赤い血
第一の課題、赤い血──それがいったいどういう意味なのか、どうすればいいのかということを何度もガイドにたずねたが、はかばかしい回答はえられなかった。
ただ、ひとつわかったのは、この課題を完遂できないと、自分は死よりも苦しいことになるだろうという予見だけだ。
ソロンは少しのどの渇きをおぼえた。
ふだんだったら、店でミネラルウォーターでも買ってぐいっと飲みほせばいいことだが、この世界にそのようなものはない。
ソロンが駅の小さな売店の棚に見たのは、動物の臓器らしきものが黄緑の液体にはいっている、おぞましいボトルの群れだった。
ほかにも、そのような生物を冒涜するようなかずかずの品々が、まるでなにごともないように、陳列されている。
「くそったれ……」
ソロンがふだん口にすることのない汚い言葉を、何度もくりかえしていた。
それにしても、赤い血とはなにか。
見当もつかない。
だいたい、人間の血はそもそも赤い。
もちろん、イカなどの青い色をした血もあるから、意味のある形容詞ではある。
だが、そうだとしても、あまりにも漠然とした形容だ。
人体の血液が赤く見えるのは、赤血球に含まれるヘモグロビンという色素によるものだ。
ヘモグロビンには鉄が含まれており、その鉄が酸素と結合することで赤く見える。
ようは、鉄の赤サビと同じことだ。
人体の各部に酸素を供給するため、そのようなしくみとなっている。
イカでは酸素の運搬車両がヘモグロビンではなくヘモシアニンという銅を含む色素となっている。
こちらは銅の緑青というサビになる。
よく遺跡で発掘される青銅器が緑や青色に見えるのはサビによるものであって、ほんらいは金色にちかいのだ。
考古学をかじっていたソロンにとっては、なつかしい話だ。
「赤い血……赤……」
ソロンは、なにげなく壁においてあった消火器を手にとってみた。
そして、その栓を抜いて、噴出してみた。
いちど、やってみたかった。
なにしろ、いままでひどく苛立つことばかり見聞きしてきて、なにかしら鬱憤を晴らすようなことをやらかさないと、やっていけそうもなかった。
もちろん元の世界だったら、駅構内で設備の消火器を勝手に噴出するなど、あるまじき行為だ。
だが、こんな世界に、そんなあるまじき行為などなかろう。
誰もいやしないのだから。
しかし、ソロンの予想に反して、色のついた消火剤は出てこなかった。
まったく透明の、なにかしらの気体は出ているようだったが、その気体がなにか、手ですこしあおって臭いを確認してもなにも感覚できない。
無色無臭──なんだろう。
ふとその消火器の表面を確認すると、そこに書かれていたのは「OXYGENATOR」という英字。
めずらしい──ほかのパッケージやポスターのは文字に似せたまがまがしい記号らしきものでしかないのに。
ソロンは、そのとき、直感をえた。
「鉄をさがそう──」
そう、「赤い血」と同じようなことをすれば──。