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第10話 始まりを告げる鐘の音

 クオンの聴覚には、洞穴の外に生き物を探知していない。真っ直ぐに光の射し込む出口を目指すと、外の光景が見えてくる。


 そこには鬱蒼と生い茂る草むらが広がり、崖の上から見えた森の木々とは少し距離がある。久しぶりに感じる大地の感触と、いつ崩落してもおかしくない洞穴の中から解放される安堵の気持ち。


 普通であれば、どんな虫や毒蛇が潜んでいるか分からないが、迷わずに洞穴の外へと出る。


(危ない、前に進んでっ!)


 外に出た瞬間、クオンが影の中から叫ぶ。何があったのかを聞き返さず、全力で前へと駆け出すと、背後で大きな衝撃が走る。

 振り返ると、そこに見えたのは。俺の倍以上はある獣の頭部で、半分以上は大きく損傷し原形を留めていない。それでも、残された赤く輝く片目は、俺を睨み付けてくる。しかし、反応があったのはそこまでで、次第に光の粒子に包まれると消滅が始まる。


「これも魔物なのか?」


(うん、見たことないけど魔物)


「この周辺で、クオンが知らない魔物もいるんだな」


(この崖の上は別。上位種の魔物が巣くうゴセキの山々。近付いてはダメな場所の1つ)


 クオンに言われて崖の上を見上げるが、どこまで崖が続いているか見えない。


「大丈夫だよ、上位種の魔物に挑戦する勇気も、この崖を登る自信もない」


カーン、カーン、カーン、カーン


 そして、厳かな鐘の音が響く。決して大きな音ではないが、この辺りに響き渡る音。


「何の音だ?」


(洞穴からの音)


 クオンの言葉で見上げた顔を元に戻すと、そこにあるべきはずのものが消えている。魔物が消滅し徐々に見えてくる先には、残っていなければならない洞穴の入り口がない。崩れたわけでも、塞がれたわけでもなく、最初から洞穴の痕跡すら見当たらない。

 もう元の世界に戻ることが出来ない、そんな衝動に駆られて、洞穴の入り口があった場所を確かめようと、体が勝手に動く。


(待って、危ないっ!)


 動きを止めると、今度は魔物の頭ではなく巨大な岩が落ちてきて、入り口があった場所を完全に塞いでしまう。


「近付くなってことか」


(うん、ここはゴセキの山々との境界。近付けば、何が起こるか分からない)


「そうだな、クオン。まずは出来ることをするしかないよな」


 アシスで生き残るには、まず目の前に広がる森を抜けなければならない。そして、俺の小説の中の記憶が残っているのも、洞穴を抜けるまでの短い部分だけ。少なくても、洞穴から出て旅をしているなら、塞がったこと自体は問題にならないのだろう。





 目の前の空間が歪み、閃光が迸る。徐々に光が収まり、そこから現れた黒髪の男。力なく横たわっているが僅かに宙に浮き、手足だけが力なく垂れ下がり床についている。

 突然、黒髪の男の目が大きく見開かれると、今度は逆に鼻と口から光が吸い込まれてゆく。


「まずいわ、すごい勢いで魔力を吸収してる。完全に暴走しているわ!」


「アージ様、時間がありません!このままでは、全てを巻き込んで消滅してしまいます!」


「ライ、あなたは魔力の流れを止めなさい。少しだけでいいわ。後は私が暴走を止めます」


 男の体が膨らむと、着ていた服は弾けて飛散する。左腕が風船のように膨らんだかと思えば、今度は右脚が膨らみ左腕が萎む。


「アージ様、もう時間がありませんぞ!」


 アージと呼ばれた女は、男の心臓の上に両手を翳す。


 男の胸から、光る粒子がアージの両手に吸い込まれるる。アージの細い両腕が歪な形に変形し、膨張と収縮を繰り返すが、変わらず男の体の膨張を続ける。


 アージの体には、薄っすらと体にヒビが入る。吸い込んだ光は、そのヒビから漏れ出し、光の放出と共にヒビも大きく成長する。


 心臓の上に翳していた手を、男の胸の上に載せる。


「拒絶しないで、私の話を聞きなさい」


 胸の上に載せた手が、男の胸の中に沈み込む。


「貴方の名はカショウ。この世界に調和と安定をもたらす者。アシスで生きる術を与えん」


 アージの腕が弾けるが、飛散した腕は細かな粒子となって、男の胸に吸い込まれてゆく。


「ライ、後の事は任せましたよ」


 腕から肩、胸が光る粒子となり、男に吸い込まれていく。そして最後に微笑みを残して、アージの姿は消えてなくなった。



 洞穴の小さな祠に残された、銀髪の老人ライ。暗闇の中でも老人の動きは変わらず、寂れた祠を眺めている。


「アージ様、貴女様は何を考えているのですか?あんな、冴えないヒト族に手を掛けるとは。それがこの結末ですぞ。まあ、ライとしての私の役目はここまで。お陰で、自由に私の思う道を進むことが出来ます」


 しばらく祠を見つめるが、何も変化は起こらない。今度は祠に近付くと、寂れた祠に手を触れる。


「何も答えられんとは。ここまで力を落としてまで、助ける意味があったとは思えませんがな。これは、わたくしからのせめてもの手向け」


 今度は祠の屋根が吹き飛び、積み上げられた石壁が崩れると、中身が露になる。そして、手にした鈍色の棒を突き立てる。


「転移者が現れた、鐘を鳴らせ!」

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