胞子の海の番人
胞子の海で狩りを始めて4日目。これまで特に何事も無く、まったり狩りを続けていた。雑談をする余裕すらある。ここでレベルを52迄上げるのも良いかもしれない。
ここで暫く狩りをすれば、血盟創設、クランハウス購入も現実的になるであろう。出来ればBグレもすぐ購入したいし、ここの素材は高く売れる様なのでいけそうだ。
帰りの馬車は降りた時に5日後で予約した。他の客が居ないのにここ迄来てもらうのは申し訳ないので、往復分の代金を払う事で御者に了承してもらった。
流石に徒歩で町迄帰還だと、5日分の素材を持ち帰るのは厳しいからな。
大分胞子の海の中心部へ近づいてきた。こちらの方が魔物の密度が高い為、狩りをするのに効率が良いからだ。
セラは永遠引き続けてるが、元気いっぱいだ。流石にBグレ装備のレベルになったら、本職の盾を探した方が良いとは思うのだが、セラなら何とかなりそうな気もする。
良い人が見つかれば、当然このPTへ誘うつもりはある。だが、このレベル帯からPT未所属の割合は減ってくる。ソロではどんどん厳しくなるからだ。
PT向きの職業は特にソロが厳しい為、ほとんどの人がPT及び血盟に所属してるんじゃないかな。ソロの人ももちろんいて、野良PTオンリーで狩りを行っている場合もあるが、そのような人は何かの理由が入って所属しないのだ。
その人を口説き落として勧誘出来るか、難しい所である。
取り敢えず、このままの面子でいけるから、あまり気にしなくていいか。この狩場じゃ勧誘する人もいないし。
昼前だろうか。その位の時間に何故か魔物が減ってきた。セラが引いてくる魔物がおらず、一度こちらへ帰ってきた。
「ハガネ、周囲の魔物が居なくなったぞ。狩りつくしたのか?」
セラが怪訝な顔をして尋ねてくる。中心部に近づく程魔物が増えていたのだが、何故か見渡す限り居なくなったな。うちのPTは火力があるとはいえ、1PTで狩りつくせるとは思えない。
何かおかしいな。何にせよここに居てもしょうがないから、もう少し外周の方へ戻るとするか。そんな話をして、各自胞子の海の中心部に背を向け戻ろうとした時だ。
唐突にワニが叫ぶ。
「走れ!!!」
そう言うと、ワニが全速力で走り出した。何だかわからないがひっ迫した声だったので、それぞれ走り出す。
その時だ。散り積もった胞子が、急に舞い上がる。すぐ背後に何かの気配を感じる。何かが起き上がった様だ。
ワニが警戒していて気が付いたのはこれか。後ろをちらりとみれば10m程の灰色の何かが、胞子をまき散らしながら立ち上がっていた。
あ・・・こいつ胞子の海に出てくるレイドボスだ。思い出した。そんな奴がいた。確か名前は───オルフェン。
確かノンアクティブだったはずだが、この厳しい世界ではアクティブなのか。あり得るな。と、言うか大分不味い。この距離で逃げられるのか。
オルフェンは女性の様な雰囲気の、人型になった魔物だ。蜘蛛がモデルなのか、手が6本と足が2本。確か範囲麻痺と範囲毒を使ってくる。
オルフェンが立ち上がった後に、周囲に魔物が増える。小さいオルフェンとでも言うべきか、3m程の眷属達がオルフェンを囲う様に5匹現れる。
この世界での強さは分からないが、うちのPTが3PT居て1匹倒せるかどうかだったと思う。それが5匹。もはや戦う意味はない。
「セラ!ウォンドとウォーディング!メイジ前を走れ!ファイターはその後ろに!」
セラに移動速度向上と魔法防御力向上を歌ってもらう。メイジを前に出したのは、多分眷属の攻撃でも一撃で死ぬからだ。
ハク、アリア、リカ、ユイ、ミイを前に出し、後列に俺、ワニ、セラ、ディム。例えUDを使っても数発耐えられるかどうかだ。足が止まったら死ぬしかないだろうから、使えない。
移動速度向上の歌を使っても、セラ以外は速度負けしている。俺も含め、メイジはどうしても足が遅い。ファイターチームには別PTの為、歌がかからない。何とか逃がさないと。
本来ならセラにヘイトオーラを使ってもらい、タゲを固定したいがUD無しではセラも耐えられない。タゲがばらけていた方がまだましだ。
どうする、これはヤバすぎる。ふと、この胞子の海からPTが帰って来ない話しを思い出した。100%オルフェンが原因だろ、これ。
近場で遭遇したせいで、ほぼ真後ろに眷属達が来ている。一番最後尾を走っているのはワニだ。後ろから殴りつけられたが、器用に躱す。流石だな。
しかし、6本の腕に続けて攻撃されていたら、いつかはワニも被弾してしまうだろう。しかも、こちらは倒す手段が無い。時間稼ぎをするにしても、勝率が0では意味が無い。
少しだけ中心部から離れる事が出来たが、オルフェンは離れる気配がない。もしかして、胞子の海を出なければタゲが外れないのか・・・まだまだ外壁迄距離がありすぎる。
「ハガネさん、このままじゃまずい」
ワニが走りながら声をかけてくる。それは十分承知しているが、解決策が思い浮かばない。だがこのまま走っているだけでは、追いつかれて終わりだろう。俺は賭けに出る事にした。
「ワニ、俺に命を預けてくれ」
「今更ですね、承りました」
即答か。ありがたい事だ。
「セラ、ディム!ハク達を守りつつ外壁を登れ。途中の魔物はトレインしたまま引き連れれば良い。どうせ追いつかれない」
ここの魔物達が足が遅くて良かった。既に数匹リンクしているが、全く追いついてくる気配はない。追われながら他の魔物にちょっかいを出されたら、逃げる事もままならない。
メイジとセラ、ディムを前に出し、ワニと2人で立ち止まる。勝てる見込みはまるでないが、せめて女性は守りたいよね、男として。
全員が生き残る為に、死力を尽くす!