胞子の海の番人 その5
ワニがあっという間に6匹に囲まれる。ちょっと考えればわかる事だが、あんな風に囲まれて全ての攻撃を完璧避けるとか無理だ。
俺はワニに、他の人の為に死んでくれ、と言ったのと変わらない。それでもワニは即座に動いてくれた。感謝しかない。ヒーラーとして、PTメンバーとしてあいつを死なせる訳にいかない。
ワニはそもそもHPが高くない。GHは緊急時のみで、ノーマルヒールで十分賄えるだろう。逆に言えば、その程度しかHPがないのだ。数発良いのをもらったら・・・立ち上がる事はないと思う。
しかし、あそこ迄避けられるものなのか。薄皮一枚持っていかれる、ギリギリで避け続けている。6匹もいるから、当然全方向に敵がいる。少しずつ立ち位置を移動しつつ、同時に攻撃されない様にはしているのか。
俺は正直どうするか迷った。このまま傍観しつつヒールをするのか。数匹でも受け持って、合間でヒールをかけるのか。何にしても時間が稼げる方を選びたい。
2匹迄なら・・・ヒールをしつついけるか?今度は別にタゲを取っても良いから、攻撃も出来る。よし、やってやる。
俺はワニを囲んでる眷属達に近づき、まずは横移動していた奴に水面蹴りを放つ。単純に両足で立ってる3mの相手に放ったところで、俺の力で綺麗には転ばせられない。
相手を追いかけて移動中で不安定な体勢。その上こちらには意識がない。そんな相手だからこそ、綺麗に決まる。自分の移動していた勢いのまま眷属が横へ飛び転がって行く。
時間を稼ぎたいだけで、倒すつもりはない。流石にレイドボスの眷属を、ヒーラー1人で倒せると思うほど、楽観的にはなれない。
もう1匹も同じ様に倒す。ヒールをしていた事もあり、タゲがこちらへ向いた様だ。ワニの邪魔にならないよう、少し離れた場所まで引いて行く。
「ワニ、俺は2匹で限界だ。後頼む!」
「はい、任されました」
ワニは顔からも血を流しつつ、笑顔でそう返事をくれた。死ぬつもりはないだろうが、助かるとも思ってはいないんだろうな。あんな状況で穏やかな笑顔になれるとは、流石だな。
さて、俺も2匹と遊ぼうか。
先ほど迄は一切の攻撃を行わない様にしていたので、かなり厳しかった。だが攻撃が出来れば───耐えられる。
最初に転がした方が起き上がり、こちらへ走り込んでくる。あんなのに体当たりを喰らったら、紙防御の俺じゃ即死しそうだ。
だが、タックルではなく1本の腕で殴りかかってきたので、内側へ避け手首辺りを掴み前足を払って、投げ飛ばす。眷属は自分の勢いのまま転がっていく。
その時には既にもう1匹が後ろから、突っ込みながら拳を振り下ろしてくる。今度は外側へ避け、相手の側面に体当たりを入れる。靠と呼ばれる体当たりもどき。
しっかりと入り、斜めにでんぐり返しをしながら転がって行く。避けるだけじゃなければいけそうだ。
オルフェンは何故かある一定の距離迄近づいてから、こちらへ来ない。普通なら俺達が子に攻撃を仕掛けているのだから、襲い掛かってきてもおかしくはないのだが。もしかして───自我があるのか?
まぁ襲って来ないのはこちらにしたら好都合だ。それに今あんなのに来られた、俺もワニも死ぬ。もうちょっと時間を稼げば行けると思うのだが・・・。
そんな事を考えていると、セラ達が向かった方向から4匹の眷属が戻ってきた。
これの意味する所は、セラ達が崖上迄登りタゲが外れ逃げ切れたか。もしくは・・・全滅してタゲが外れたかだ。セラなら逃げ切れたと信じよう。
取り敢えず、時間稼ぎは終わりだ。今度は俺たちが逃げなければならない。だが既にワニは血塗れだ。直撃を受けてないだけでも、信じられないが。
それと問題がある。セラを追いかけていた4匹がタゲを俺に変えて戻って来ている。先ほどセラにもヒールをかけたから、そりゃそうだよな。
問題なのは今いる2匹とこちらへ来ている眷属を足すと、俺が6匹、ワニが4匹を相手取るということだ。
ここで何かの主人公であれば、仲間を倒され追い詰められた俺が、秘めた力に覚醒して何とか出来るかもしれない。
ただ、残念な事に俺には秘めた力もなければ、主人公補正もない。6匹になったタイミングで殴られて死ぬだけだろう。どうやって逃げようかな。
最悪復活するしかないかと思っていたが、ワニから声がかかる。
「ハガネさん、こちらへ!」
俺は声に従い、ワニの方へ。ワニは弓を引き絞る動作を見せると、バーストショットを放つ。良く4匹に囲まれながら、そんなタイミングがとれるな。
バーストショットを受けた6匹の眷属が、全てワニへ。これで計10匹にワニは囲まれる事になる。いや、流石に死ぬだろ。
眷属に狙われなくなった俺は、取り敢えずワニに一度GHをかける。これでほぼ全快したとは思うが、数発受けたら結局死ぬぞ。その時ワニがスキルを使う。
「アルティメットイベイション!」
どうやら最初に使ってから20分以上が経っていた様だ。冷静なワニに驚くと共に、いくらUEを使ったところで眷属10匹は無理があると思った。
が、どうやらそうではないらしい。囲まれたワニが今まで同様避けている。何なら4匹に囲まれてた時は薄皮を持っていかれていたが、今はかすりもしない。
凄すぎだろ・・・だが、助かった。このまま引き連れつつ、逃げる事にした。俺は再度眷属へ足払いをし、少しだけ数を減らした所で崖上へ向かい走り出す。