚名なんて後回しで構わない。とにかく彼を助けて……彼がいない世界なんて、私には意味がないの……」


 胸を(えぐ)るような叫びに、王太子は言葉を失う。いまだレオンの血が床に滴り、医師たちが懸命に処置を進めても、彼の意識は戻らない。時間は無情に過ぎ、ロザリアには成す術がない。あるのは絶望的な光景と、祈るしかないもどかしさだけだった。


 広間の外では、貴族たちがばらばらに撤収しつつ、壮絶な事態を口々に語り合う。「ロザリア嬢の言っていた通り、エレナが黒幕だったのか……」「あの短剣でレオン殿を……」「これは国を揺るがす大事件だ……」など、その動揺は収まらない。エレナが取り押さえられ、今後厳しい追及を受けるのは確実だろうが、誰もが「この後どうなるのか?」という不安を抱えている。


 やがて、レオンが応急処置を施されてからしばらく経ち、王宮の奥まった救護室へ本格的に移されることになった。医師が「ここでは道具も揃いきらないので、手術室へ運びます」と告げ、騎士が担架を用意する。ロザリアはその場を離れる気がなかったが、「治療の邪魔になりかねません。落ち着いてお待ちください」と説得され、ソフィアに宥められて廊下へ出される。


「ああ……私、レオンを……守りたいのに……!」

「お嬢様……医師たちに任せるしかありません。きっと大丈夫。私たちができるのは、祈ることだけです……」


 ソフィアは涙をこぼしながらロザリアの肩を抱きしめる。ロザリアは(こら)えきれずに嗚咽(おえつ)を漏らし、固く目を閉じた。決して取り戻せないと思った誇りと名誉は今、王太子の言葉で回復されようとしているが、それを喜ぶ気持ちは微塵(みじん)も湧いてこない。レオンの命があってこそ意味がある――そんな当たり前の真実を、心で痛感しているのだ。


 一方、王太子ジュリアンは別室で急ぎ取り調べを行うらしく、騎士や高官たちを集めて事情聴取の準備を進めていた。エレナの一派がどれだけ深く国政に食い込んでいたか、どれほどの偽装が行われていたのか。膨大な資料が必要になるだろう。だが、それはもうロザリアにとって優先事項ではない。彼女はただ、レオンの命が助かることを祈るばかりだった。


 やがて夜の深い闇が訪れるころ、騎士たちがロザリアのもとへ来て、王宮の一室へ案内しようとする。椅子にかろうじて腰かけたままぼうっとしているロザリアに、「ごゆっくり休まれるように」と伝えるが、彼女はかぶりを振る。


「いいえ……私はレオンのそばに……」

「しかし、治療の最中に立ち会うのは難しいですし、お嬢様もお疲れでしょう。お体を壊されるのでは……」

「かまわないわ……彼がこんな危険な状況なのに、私だけ休むなんて嫌……」


 するとソフィアが静かに言葉を添える。


「お嬢様、お気持ちは痛いほどわかります。でも、今は医師に任せるしかありません。少しでも体を休めて、レオン様が術後に安定したらすぐにでも駆けつけられるよう、力を温存しましょう……」


 その説得に、ロザリアは長い沈黙の末、声にならない悲鳴を飲み込むかのように浅く息をつく。


「……わかったわ。ほんの少しの間だけ、体を横にする。でも、何か変化があったらすぐに教えて。彼が意識を取り戻したら、私が真っ先に駆けつけたいの」

「かしこまりました……必ずすぐにお知らせします」


 ソフィアや騎士が深々と頭を下げ、ロザリアを静かな客間へ誘う。普段なら格式ある調度品や豪華な室内の装飾に目を止めそうなものだが、いまは何を見ても虚しく、ロザリアの視線は落ち込んだままだ。短剣に倒れたレオンの姿が頭を離れず、涙も引きずり出されるように流れ続ける。


 こうして宴は最悪の結末で幕を下ろした。エレナによる陰謀はいったん表面上は収束し、ロザリアの汚名も一応は晴れたものの、ロザリアの心には深い悲しみが巣食っている。果たしてレオンは助かるのか。もし命を取り留めても、再び目を覚まさないかもしれない――そんな悪夢のような不安が頭をよぎるたび、息が止まりそうになる。

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