第6話
それ以来、私の人生は、まさに「女磨き」の人生だった。
年一回だけ統矢と会えるクリスマスパーティ、
その度に成長する私を統矢に見せるのが、私の全てだった。
外面的な美しさはもちろん、
内面も綺麗じゃないと統矢は振り向いてくれないと思った。
お料理とかお作法とか、着物の着付けとかも習った。
統矢が「デキる女が好き」だと言ったから、
小学校から通っていたエスカレーター式の学校は出ることにした。
うちの学校の女の子は短大まで受験なしで上がって、2~3年花嫁修業をして嫁ぐのが普通だけど、
私は大学受験をして結構レベルの高い大学に入った。
男の人とまるで経験のない女もつまらないだろうと思ったから、
統矢以外の男なんて興味なかったけど、告って来る人とはできるだけつきあった。
でも時間を無駄にはできない。
だから似たようなタイプとはつきあわず、選んでつきあうようにした。
インテリ風、スポーツマンから果てはオタク系まで。
まあ、いつも結局「愛は俺のこと好きじゃないんでしょう」と言われて振られて終わったけど。
就職だって、働く必要は全くなかったけど、
キャリアウーマンも経験しといた方がいいと思ったから、
一生懸命就職活動して超難関といわれる化粧品会社の内定を取り付けた。
でも意外なことに、このときは純粋に嬉しかった。
まるで今までの自分が認められたように感じた。
統矢も私が成長していく過程を嬉しそうに見守ってくれた。
特に大学に受かったときは、自分のことのように喜んでくれて、
次の年のパーティの時に、靴をプレゼントしてくれた。
気分はまさにシンデレラだった。
統矢と釣り合う女になれるように・・・
統矢と肩を並べて歩けるように・・・
そう思えば何でも頑張れた。
そして、大学4年の22歳のクリスマスパーティが来た。
統矢と初めて会ってから、9年が過ぎていた。
毎年のように、鏡の前に立ち、全身をチェックする。
今年は真紅のロングドレスだ。
髪も化粧もバッチリ。
でも胸が苦しかった。
統矢は22歳の私を見て結婚するかどうか決めると言った。
今日のこの私を見て、統矢はどう思うだろう?
本当に結婚してくれんだろうか?
統矢は間違いなく私のことを好きだと思う。
大切にしてくれてると思う。
でも、それと結婚するというのは違う気がする。
統矢は私のことを結婚相手として認めてくれるんだろうか・・・
期待と不安を胸に、パーティへと向かった。
今年も統矢は開始時間ギリギリに現れた。
「招かれざる客だから」というのがその理由らしい。
確かにこのパーティの参加者から見れば
ヤクザである統矢は腫れ物かもしれない。
統矢自身も、廣野組を売り込むために仕方なく参加しているだけだ。
でも私にとっては、統矢こそがこのパーティの全てだ。
濃い紫のスーツ姿の統矢を目で追った。
今年も統矢の挨拶まわりが終わったら一緒にテラスに行こう。
そして・・・統矢の気持ちを聞こう。
あれ?
今年はお父様が一緒じゃないようだ。
どうしたんただろう、統矢一人で来ることなんてこの9年間で一度もなかったのに。
・・・いや、一人じゃない、
統矢の少し後ろに小さな女性がついてまわっている。
統矢の腕に手をかけて・・・というより、本当に小さいのでまるでぶら下がってるみたいだ。
胸がざわついた。
彼女は誰だろう?
