13 星は留まる 2
コロナ禍の到来、RYU-SAYへの影響は?
(注意。今話よりコロナウイルス感染について物語上で触れていきます。ご不快に思われる方は読み飛ばしてください)
リュウヤはくさっていた。何もすることがないのだ。あまりに暇で酒ばかり飲んでいたら、ついに堪忍袋の緒が切れた妻の美奈代に家を放り出された。
「きっちり酒を抜いて帰ってきな!」
ものすごい剣幕で言われ、外出禁止令の中馴染みの店に行くこともできないリュウヤは仕方なく離れのスタジオに籠もっていた。
「ざまぁねえな」
真っ赤なたてがみも手入れをしていないのでボサボサだ。無造作にガリガリと頭をかき、スタジオのパイプ椅子にどかっと腰を降ろした。それなりの広さのあるスタジオ内はバンドメンバーとの練習も出来るように設備を整えてある。だが一人で見回すとただの空っぽの箱。がらんとしてまるで今の己のようだと思わず自嘲した。
新型コロナウイルスのパンデミックは凄まじく、今や世界中が脅威にさらされている。RYU-SAYへの影響も大きかった。延期とされていたワールドツアーは中止が決定。数ヶ月に及ぶプロジェクトが白紙となり、リュウヤは仕事にあぶれた状態となった。国内ツアーであったなら無観客にしても開催することは可能だっただろう。だが海外では手の出しようがない。シン、マル、リュウヤはそれぞれ助っ人や代打として収録に呼ばれることも多少はあるようだったが、ボーカルのリュウヤは別だ。ボーカルの替えなど必要なはずがない。
新規の曲の依頼もなく、海外向けに作成予定だった曲も披露する場そのものが無くなったことにより白紙となっている。
緊急事態宣言が出され、外出すらままならないとあっては、リュウヤは本当に何をして過ごせばいいのか全く思いつかなかった。
所在を無くしている間にも事態は悪化の一途を辿っている。相次ぐ大物俳優のコロナ罹患による死亡が報道される中、助っ人に駆り出されていたマルとシンも感染したとの報が入った。マルは自宅待機となり、リュウヤは宅配便で栄養補給ゼリーや経口補水液を送った。だがシンは同じ自宅待機中に症状が悪化。集中治療室に入ることとなったが、報道されている通り受入先がなかなかみつからず、もう一歩遅ければ命の危険があったと知ったのは、症状が落ち着き感染者隔離棟へと移された後だった。
そのような混乱の中リュウヤがしたことは、ただ酒浸りになっただけ。リュウヤは家族にも顔向けできない生活を送っていた。
妻の美奈代は俳優としてはベテランの粋に入る。彼女も出演中のドラマが制作休止となり、その後の舞台出演の予定も白紙となったが、これをスキルアップのチャンスと通信で取れる資格に挑戦したり、ヨガを始めたりと前向きに取り組んでいる。
大学生の息子はオンライン授業に変わり、自室にいることが多くなった。高校生の娘も自宅待機となったが、友人グループとラインで会話したり、動画を編集して投稿サイトにアップしたりとそれなりに過ごしているようだ。
リュウヤだけが流れに乗れず所在を無くしている。大きなため息を吐いてのっそりと立ち上がると、しまいっぱなしにしていたアコースティックギターを取り出した。手慰みに少し奏でてみる。ロックで盛り上がる気分にもなれなかったので、少し思案してからギターに声を乗せた。
「上を向いて、歩こう……あー、やめだやめだ!」
不覚にも涙が零れそうになり、情けなくて放り出した。所在なく天を仰いでいると、床に放り出していたスマホが振動し、画面に祐介の文字が浮かんだ。仕方なく取り上げて、不機嫌な思いそのままに声を出した。
「もしもし」
「やあやあリュウさん、お久しぶりですー。くさって飲んだくれてたりなんか、してませんよねー?」
「……何か用か?」
奇しくも言い当てられ不機嫌さに輪をかけて返答するリュウヤに、全く変わらずいつも通りの明るい声で祐介が言った。
「ちょーっと時間調整出来そうなんで、飲み会しません?」
「……お前、何言ってるか分かってんのか?」
「リュウさん、やっぱり知らないんですねー。そうだろーとは思ってましたけど……あー、待って待って、切らないでくださいね?」
── こいつはテレパシーでも持ってやがるのか?
逐一先を読まれているような言動に不気味さを覚えていると、
「今ね、家飲み会が流行ってるんですよ。オンライン飲み会ってやつです。リュウさんのメアドに詳細送っときますから、設定の仕方とかは大輝くんにでも聞いてください。壱星くんと三人で飲みましょう! あ、ついでに大輝くんか晴香ちゃんにユーチューブかインスタ、SNSの発信方法なんかを教えてもらっとくといいんじゃないかと思いますよー。ではでは、楽しみにしてますねー」
言いたいことだけ言うと祐介の電話はぷつりと切れた。と同時にメールの着信音が鳴る。開けて見たが、さっぱりなんのことかわからない。
「……大輝に聞くか。というか、あいつ、俺の子どもの名前までよく覚えてやがるな……」
リュウヤの重い腰がゆっくりと上がっていく。この時止まっていた時間が動き出そうとしていることに、リュウヤは全く気付いていなかった。
長い長い自宅待機中の活動が、ようやく動き出そうとしていることに……。
コロナ禍でお亡くなりになった方に哀悼の意を表します。後遺症に苦しまれている方、感染中の方、ご快復をお祈りいたします。
前書きでも触れましたが、リュウヤはしばらく自宅待機状態が継続します。コロナ禍、どのように活動していったのか。果たしてフェスはどうなるのか!?
二週間後に続きます。