第3話
鏡の前で、くるっと一回まわる。
胸のすぐ下で切り替えのある白いワンピースのすそがフワッと広がる。
うん、いい感じ。
でも、もう中学1年生なんだから、もう少し大人っぽい服でもよかったかな?
お化粧は、マスカラと・・・口紅はちょっと派手になっちゃうからプルンとなるグロスにしよう。
髪の毛は、あんまりキチッとするとピアノの発表会みたいだから、
軽くアップにして、後ろは流す。
よし、完璧!
鏡の中に向かってニコッと微笑む。
我ながらかわいいと思う。
生まれつき背が高く、手足も長いから、高校生は無理でも中学3年生くらいで通りそうだ。
でも・・・
こんなにお洒落しても別に見せたい人がいるわけじゃない。
そう思ったとたん、鏡の中の表情が曇る。
今日は10歳になった頃からお爺ちゃんに毎年連れて行かれているクリスマスパーティだ。
クリスマスパーティなんて言うと、いかにも華やかそうだけど、
その実ただの、政治家達の見栄の張り合いの場。
13歳の私には退屈すぎる。
それでもお爺ちゃんが私を連れて行くのは、自慢の孫を見せびらかせたいのと・・・
私のお婿さん候補探しだ。
あんな中年のオジサンばっかりのパーティでどうやって私のお婿さんを探すというんだろう。
どんなに若い人でも30代だ。
それに、あんな踏ん反り返った人たちは私のタイプじゃない。
クラスの男子も子供っぽくて話にならないけど、あのオジサン連中よりはマシだ。
「愛。支度はできたか?」
「うん」
「おお、かわいいじゃないか。そうか、愛ももう中学生だからな」
お爺ちゃんは嬉しそうに笑う。
私もこういう風に言われると悪い気はしない。
うちは間宮財閥という資産家で、お爺ちゃんが今そのトップに立っている。
ワンマンだし、突拍子もないことを言い出すから「困ったお爺ちゃん」でもあるけど、
私のことは眼に入れても痛くないくらいかわいがってくれるし、
贅沢をさせてくれる。
大好きなお爺ちゃんだ。
「行こうか」
「はーい」
私はお爺ちゃんの腕に手を絡ませて、リムジンに乗り込んだ。
煌くシャンデリアに美しく着飾った人々、
テーブルにたくさん並べられたお料理とお酒。
まるでシンデレラの世界だ。
でも・・・やっぱり退屈。
私は手近な壁に持たれ、赤ワインを舐めていた。
今日だけはクリスマスパーティということで、お爺ちゃんからお許しを貰って飲んでみたけど、
何これ?マズすぎ。
でも、ワイングラスを持っているだけで大人の気分が味わえるから我慢してちょっとずつ飲む。
当のお爺ちゃんは挨拶まわりで忙しそうだ。
もっとも、挨拶される方が断然多いけど。
こんなパーティ、お料理を食べるくらいしか楽しみがないけど、
最近体重も気になるし、思いっきり食べる訳にもいかない。
ああ、息が詰まりそう・・・
そうだ、テラスに出てみよう。
さすがに12月だけあって寒いので、
テラスに出ようと言う人はいないだろう。
特に、このパーティに参加している歳の人は。
テラスを独り占めできると思って、扉を開けて・・・
驚いた。
タキシード姿の先客がいたのだ。
こんな寒いのに、変わった人もいるんだなあ。
その人はテラスの手すりに腰を軽くかけて煙草を吸っていた。
随分と若い。せいぜい二十歳くらいだろう。
私はその人から目が離せなくなった。
その人は、このパーティでは随分変わった存在に思えた。
若いというのもあるけど、
なんて言うか・・・雰囲気が他の人と全然違う。
堂々としてるけど踏ん反り返ってる訳でもない。
ちょっと斜に構えてる風ではあるけど、嫌味な感じもない。
それに・・・
かっこいい。
私はその場に立ち尽くし、じっとその人を見つめた。
すると突然、その人が私の方に振り返り、驚いた顔をした。
「この寒いのに、物好きもいるもんだな」
「・・・そちらこそ」
「俺は一応長袖だからな。そっちは見るからに寒そうだけど?」
そういえば、私半そでのワンピース着てるんだった。
そう気がついた瞬間、私は盛大にクシャミをした。
「はい」
その人は私にタキシードの上着を貸してくれた。
「・・・ありがとう」
「ございます」の言葉を飲み込んだ。
私は普段から、「目上や年上の人には丁寧な言葉遣いをすること」と学校で厳しく言われている。
お爺ちゃんもお父さんも、「間宮家の一人娘だからと言って、横柄な態度は取るんじゃない」と
言っている。
だから、こんな年上の人にこんな言葉遣い、普段なら絶対にしないけど、
この人には子供って思われたくなかった。
対等に思われたかった。
だから頑張ってわざとタメ語で話そうと思ったのだ。
だけど、その人は私のそんな気持ちには全く気づかず、ズケズケと酷いことを言った。
「何それ?ワイン?ガキがそんなもん飲むなよ」
「・・・ガキじゃないわ」
「ガキだろ」
「中学1年生よ。13歳よ」
「立派なガキじゃねーか」
「もう大人よ」
ははは、とその人は笑った。
「そうかそうか、これは失礼」
「なによ、あなただってあまり大人には見えないけど?」
「19歳だから、あんたよりは遥かに大人だと思うけど?」
「・・・6つ、しか、かわらないじゃない」
本当は、そんなに違うのかとショックだった。
これじゃガキだと言われても仕方ない。
「7つだ。俺、3月で二十歳だから」
7つ・・・。
「あと、私、ガキでもなければ『あんた』でもないわ。愛って言うの。間宮愛。あなたは?」
「俺は廣野統矢」
廣野?そんな政治家いたっけ?聞いたことがない。
もちろんこの人自身が政治家な訳はないけど・・・
私は失礼を承知で、わざと高飛車な態度を取った。
「じゃあ、統矢って呼んでいい?私は愛でいいわ」
うわー、恥ずかしい・・・こんな年上の人に・・・
でも、「統矢」はそんなことは気にならないようで、「いいよ」と笑って言った。