第5話 洞穴の中の魔物
「でも綺麗な光。暗闇を照らしてくれる」
クオンの言葉で、マジックボールが放つ光に気付かされる。ただの無属性魔法習得用の基礎訓練だという思い込みで、球が放つ光には意識が向かなかった。
「マジックボール」
再び手の平の上にマジックボールを出すと、光は強くはないが暗闇の中を進むための道具となり得る。洞穴全てを照らす必要はなく、クオンが進む方向を誘導してくれるのだから、俺の足元を照らすだけの光があればイイ。
「これなら、先に進めそうだな。クオン、洞穴の先を案内してくれるかな?」
「うん、道は1つしかないから簡単よ、ご主人様」
そう言うとクオンは俺の前を先導して歩き始める。その歩みに迷いはなく、一直線に洞穴の奥へと進んでゆく。クオンには暗闇の中でも見える視力だけでない。微かな音があれば、その反響音を感じ取り空間や物体を把握する聴覚がある。
最初こそクオンの様子を観察する余裕があったが、洞穴の奥に進むに連れて地面の起伏は大きくなり、天井の高さも急激に低くなってくる。この空間には、人為的に加工されたようなところは見られず、全てが自然現象によって出来た空間。もちろん、簡単に進める場所はなく、クオンを追いかけるだけで精一杯になってくる。
途中からは天井からは水滴が落ち、所々に水溜まりもある。中には完全に水没した場所もあり、道が1つしかないのではなく、正確には俺でも進める道が1つしかない。
とてもこの奥に、人や精霊の暮らせるような空間があるとは想像出来ない。クオンがいなければ、俺は断崖絶壁の中腹にある洞穴から抜け出せずに、ここで終わりを待つだけだったかもしれないと思うと苦笑いするしかない。
明らかに、俺の想像した世界とは違うハードモード仕様。そこに、チュートリアル的要素なんてない。
「クオン、大分進んできたけど、まだ先は長いのか?」
暗闇の中では時間の感覚が狂っているかもしれないが、それでも半日以上は洞穴の中を進んでいる。
「もう少しよ、ご主人様。でも魔法の心配?」
黒猫姿のクオンは一度だけ俺の方を振り返ると、少しだけ首を傾げ、慣れない俺の魔法の心配をしてくれる。
「俺の魔法は心配しなくても大丈夫。魔力は消費しないし、マジックボールの維持も慣れてきた」
「大きな空間が、この先にある。そこまで行けば休めるわ」
そして、また何事もなく俺を前を先導して歩き始める。その迷いない足取りは一切変わらないが、世話しなくクオンの耳は動き、僅かな物音や反響する音を聞き逃さないように注意を払っているのが分かる。
それでも、それからかなりの時間を進んでいる。最短距離で進めるわけではないし、クオンのように身軽でも狭い場所でも通り抜けれるわけでもない。俺が通れる場所を選んでくれているのだから、黙ってクオンに付いてゆくしかない。
だがクオンも精霊であり、重要なのは精霊には生死の概念はないこと。精霊として悠久の時を生きるクオンにとっては、半日程度は一瞬の出来事でしかないのだろう。
しかし、洞穴の中に入ってから初めて、クオンの足取りが止まる。そして、俺の影の中へと潜ってしまう。
(この先に何か居る)
そして、俺の体を伝わりクオンの声が聞こえる。それは、クオンが声を漏らさずに会話する方法になるが、俺は声を出すしか方法がない。どうしようかと戸惑っていると、再びクオンの声がする。
(大丈夫、ボクに付いてきて。それと、なるべく灯りは隠してね)
俺はクオンの言葉通りに、マジックボールをローブの中へと隠して、足元が見える程度の灯りにすると、再びクオンが影の中から出てくる。
なるべく物音を立てまいとしてなのか、灯りが小さくなったことで俺が付いてこれるかを心配してなのか、クオンの進む速度は遅くなる。それどころか、途中で立ち止まると暫く立ち止まったり、様子を伺う仕草も見せる。
そして、再びクオンは俺の影の中へと潜る。
(ゆっくりと進んで)
必要最小限のクオンの言葉に、俺は黙って従う。そして、その意味は直ぐに分かる。人一人がやっと通れるかという狭い洞穴の空間の終わりが見え、広い空間が見えてるく。
しかし、それよりも先に見えたのは、揺れ動く炎の灯り。この先の空間には何かがあるのは間違いない。さらに、ローブで隠したマジックボールの灯りを絞る。これならば、こちらの灯りで気付かれることはない。
(大丈夫、近くに気配はない)
俺の緊張を和らげるようにクオンが情報を伝えてくる。俺には分からなくても、クオンには俺の鼓動の変化が聞こえているのだろう。
そして、俺はクオンの言葉に大きく頷く。声に出さなくてもクオンの聴覚ならば、俺の体の些細な動きは変化で生じる微かな音でさえも聞き取っている。
ゆっくりゆっくりと進み、開けた空間にあるものを覗き見る。そこにあるのは、数本の松明とそれを持つ小さな人影。
(ゴブリンよ)