第18話 上位種の痕跡
クオンの聴覚は、森の終わりを感じている。木々が風で揺れる音や鳥達の飛び立つ音は、クオンに森の情報を与えている。それでも、俺からは森の終わりは全く見えない。森でのクオンの能力は、チートだと思える。
カンテが明滅して指示を送ると、メーンが森の木々を突き抜けて空へと舞い上がる。時折見せるウィスプ達の偵察活動で、しばらくするとメーンは明滅しながら戻ってくる。
「キューーーン」
それを見たシャイが鳴くと、クオンが返事する。
(湖がある。風の音が違ってた)
いつの間にかシャイも、ウィスプ達の明滅のサインを理解し、それを読み取れないのは俺だけ。しかし、それは精霊と人間の違いでもあり、生きている時間も蓄積された知識量も違う。子猫や子狐の姿に見えて、悠久の時間を生きる精霊だからこそ為せる業でもある。
「キューーーン」
(簡単な合図はもう大丈夫。でも今度からは、簡単にはバレないように、ちょっとだけ難しくする)
2人の会話が聞こえてくるが、気のせいだと言い聞かせる。今の俺には、クオンからだけでなくウィスプからも情報がもたらされ、それを頭の中でマッピングするだけで精一杯。
情報を整理していると、クオンが影の中から急に飛び出してくる。そして耳だけでなく臭いを嗅ぐと、茂みの方へと向かって走り出す。
「クオン、どうした?」
「待ってて、すぐ戻る」
数分だが、その短い時間が長く感じられる。アシスに転移した時から、側にはクオンがいた。影移動しても、短い時間で戻ってくる。それが、今は数分経っても戻ってこない。
「カンテ、クオンは大丈夫なのか」
仲間というよりは、子を心配する親の気持ちに近い。しかし、メーンは軽く明滅するだけ。複雑な明滅になると意味は分からないが、今の明滅は、カンテかま全く気にしていないことだけは伝わってくる。
しばらく待っていると、茂みが大きく揺れる。クオンでは起こらない大きな揺れに身構えてしまうが、そこからクオンが飛び出してくる。
「クオン、大丈夫···」
しかし、そこで言葉に詰まる。クオンが飛び出してきた後に、茂みから出てきたのは成獣の虎。
「その虎は、どうした?精霊なのか?」
「違う、この森の生き物。精霊じゃない」
黙ってクオンの後をついてくる虎には、森の王者としての威厳は感じられない。どこか怯えた様子で、そして後ろ足を引きずっている。
「怪我を···してるのか?」
「うん、魔法の傷」
クオンが虎と戦って従えたのかとも思ったが、クオンでは焼けただれた傷はつくれない。そして、俺の想像が外れたことに安堵する。クオンは、好戦的で脳筋じゃなく優しい精霊。だから、連れてきた理由は1つしかない。
「それなら、シャイの出番だな」
シャイが傷口に近付くと、虎は唸り声を上げる。しかし、その威嚇はクオンの一睨みで収まり、情けない顔へと変わる。
「キューーーン」
相変わらずシャイの鳴き声は同じに聞こえるが、虎の傷口塞がってゆく。情けない表情から驚きの表情に変わると、体の調子を確かめる為に、その場でウロウロと歩き回る。
「うん、これな大丈夫。一緒に来れる!」
クオンの言葉に虎も頷くと、その場で座り込み体を低くする。虎も猫と一緒ならば、クオンに対して服従の意を示している。
「クオン、何をするつもりなんだ?」
「この先でゴブリンが待ち伏せしてる。この傷もゴブリンにやられたもの」
「ゴブリンの中に、魔法を使うヤツがいるんだな」
魔法が使えることの意味は大きい。魔物の中でもゴブリンは下位の魔物で、今まで戦ってきたゴブリンはその種族の中でも最下位の存在。
しかし、魔法が使えるということは、知性がある上位種。無秩序に、ただ見つけた者に襲いかかるゴブリンとは違い、組織だった行動をとる。身体能力に優れたオニ達が潰走していたのも、弓矢を使いこなしていたのも上位種がいたからこそなのかもしれない。
「うん、それだけじゃない。何処から来て何処に居るかも知ってる」
クオンの能力は、近付いたものの音を探知するが、痕跡を辿ることは出来ない。近付いてくるものをいち早く見つけ、優位になるように行動しているだけでもある。
「それは分かったけど、上位種がいるとゴブリンも手強くなるんじゃないのか?」
俺の小説の世界ならば、全てが俺の思考で判断出来る。しかし、ここは俺の小説と似ているが、全く別の世界。ここで暮らすオニや、下位種の魔物ゴブリンですら、どれくらいの力を持っているか知らない。今は、クオンの経験や知識だけを頼りにしている。
「ゴブリンの数が多過ぎる。だから、上位種を倒す方がイイ」
「そうか、でも無理はしないぞ。ダメな時は、迷わず逃げるからな!」
「うん、分かってる」
そして、クオンが虎に近付くと、虎はさらに体を低くし縮こまる。
「失敗はダメ。許さない!」
俺の話が通じていたのどうか分からないが、虎に指示を出すとクオンは影の中に戻る。そして、虎は何かに弾かれたように立ち上がると、ソーショウ達が通った場所とは違う方向に進み始める。




