第31話 オニ族の光と闇
「さあ、ゴブリンの達に囲まれる前に、さっさと済ませましょう!」
「ちょっと待て、ムーア!囲まれるって、どういうことなんだよ」
「あら、私達もゴブリンから逃げて来たのよ。言ってなかったかしら?」
「えっ、ソーキ達を助けに来たんじゃないのか?」
「それは、貴方の勝手な勘違いよ。時間がないから、移動しながら教えてあげるわ。ソーギョクも、散り散りになったソーキ隊を集めるのよ。猶予は半日、それまでに毒の精霊は解決するわ!」
「はい、私も半日で終わらせて、再びここの場所で会いましょう」
移動しながらムーアが語る、ヒケンの森のオニ族の実情。それは、残酷な話でもある。
アシスには、オニ族やドワーフ族以外にも様々な亜人がいる。代表的な亜人は、エルフ族に獣人族、蟲人族、ハーフリング族、巨人族。他にも多種多様な亜人がいるが、アシスの誕生時に産まれたのは、ヒト族と7つの亜人。
その亜人の中でも、オニ族は恵まれない種族になる。体格こそ恵まれているが、魔法の世界であるアシスでは、何より魔法適正が重要になる。そして、オニ族の魔法適正は、低いというよりは無いに近い。普通は幾つかの属性のスキルを持って産まれるが、オニ族が持つのはたった1つのみ。
だからこそ長い年月をかけ、オニ族は1つしかない属性の中でも、火·水·風·土の四属性に特化して進化させた。
しかし、ここでも悲惨な運命が待ち受けている。1つしかない属性が、角の色となって表れてしまう。火は赤、水は青、風は緑、土は黄色となり、使える魔法やスキルが分かってしまうのは、手の内を晒す致命的な欠点となる。
「ソーギョクや、盾を持っているオニの角は、何色になるんだ?ソーギョクの角は光っているけど、あれで火属性なのか?」
「あれはね、光属性よ。ごく稀に、四属性以外を持つ者が現れるの。ソーギョクの親は、力の弱い1本角の火オニだったから、過去に類をみない突然変異ね」
火属性のオニから光属性なら、全くかけ離れているとは思えないが、8つの理で成るアシスでは、火属性と光属性は全く異なる。
さらに、属性の変異だけでなく、魔法適正も大きく変わってしまう。角の数が増えるほどに、魔法適正は高くなり、ソーギョクは歴代の領主と同じ3本角となる。
「だから、この森の領主がソーギョクなのか?」
「そうよ、今のヒケンの森のオニ族で3本角はソーギョクだけ。力を示した者こそが、この森のオニ族の領主になる。それがオニ族の絶対の掟ね!」
「ソーキは、土属性のオニ族族長で2本角。でも、ソーショウと同等の力があるのか?どう見ても、1本角の盾のオニよりも弱いだろ」
「魔法適正も、磨かなければ能力は落ちるわ。能力を磨いて、1本角から2本角になる者もいれば、錆び付かせて2本角に落ちた者もいる」
「じゃあ、1本角でゴブリンに突っ込んでゆく盾のオニは?ただの命知らずの無鉄砲なだけオニなのか?」
「少し違うわ。あのオニは闇属性。オニ族の歴史の中でも、初めて現れた属性よ」
「だから、忌み子よばわりか」
恵まれていない種族でありながら、その中でも差別が生まれる。異世界でも元の世界でも同じ光景に、少し嫌気が差してくる。
「名は?」
「名はないわ。親ですら、名を付けることを拒んだのよ。アシスで名付けすることは、互いに大きな影響を及ぼしてしまうから」
「最悪だな···」
「でもね、手を差し伸べたのがソーギョクよ。光属性のソーギョクが、相反する闇属性の子に名付け出来なかったのは仕方ないわ。ソーギョクだって守らなければならないものがある。もし子を産めば、力の弱い火属性になる。突然変異が続くことはないの」
さらに語られる、オニ族内の格差。四属性のオニ族であっても、力関係は平等ではない。一番発言力が強いのは、酒造りに関係する水属性で、二番手争いをしているのが風属性と土属性で、圧倒的最下位が火属性。森の中では、使い方が難しく限定的な能力しか発揮出来ず、過去に森を消滅させかけたこともある。
「嫌いになったかしら?でも、これがヒケンの森のオニ族よ。ただ、ソーギョクは別と思って欲しいわ。貴方に渡した短剣も、本当は子孫に残すような貴重な代物なのよ」
改めて見る火オニ族の短剣は、ソーキの豪華なだけの武器や鎧とは違い、実用性でも申し分ないマジックアイテム。
「ソーギョクやソーショウでも、ゴブリンから逃げだす。俺はオニ族と同じで、1つの属性しか持っていない。過剰な期待をされても困るんだけどな」
「他の者を守るには、今は逃げるしかないのよ。少しでも犠牲を減らす為の、選択肢の1つでしないわ。それに、ソーギョクも貴方には特別なものを感じたのよ」
「それも、女の勘ってやつか?」
「そうよ、まだまだソーギョクも未熟だけどね。5百年っぽっちじゃ、私の足元にも及ばないわ。だから、私ほど積極的にはなれないのよ」
5百年と聞いて、俺は黙るしかない。たかだが数十年の俺では、知る由もない経験に裏打ちされた勘。
(ゴブリン)
そんな不安を、クオンの声が掻き消す。