知りたい。
でも怖い。
挨拶まわりを終えてもテラスにでようとしない統矢に業を煮やし、
私は統矢に話しかけた。
できるだけいつも通り。
「統矢」
声、震えてないかな。
統矢は少し気まずそうな顔をしたけど、すぐにいつもの優しい表情になった。
「愛。一年ぶりだな。元気か?」
「ええ、元気よ。そちらは?」
そういって、統矢の少し後ろの女性に目を向ける。
統矢が返事をするより早く、失礼も気にせず私は彼女の全身を眺めた。
本当に小さい。
150センチもないんじゃないかな。
綺麗というよりは可愛らしい感じの女性だ。
それに随分と若いように見える。
そして・・・
私の目は彼女のお腹のところで止まった。
その大きなお腹は彼女の立場を何より雄弁に語っていた。
「妻のユウだ。ユウ、こちらは間宮財閥のお嬢様の愛さん」
「はじめまして、ユウさん」
「あ・・・はじめまして・・・」
ユウと紹介されたその女性は、少し戸惑いながら私に挨拶した。
私は、と言えば、予想していた答えだったとはいえ、
「少し戸惑い」どころの騒ぎではない。
妻・・・
じゃあ・・・
結婚したんだ・・・
ユウさんを見る。
私とは明らかに違うタイプの女性だ。
外見も。たぶん中身も。
統矢はこの人を選んだ。私ではなくこの人を。
「ユウさんておいくつ?」
「えっと、19歳です」
「19!?」
私、なんて失礼な質問を・・・
しかも、なんて反応・・・
あまりの大人気なさに自分に呆れてしまう。
そんな私に、ユウさんは申し訳なく思ったのか、付け足すように言った。
「あ、でも、来年の3月には20歳になります」
「・・・そう」
二十歳。
統矢と9つも違うじゃない。
私よりも2つも年下じゃない。
私は統矢との差を少しでも埋めたくて頑張ってきた。
統矢の横に立てるように頑張ってきた。
でもユウさんは違う。
統矢との年の差なんてまるで気にしてないみたいだ。
統矢の横に立とうとも思ってない。
ごく自然に統矢の一歩後ろに立ち、それでいてごく自然に統矢と対等だ。
統矢はそんなこの人を選んだ。
「おめでとう。お幸せに」
そう言うのが精一杯だった。
今すぐにでも帰りたかった。
もう一秒たりともここにいたくなかった。
でも、お爺ちゃんと来ているから勝手に帰る訳にもいかない。
こんなの生殺しだ。
ならば見なければいいのだけど、どうしても目は二人を追ってしまう。
統矢とユウさんは相変わらず部屋の隅っこの方にいた。
ユウさんは美味しそうにお料理を頬張り、
統矢がたまにユウさんのお皿からつまみ食いをしていた。
私と一緒の時はお料理なんて食べたことなかったのに・・・
だけど統矢の表情は冴えない。
無表情・・・というより、ムスッとしている。
私といるときはいつもとても優しい笑顔なのに、どうしたんだろう。
でもユウさんはそんな統矢にはお構いなしで、
一人でしきりにしゃべり、笑っている。
遠目から見るとちょっとイタイ女だ。
統矢は不機嫌なままユウさんの方を見ようともせず、会場を見渡していた。
もしかして、この結婚は統矢にとって幸せなものじゃないのかな?
政略結婚とか?
だけど、ユウさんが何を言ったのか、統矢がチラッとユウさんを見た。
表情は変えない。相変わらずムスッとしたままだ。
でも、その瞳の奥には私が見たこともないような優しさがあった。
まるで、大切な宝物でもみているような・・・
統矢はユウさんの耳元で何か2,3言話すと、またユウさんから目を逸らし、
不機嫌そうな表情に戻った。
ユウさんは嬉しそうに、うんうんと頷き、また一人で話し出した。
私といる時の統矢はいつも優しかった。笑顔だった。
でもそれは本当の統矢じゃなかったんだ。
統矢はヤクザだ。
そんないつもニコニコしているはずがない。
今ユウさんの前にいる統矢、あれが本当の統矢なんだ。
統矢は私には本当の顔を、ヤクザの顔を見せなかった。
それは私が統矢にとって大切な存在だったから。
そう、まるで大事な妹のような・・・
負けた、と思った。
正直、どうしてせめて今日の22歳のクリスマスパーティまで待ってくれなかったのよ、と
恨めしい気持ちもあった。
でも、今日の私を見たところで、やっぱり統矢はユウさんを選んだだろう。
統矢を責めるわけにはいかない。
恋愛は理屈じゃない。
今日は最高の日になるか、最低の日になるか、どっちかだった。
それが後者になっただけ。
仕方がない。
シンデレラの魔法は解けてしまった。
私はぼんやりとシャンデリアを眺めた。