第7話
制服を見ていたから、どこの高校の生徒かすぐわかる・・・
なんて推理小説みたいことはない。
というか、制服を見ただけでどこの学校かわかるなんて、どれだけ制服マニアなのよ。
でも、私にはわかった。
だって、コータが着ていた制服を私も5年前まで着ていたから。
私立堀西学園
かなりのお金持ちの子女しか通うことを許されない、いわゆるお坊ちゃま・お嬢様学校だ。
確かに廣野家は金銭面ではじゅうぶんすぎるくらい合格点だけど、
お家柄という点では、どうしてコータがここに通えているのかわからない。
統矢の話では、コータが中学生の時に彼を拾ってきたそうだから、
コータは小学校の時からここに通っていて、そのまま通わせてもらってるのだろう。
ということは、実家もかなりのものということだ。
ユウさんが子供と出て行ったということが気になって、
結局今日も有給を取って、こうして母校に来てしまった。
でも、車を校門の前で止めた瞬間、私は後悔した。
そこには「第55回 私立堀西高等学校 卒業証書授与式」というたて看板があったから。
・・・そうだった。
堀西の高校は、私みたいに大学受験をする生徒のために、卒業式を1月末に行う。
2月、3月いっぱいを受験に集中でいるように。
しまったなー。
あのコータって子が高校3年なら今日確実にここにいるけど、
1年と2年なら、在校生代表の数名以外は今日は休みのはずだ。
まあ、あのヤクザ者のことだ、在校生代表なんてことはありえない。
どうしよう・・・
とりあえず式が終わるまで待ってみようか。
でもいなかったら馬鹿みたいだ。
せっかく有給まで取ったというのに。
そうこうしているうちに式が終わったらしく、
胸に花をつけた生徒がゾロゾロと校舎から出てきた。
ほとんどの生徒はこのまま4月から同じ敷地内の短大か大学に進学するから、
卒業式といってもさっぱりしたもので、
先生達と写真を撮ると、みんなお迎えの車に乗って学校を後にした。
受験組は受験組で別れを惜しむ暇もなく、こちらもさっさと帰っていく。
あの子・・・いるかな?
首を伸ばしてキョロキョロしていると・・・いた!!!
卒業証書が入っている筒を肩に担いでいた。
3年生だったのか、よかった!
だけど、コータは私を見つけると苦虫を噛み潰したような顔をした。
嫌われてるのは百も承知。かかってきなさい。
コータはこの学校ではかなり珍しい徒歩通学らしく、
仕方なさそうに私が立っている校門の方へやってきた。
「・・・なんか用?てゆーか、ストーカー?」
「どうして私があなたをストーカーするよの。少し聞きたいことがあるだけよ」
「俺はあんたに話すことなんてないんだけど?」
「ちょっとでいいのよ。送っていくわ。乗って」
そう言って私は自分の車を指差した。
コータの表情が一瞬緩む。
・・・ちょろいな。
私は心の中でほくそ笑んだ。
私の車はコータくらいの歳の男なら大体が憧れるような、ちょっとイカツイ車だ。
元々、統矢が車を好きだというので、私も車について勉強をしたのだけど、
これは私の方がはまってしまった。
しかも、どうやら車に対する私の趣向はあまり上品とは言えず、
逆に統矢に呆れられてしまったものだ。
今のコータに「乗りたいんでしょう?」なんて言ったら「乗りたくねーよ」と言って、
逃げられてしまうのがオチだ。
私はできるだけさりげなく、「早く乗って」と促した。
コータは渋々という感じで助手席に乗り込む。
でも車内を興味深そうにキョロキョロと見回す姿はなんとも子供っぽくて笑ってしまう。
「・・・なんだよ」
「なんでもないわよ。さあ、どこまでお送りしたらよろしいかしら?廣野家?」
「・・・図書館」
「図書館?どうして?」
「もうすぐ受験だから勉強しないと」
私は驚いた。
「あなた、『外組』なの?大学受験するの?」
「なんで『外組』なんてうちの学校の専門用語知ってるんだよ」
「だって、私も『外組』だったもの」
「・・・ここの卒業生?」
「そうよ。5年前に卒業したの」
「外組」とは堀西の中では、「受験して外部の学校に出て行く人」を意味する。
そのほとんどは、金銭的な理由のため「外組」というのはあまり良い意味では使われない。
「5年前・・・オバサン」
「はあ!?」
思わずギロッ睨む。
こ、この私をつかまえて、こともあろうに「オバサン」!?
なんてガキ・・・!
・・・ダメダメ、何を統矢みたいなことを・・・
「で、何?話って」
「ええと。ユウさんて、どうして出て行ったの?」
「・・・あんた、馬鹿?心当たりねーの?」
ある。
でも。
「統矢はユウさんのこと、とても大切にしていたでしょ?
そりゃ、外では私と浮気してたけど、統矢が一番愛していたのはユウさんよ」
「まさか」
「まさか?どうして?」
コータは刺すように鋭い目で私を見た。
運転中だから私はコータの方を見れないけど、空気でわかる。
「あんたと浮気するようになってから、統矢さんがどれだけネェちゃんに冷たかったと思ってるんだよ」
「え?」
「ネェちゃんと全く話さないどころか目も合わせないし。
蓮だって・・・子供だって一度も抱こうとしなかったんだ」
「・・・」
「ネェちゃんはずっと我慢して、統矢さんを信じて待ってたけどさ。あれは酷すぎるよ。
出て行って当たり前だ」
そんな・・・。
私は統矢の家庭を壊すつもりなんてなかった。
浮気しといて何言ってるんだ、と言われそうだけど、
私はあくまでただの愛人だった。
統矢はああいう世界の人だから、
ユウさんもある程度は覚悟して結婚していると思っていた。
普通のサラリーマン家庭ならそうはいかなだろうけど、
統矢の場合は、外で遊んでいても家で家族を大切にしていれば、大丈夫なはずだ。
それなのに、どうして統矢は家でユウさんと子供を大切にしなかったんだろう・・・?
私に本気になったとも思えない。
それなら別れないはずだもの。
「統矢・・・どうして・・・」
「知るか」
・・・私、何かとんでもないことをしてしまったんじゃないの?
統矢から奥さんと子供を奪ってしまった。
ユウさんから夫を奪ってしまった。
子供から父親を奪ってしまった。
「ユウさんと子供は?今どこにいるの?実家?」
「知らねーよ。ネェちゃんは元々家出して廣野組の使用人になったから、実家じゃないだろうけどさ」
「・・・」
それっきり二人とも黙りこくってしまった。