第8話
「ここどこ?」
「・・・図書館」
「どこの?」
「・・・」
コータの話にショックを受けた私は、ぼんやりと運転し、
気づいたら昔よく行っていた実家の近くの小さな図書館に来てしまっていた。
「あなた、どこの図書館か指定しなかったでしょ」
「普通に考えたら、家か学校の近くの図書館だと思うけど?」
「・・・ごめんなさい」
言い訳してみたけど、これはさすがに私が悪い。
素直に謝っておこう。
「勉強できれば、まあどこでもいいか」
そう言って、コータはシートベルトを外し、車から降りようとした。
私としては、ユウさんが出て行った理由を聞けたし、もうコータに用はない。
統矢がなぜユウさんや子供に冷たかったのかはわからないけど、
それはコータに聞いても仕方ないだろう。
「じゃあ、私帰るわ」
「ああ。なあ、ここの最寄り駅ってどこ?」
「・・・さあ」
「さあ?」
「だって、私ここに車でしか来たことないもの。子供の頃から私専用の車があったから、
駅なんて全然知らないわ」
「・・・」
図書館の受付で聞くと、最寄り駅はここから徒歩30分とのこと。
「全然、最寄ってないし」
「・・・そうね」
ジロっとコータが睨む。
「他の図書館まで送ろうか?」
「時間もったいないからここでいい。その代わり俺が勉強終わるまで待ってろよ」
「・・・どうして?」
「どうしてだと思う?」
「・・・送らせるため」
「ご名答。ストーカーやってるくらいなんだから、どうせ暇だろ」
「ストーカーじゃないわよ」
「学校の校門で待ち伏せって、じゅうぶんストーカーだし」
「好きな男の子待ってる、女の子かも知れないでしょ」
「それもストーカーだろ」
「・・・夢がないわね」
でも、確かにこのまま帰っても別に家でやることもない。
私は仕方なくコータに付き合うことにした。
「俺、そろそろ帰りたいんだけど」
「もう?もうちょっと集中して勉強しなさいよ」
「・・・今、7時だけど?」
「え!?」
私は慌てて顔を上げ、時計を見た。
確かに午後7時。
もともと本が好きだったけど、社会人になってからこの1年はゆっくり読む暇がなかった。
それをここぞとばかりに読んでいたから時間が経つのを忘れていたようだ。
「・・・ちょっと、待って。今いいところなの」
「借りればいいだろ」
「あとちょっとで犯人がわかるの!今やめられない!」
コータはため息をつくと再び腰を下ろして英単語を勉強し始めた。
「『ターゲット』!?なつかしい・・・まだあるんだ」
「さっさと読めよ」
「そういえばさっき、赤本やってたよね?あれ、H大の?H大を受けるの?」
「そうだよ」
「・・・受かると思ってるの?」
「さっさと読めって」
結局私たちが図書館を出たのはそれから30分後のことだった。
「腹へったー」
「それ、奢れっていってるの?」
「はあ?」
コータが馬鹿にしたように私を見る。
でも、確かに、卒業式の後、すぐ図書館に来たから、
昼ごはんも食べていない。
さすがに私もお腹がすいた。
「K駅で降ろして」
「K駅ってどこ?」
「・・・学校の近くだよ」
「へえ。私、学校も電車で行ったことないから知らなかった」
「・・・」
本当なんだから仕方ないでしょ。
「廣野家まで送るわよ」
「腹がもたない。K駅のマックで食う」
「受験生が夕食にファーストフード?身体によくないわよ。風邪でもひいたらどうするのよ」
「・・・うるさいオバサン」
「あのね!そのオバサンってやめてよ!私は・・・」
「間宮愛だろ。間宮財閥のおじょーさま」
「私のこと知ってたの?」
「組長の愛人の名前くらいはね」
コータが嫌味っぽく言う。
私もさすがに言い返せない。
「ネェちゃんがいた頃は、毎日弁当作ってくれてたから、夜くらいファーストフードでも平気だったけど、
最近は昼飯も適当だから、やっぱちゃんと食おうかな」
更に嫌味っぽく言う。
この・・・!
「何よ、やっぱりタカッてるんじゃない!」
「タカってないって」
弱味を握られている私としては、仕方ない。
私はため息をついて、どこに連れて行こうかと考え始めた。
「さっきの図書館といい、あんたって結構面白いな」
「そう?」
目の前の店を見てコータが言う。
食べるところなんて、連れてきてもらう専門だから、
誰かを連れて行くなんて初めてで、どこがいいかさっぱりわからなかった。
しかも高校生の男の子。
「私が普段友達と行くような小洒落た小料理屋じゃ量が足りないだろうし、
ちゃんとしたコースの店だと、堅苦しいかな、と思って・・・」
「で、ここ?あんたは車だし、俺は高校生だぞ」
どこにでもある全国チェーンの居酒屋。
さすがにまずいかな。
「お酒を飲まなければ問題ないでしょ」
「こういう場合、普通はファミレスなんじゃない?」
「ふぁみれす、って何?」
「・・・もういい、早く食いたい」
お店は平日のせいか結構空いていて、すぐに案内してもらえた。
「私はウーロン茶」
「俺、生中」
こらこら。
私は小声でたしなめる。
「何言ってるの、ダメよ。未成年でしょ」
「言わなきゃわかんないし」
いつの間にか、高校のブレザーは脱ぎ、学校指定の鞄をそれでくるんでる。
これでどこの生徒かはわからないし、もう今日卒業したんだし・・・
「って、そんな問題じゃない。この後、家でまた勉強するんでしょ?飲んだらできないでしょ」
「廣野組ではビール5杯まではソフトドリンクとみなされてるから」
「・・・」
「これが廣野流。てゆーか、統矢流。文句ある?」
「・・・」
結局、私はウーロン茶でコータがビール。
大いに疑問が残るけど、口の達者なコータにはかなわない。
「うーん、卒業おめでとう」
「何それ?」
「何に乾杯しようかな、と思って。私にはどうでもいいけど、それくらいしか乾杯することないし」
「・・・まあ、いっか」
こうして私たちは、何故かコータの卒業に乾杯して飲み始めた。