第8話 カショウの召喚契約
フラフラっと落下するウィル・オ・ウィスプを受け止めようと咄嗟に手が伸びるが、そこでウィル・オ・ウィスプの動きがピタッと止まる。俺がゴブリン達を倒しはしたが、俺が危害を加えない存在とは限らない。
そして再び浮き上がると、俺を避けて距離をとってくる。小説の中でならば、俺の出したマジックボールを同族と勘違いしたウィル・オ・ウィスプが、対抗心を剥き出しにして襲いかかってきた。だが、今は消えかける寸前の弱々しい光。ここでマジックボールを出しても、意味はないだろう。
どうするかと悩んだ時、予想外の変化が起こる。下から飛び出す影が見える。それはネコ型のクオンで、3体のウィル・オ・ウィスプの1つはクオンに咥えられ、残る2つは前足で地面へと叩き落とされる。
一瞬の出来事で呆気にとられてしまうが、何故クオンはウィル・オ・ウィスプに攻撃をしかけたのだろうか?精霊同士でも相性はあるが、影と雷の精霊が相容れない関係には思えない。
クオンの顔を見ると、楽しげな顔をしている。これはウィル・オ・ウィスプと遊んでいるのかもしれない?咥えていた1体を解放すると、次はどのような動きをするのかと待ち構えている。
「クオン、ウィル・オ・ウィスプは弱ってる。遊ぶ元気はないみたいだぞ」
「そうなの?でも、まだ動いてる」
クオンのネコ型の本能が、思考を完全に上回っている。
「俺と契約すればウィスプの体力も回復するはず。そうなれば、もっと元気に動くようになるぞ」
「···」
しかし、クオンからの返事はなく、行動で示してくる。あっという間に捕獲され、俺の前へと並べられるウィスプ達。
「早く、契約」
ウィスプの光の瞬きが怯えているようにも見えるが、あくまでも召喚契約はお互いの合意があって初めて成立する。俺が幾ら強制しても、拒否しようと思えば出来る。強い意思があればだが···。
「名付け、まだ?」
「ちゃんとウィスプの話も聞かないとダメだろ」
クオンが俺を急かしてくるが、俺はしゃがむとなるべく目線をウィスプ達に近付ける。
「名付けするけど、拒否してもイイんだぞ」
横並びだった3体の距離が縮まると、相談しているように見えるが返事はない。口のない蝋燭の炎のような姿だから、返事をするのは無理なのかもしれない。
ただ待ちきれなくなったクオンが立ち上がって、ウィスプ達に近付くと、逃げるようにして俺の足元に集まり、激しく明滅してくる。
これが抗議なのか、それとも早く契約をしろと言っているのかは分からない。それを確認する為の名付けを行う。
「まず1人目の名は、ルーク」
小さかった炎が激しく燃え、そして俺のブレスレットの中に吸い込まれる。どうやら、召喚契約を了承してくれたようだ。
「2人目の名は、メーン」
ルークと同様に、ブレスレットに吸い込まれるのを見守るが、ウィスプの吸い込まれる姿に堪えきれなくなったクオンが近寄ってくる。最後のウィスプは、俺のブレスレットへと飛んでくると、へばり付いて離れない。
「クオン、慌てなくても大丈夫だぞ」
「うん、ぼっちは可哀想」
ずっと1人でいたクオンにも、ぼっちは嫌だと感じるのが新鮮だったが、最後のウィスプの名付けをする。
「最後の名は、カンテ」
吸い込まれるように、ブレスレットの中に消える。無事に3体のウィスプとの召喚契約が終わると、急に暗さが増す。残された灯りは、ゴブリンの落とした消えかけた松明と、俺のぼやっと光るマジックソードの光だけ。ウィスプ達は意外と明るかったんだなと感じる。
「早く召喚してみないと!」
「分かってるって、慌てなくても召喚契約してるんだから、逃げてかないぞ」
「でも、無事か確かめないと心配」
「ウィル・オ・ウィスプ、召喚に応じて出てこい!」
ブレスレットの中から、光る玉が飛び出してくる。召喚契約する前は、蝋燭の炎ほどの大きさだったが、今は野球のボールほどにまで大きくなっている。
「やっぱり、力が増してる」
「クオン!力が増すって、どういうことなんだ?回復するだけじゃないのか?」
「ご主人様の濃い魔力を吸収して、急激に進化してる。ボクもウィル・オ・ウィスプも」
それは、ウィル・オ・ウィスプの態度でも分かる。クオンに怯えていたのに、今は堂々と宙に浮かんでいる。
青い光のルーク、白い光のメーン、黄色の光のカンテ。進化したことで、それぞれの個性も現れている。クオンが俺に召喚契約を急かしたのは、これを確かめる為ではない···。再びに姿を表したウィル・オ・ウィスプに、クオンの目は釘付けになっている。
「逃げた方がイイかもな」
俺の言葉と同時に、クオンがウィスプ達に飛びかかる。最初に犠牲になったのは、黄色い光のカンテ。微動だに出来ずに、クオンの猫パンチで宙から叩き落とされると、その光景を目の当たりにしたルークとメーンは全力で逃げ出す。そして、その行動がクオンのスイッチを入れる。
しばらく、続く精霊達の鬼ごっこ。クオンは楽しそうだから大丈夫なのだろう。最初に叩き落とされたカンテもフラフラと浮かび上がると、鬼ごっこに巻き込まれてゆく。