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第30話 ムーアとソーギョクの依頼

「さあ、全てを話して貰いましょう」


 ムーアが、ソーキの顔に手を近付けると、何かが滴り落ちる。そして、意識の無かったソーキが目を覚ます。


「ソーキ。勝手な行動を取って、何をしていたのかしら?挙げ句に、オニの象徴の角を片方折られるとは、情けないわね」


「己を犠牲にして、湖の異変を調べていたのだ。その原因も見つけた!手柄として称賛されるべきことで、非難される覚えはない。押し付けられた疫病神の忌み子のせいで、失敗しかけたのだから、その責任をとってもらいたいくらいじゃ」


「あら、それは本当かしら?」


「疑うとは何事か。胡散臭い精霊が、何様のつもりだ!」


 ムーアが黙ってソーキの顔に両手を翳すと、周囲にアルコールの香りが立ち込める。


「酒入舌出」


 次第にソーキの目は、焦点が定まらなくなり、トロンとした表情に変わる。


「ソーキ、何を隠してるのかしら?」


「俺が、この森の、支配者、になる」


 辿々しくあるが、ソーキから語られるのは、オニ族内の覇権争い。オニには主に、火·水·風·土の四属性の部族から成り、4人の族長がいる。他部族を蹴落とし、そして領主のソーギョクさえも陥れる陰謀が語られる。

 俺には全ての内容は把握出来ないが、俺では絶対に知ることの出来ない秘密が暴かれる。そして、最も衝撃的な事実が、ソーキも陰謀の1つの駒でしかないこと。


「あなたが、全てを企んだのかしら?それとも、他にも共犯者がいるの?」


「銀髪、男。羽、ゴブリン」


「そう、それは何者なの?どこに居るのかしら?」


「知らん、何も。銀髪、勝手に来る」


「じゃあ、湖の異変の原因は何かしら?あなたが仕組んだの?」


「毒、精霊。捕ま···」


 しかし、そこでソーキの角に貼られた呪符が光り出す。咄嗟に、ムーアの前にマジックシールドを展開させるが、石礫は放たれない。しかし、バンッという音と共に光が放たれ、遅れて衝撃波が伝わってくる。


 視界が回復した先には、残された角が弾け頭部の一部を失ったソーキが居る。完全に白目を剥き、再び意識を取り戻すかは分からない。


「これ以上は、ダメそうね。もう、元には戻らないかしら。狙われているのは、ソーギョクかもしれないわね」


「でも、湖の異変を解決しなければ、御神酒の力は弱まるばかり。その原因を取り除かなければ、戻ることは出来ません」


「大丈夫よ。精霊を探しているヒト族に心当たりがあるの」


 ムーアとソーギョクが同時に俺の方を向く。ソーギョクは真剣な面持ちだが、ムーアはくつくつと笑っている。


「何で、俺なんだ?」


「精霊を探しているんでしょ。毒の精霊は、私と同じ中位の精霊で優秀よ。きっと役に立つ、私が保証するわ!」


 “中位”という言葉で、俺の反応も遅れてしまう。やはり、力の強い精霊と契約出来た方が効率はいい。美味しすぎて胡散臭く感じるが、簡単に一蹴することも出来ない。


「知ってるのか?」


「ええ、良く知ってるわ。私がお願いしたら、毒の精霊を助けてくれるかしら?仮契約じゃなくて、全てを捧げるわよ」


 すでにムーアのペースに巻き込まれているが、まだ断ることは出来る。中位精霊であっても、成功する見込みがなければ、やる意味はない。

 今は否定的なことや、悪い想像しか思い浮かばないが、拒否しようと思えば思うほどに、頭にズキリと痛みが走る。


「無謀なことはしない。手に負えなければ、さっさと逃げる」


 口から出た回答は、完全に引受けはしないが、完全に断ることもしない。


「ふふふっ、イイわよ。契約成立ね」


「念を押すけど、毒の精霊を見捨てるかもしれないぞ!」


「それでも、イイって言ってるのよ。もう、契約成立したのだから、簡単に破棄なんて出来ないわよ」


「ソーギョクも、それでイイわね。問題が解決した暁には、しっかりと報酬は貰うわよ」


「はい、何なりとお申し付け下さい」


 そしてソーギョクは、腰の短剣を差し出してくる。派手ではないが短剣の柄にも鞘にも、炎の模様と幾つもの紋様が刻まれている。それをムーアが受け取ると、そのまま俺へと差し出してくる。


「これは···何のつもりだ?」


「あら、報酬でしょ。途中で止めても依頼達成なんだから、もう報酬は支払われるべきでしょ。成功報酬は、また別の話ね」


 さらに、ムーアが短剣を押し付けるように差し出してくるので、仕方なく受け取ると想像以上に重い。軽いマジックソードしか手にしてこなかったが、間違いなく短剣としては重い。


「何だ、これは?」


「歴代のオニ族族長の角から作り出した、マジックアイテム。火オニの短剣よ」


 短剣を抜いてみると、剣身は赤く光っている。金属とは異なり、抜いただけで熱気を感じる。軽く魔力を込めるだけで、剣身は炎に包まれる。ゴブリンの持っていた杖は、俺の魔力に耐えきれずに壊れただけに、この短剣は明らかに格が違う。


「魔力を込めれば、中位魔法までは使えるわ。森の中での扱うには、ちょっと危険だけどね」


 そう言われて、魔力を込めるのを止める。確かに、優秀な武器ではあるが、この森では使いどころが限定される。報酬として差し出しても、悪くはないのかもしれない。


「さあ、ゴブリンの達に囲まれる前に、さっさと済ませるわよ!」

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