第38話 ゆでガエル
「目を覚ました?」
ムーアの言葉で、毒の精霊を見る。改めて見る毒の精霊の姿。コハクよりは小さいが、シャイよりは大きい。そして大きな口からは、蝶の羽が見えている。
「えっ、食べたのか?」
「そうよ、分かってるなら最初からそうしなさいって話よ!」
ツカツカと毒の精霊に歩み寄ると、何の躊躇いもなく蛙の頭を踏みつける。
「私が助けてあげたのよ。この意味、分かってるわよね?もしかして、食べたから証拠はないって言うつもりじゃないでしょうね?」
しかし、毒の精霊は大人しく、反抗もせずにじっとしている。
「えっ、また黙りするの?何か言ってみなさいよ。ホントにグズな野郎よね」
ムーアの足はグリグリと動き、容赦なく踏みつける足に力が入る。
「なあ、ムーア。頭踏みつけてたら、話せないんじゃないか?」
「あっ、それもそうね」
ムーアが足を上げると、毒の精霊は口の中に残っている蝶の羽の咀嚼を始める。それが終わると、蛙の精霊はムーアでなく俺の方を見てくる。
「助ケラレタ。ソレハ間違イナイ」
毒の精霊は辿々しくはあるが、ことの顛末を語り始める。毒の精霊も、酒の精霊もアシスが誕生した時からの古い精霊になる。
しかし、毒の精霊が表舞台に出ることは少なく、大半を地中や池の中に潜み生きてきた。生き物にとって、毒とは嫌う存在。ましてやアシス誕生時からの中位精霊となれば、毒の持つ力は強い。近くに居るということだけでも問題視され、魔物と同様の扱いを受ける。
だから毒の精霊は、ただただ隠れて過ごしてきた。地中に居る毒蛇や蜘蛛は、同族の存在に感じた。また毒蛇や蜘蛛達も、毒の精霊を崇めてくれる。
幾度かの戦乱が起こり大地が荒れる度に、毒の精霊は少数の蛇や蜘蛛を連れて棲みかを移し、最後に辿り着いたのがヒケンの森。この池を棲みかとしたのは、オニ族が来るよりも遥か昔の話になる。
「ムーアは、いつから毒の精霊を知ってるんだ?」
「···誕生した時からの腐れ縁よ。戦乱で散り散りになったけど、またヒケンの森で会ったのよ。ゴブリン相手に、簡単に捕まるような精霊じゃないはずよ」
しかし毒の精霊は、ゴブリンの罠に嵌まり捕らわれるだけでなく、オニ族を陥れる道具として利用されている。バレてしまえば、使い捨てされる道具として。
「引きこもりでも、力が退化したの?それとも、自暴自棄にでもなったの?」
「違ウ、巧妙ナ罠。気付ケナイ」
毒の精霊が地中に潜り出てこない事を利用し、穴の周りには、大きな結界が張られた。しかし、最初から結界は大きな効力を発揮しない。気付けない程の微量な魔力を奪い取る結界で、何百年とかけて仕掛けられた罠。
地中に潜り、大きな力を発揮してこなかっただけに、体に起こっている異変に気付けない。ゴブリン達に襲われて、初めて自身の魔力が枯渇していることに気付かされる。
後はゴブリンに捕まり、強制的に池に毒を吐かせ続けられる。これが事のあらまし。
「壮大な計画だな。でも、それならオニ族がヒケンの森に来る前からの話で、オニ族とは関係ない話だろ」
「そうとは言えないのよ。神々の加護を得るには神饌が必要なの。その中でも一番重要なのは御神酒よ」
神々はアシスの世界を創造したが、魔物が現れようが天変地異が起ころうが、直接関与してこない。唯一力を貸し与えるのは、加護だけになる。それも無償で加護を与えることはなく、神饌が必要になる。
その神饌の中でも、最上級となるのは御神酒。ただ、どんな酒でも御神酒へとはなり得ない。数多ある酒の中でも、厳選された一握りのものだけが御神酒となる。
酒には、特級、上級、中級、下級の4段階に区分され、御神酒となるのは上級酒以上。だから、普通に手に入れることが出来るのは中級品までとなる。領主クラスでさえも、たまに上級酒が手に入るほどで、特級酒に至っては国家で管理されるほどに貴重なものになる。
「ヒケンの森の水からつくられる酒は、特級酒になるの。だから、ヒケンの森のオニ族の村は、神々の加護に守られているわ。竜種のブレスであっても傷一つ付けれないくらいに強固な結界よ」
「でも、オニ達はゴブリンより弱いんだろ」
「神々は面倒臭いことが嫌いなの。オニ族の個々に力を与えるなんて絶対にしない。決まった場所に結界を張っただけよ。アイツらは、本当に我が儘ばかりで、こっちが嫌になるわ」
「ムーアは、神を知っているのか?」
「ええ、天啓が聞こえるわ。新しい酒を寄越せってね。だから、こんな森にまで来たのよ。使命は全うしてやったから、暫くは好きに生きてやるのよ」
もう神の話は終わりと、今度は毒の精霊の頭を掴む。
「助けてやったのよ。分かってるわよね」
「一ツダケ言ワセテモラウ。野郎ジャナイ、立派ナ女ノ子ヨ」
「えっ、女の子?」
「契約スレバ分カル。後悔シテモ知ラナイ」
「上等よ、誰に向かって言ってるの。後悔させれるもんなら、やってみなさいよ」
「「名付けを!」」




