01 元お隣様の高嶺の花
藤野渚は今年高校一年生となったと同時に一人暮らしを始め、隣には高嶺の花、そして幼馴染が住んでいる。
高嶺の花というのは勿論比喩であるが、月島奏は実に美しく可憐な少女である。
濡羽色の髪はいつもさらさらとして光沢が見え、透けるような肌はシミ一つなく、滑らかさを保っている。大きな瞳はうるうると輝いて、実に人形のような繊細な美しさを誇っていた。
一方渚はとくにこれと言って得意なことはない。
と言うか、苦手なことが大半である。
中でも一番は料理だ。
掃除も洗濯もそれなりにはできるが料理だけがダメである。
挑戦はしてみるものの毎度黒い何かが出来上がる。
なのでそんな奏を時々羨ましく思うが、彼女に好意は抱いていない。
もちろん月島奏という存在は美しい。
しかし立場はただの隣人。
平凡な渚と高嶺の花とは釣り合わないだろう。
なので、渚の部屋の階の階段の真横でじっとしていた姿をみたときは驚いた。
(……誰もが羨む高嶺の花が何をやっているんだ)
じっとしている奏の表情は少しこわばっていた。
いつも学校で見せている表情ではない、見たことのない表情だった。
まるで何事もなかったかのように部屋に入るか。
渚は厄介事にはあまり首を突っ込みたくない。
高嶺の花関連ならなおさらだ。
本人の意思でそこにいるのならば他人が口出しするものではないのかもしれない。
そう思って通り過ぎようとして、奏の顔がどこか泣きそうに歪んだ。
放っておけなかった。
ただそれだけ。
「……どうしたんだ」
なるべく素っ気なく話しかけた。
下心はないと言う意味を込めて。
長い髪を持ち上げてこちらを向く。
彼女の瞳に少し涙が溜まっていた。
多分あちらも渚を隣人として認識はしているだろう。
朝すれ違ったときに会釈はするほどだからだ。
「……藤野君。どうしました?」
彼女に警戒の意思はないと確認した後、本題を持ちかけた。
「……いや、そんなところで何をしているのか気になってな」
「……実は、鍵を無くしてしまい……家に入れないんです」
予想外の返しが来て、少し驚いた。
こういうのはテストの点が下がって落ち込んだ程度なのかと思っていたからだ。
「そうか。大変だな」
「はい。お父さんは鍵を持っているのですが、今海外に行っていて連絡もつかないので……」
彼女は今、紛れもないホームレス状態である。
兄妹もいないと風の噂で聞いたので兄妹の家にも頼れない。
相当まずい状況である。
「……あの!もし、よければなのですが………藤野君の家に、居候させてくれませんか……?」
「………あぁ。いいぞ」
予想外の返しに奏はきょとんとした。
呆れながらも渚は奏の腕をひっぱり、部屋に連れ込んだ。