第33話 隠匿の結界
ゴブリン達の発する音は聞こえるが、音のする方向はねじ曲げられている。さらにクオンでも聞き取るには微かな音で、影に潜り最大限の能力を発揮する必要がある。
だから、残された方法はゴブリンの臭いを辿り、痕跡を追いかけること。失態をした後だけに、クオンに仕事を任されたコハクには気合いが入る。
しかし、格好いいところを見せようとしている下心が見え見えで、それが空回りや無謀な行動をしそうで危うい。ムーアだけじゃなく、俺にも簡単に分かってしまう程に、コハクは単純過ぎる性格をしている。
「私が、最後に毒の精霊に会ったのは、そうね···3百年前かしら?その時は、この辺りに池があったのよ。コハクは、池があるのを知ってる?」
「ワシは知らんが、心配せんでもエエ。大船に乗ったつもりで居ろ」
「そう、コハクは立派な成獣よね。百年は生きてるのかしら?」
「そんなん数えたこと無いす、百年なんぞ知らん。だが、ここはずっとワシの縄張りよ」
「相手はね、コハクが産まれる前から、ずっと池を隠してるの。この意味が分かるかしら?」
この森で産まれたコハクですら、池の存在を知らない。長い時間、池の存在を秘匿し続け、そこには用意周到に計画された陰謀がある。とても、ゴブリンだけで出来るような仕業じゃない。
「相手は、魔法を使えるゴブリンだけじゃないの。その上を行く存在がいるから、クオンも警戒して影に潜ったのよ」
そこで初めて、コハクは重大さに気付く。相手は、コハクがビビった魔法を使うゴブリンよりも上位の存在。俺達が結界に近付くことで、ゴブリン達の動きに変化がある可能性は高い。
そして、ここで最前線で活躍する場が、コハクへと与えられた。人間の俺なんかよりも、嗅覚は比べ物にならないし、すでにコハクの嗅覚をクオンは確かめている。
若干、コハクの顔が青ざめ引きつっている。
「コハク、大丈夫か?」
「はっ、はい。そんなの簡単ですよ」
少しだけコハクの言葉遣いが丁寧になるのは、それだけ動揺が大きい。喋ろうと思えば普通に話せるのに、貫禄や雰囲気を出すために、意図して変な話し方をしている。だが、今は敢えて触れることはしない。
黙って見守っていると、ふらふらっと歩き出すコハクは、クオンが聞こえる音とは全く違う方へと進む。草木の何も場所でも複雑に折れ曲がり方向を変え、ゴブリンの臭いだけを辿る。
そして、行き着いた先にあるのは、朽ち果てた1本の巨木。残された幹は、俺の身長より少し高いくらいで、倒れた部分は何処にも無い。
「うむ、この朽ち木が臭う」
さらに、コハクが朽ち木に近付くと、急に現れた光の壁が、コハクを遮り鼻面をぶつけてしまう。
「これが、隠匿の結界ね」
「こんなもんごときが、ワシを邪魔しおって」
少しイラついたコハクが前足を伸ばすと、触れた部分だけがボワッと光る。感触を確かめるように、数度前足で小突くが音はしない。そして、伸ばした前足を引くと、今度は鋭い猫パンチを繰り出す。
ドンッという音がするが、それはコハクの前足に衝撃が走った音。壁は何も変わらず、薄っすらと光っただけ。
「キューーーン」
涙目のコハクを、何も言わずシャイが癒し、影の中へと連れて行く。そして、何事も無かったように、ムーアがそっと朽ち木に手を近付け、光の壁を確かめる。
「簡単には、近付けそうにないわ。侵入する魔力を弾くのね」
俺も特に理由はないが、ムーアの真似をして結界に手を伸ばす。
「あっ···」
コハクやムーアとは違い、俺の手は何の抵抗もなく結界を通過してしまう。それは何度やっても結果は同じで、光の壁すら現れない。マジックソードやマジックシールドも、結界を通過出来るが、火オニの短剣だけは結界に阻まれる。
「面白いわ。貴方の魔力は、結界の影響を受けないのね」
「俺が、無属性だからなのか?それしか考えれない···」
無属性の特性なのか、それとも俺が害にすらならないと判断されてしまっただけなのか。しかし、悩んでいる暇はない。
「さあ、中に入ってみて。それは私が持ってるわ」
ムーアに火オニの短剣を取られると、背中を押され半ば強制的に結界の中に追いやられる。
そこに見えたのは、ムーアの言っていた通りの池がある。池の水は黒く染まり、周囲の草木は枯れてしまい、とても森の中にある池とは思えない。
そして、池の周りには幾つもの朽ち木が立っているが、ソーキの角に貼ってあった呪符と似た紋様が刻まれている。
「間違いない、毒の精霊が棲む池だ。それに、朽ち木に紋様が刻まれている。これが結界を張っているんだろ」
「どう、壊せそうかしら?」
朽ち木に刻まれた紋様に、マジックソードを突き立てる。元は、朽ち木ではなく巨木に刻まれた紋様だったのかもしれないが、今は池からの毒を取り込んだせいで、辛うじて形を維持し立っているだけ。俺のマジックソードの軽い衝撃にも耐えれずに、紋様は簡単に崩れ落ちてしまう。
そして、ムーアから見える景色も、隠匿された姿から元の姿へ戻る。
「澄んだ水の綺麗な池だったのに、変わってしまったわ。どこかに、アイツが居るはずよ」
(気付かれた)




