第22話
もう6件目の「102号室」
でもやっぱり空振り。
というか、今まで訪ねた6件のうち、在宅は1件のみ。
他の5件にユウさんが住んでいる可能性もある。
てことは、また後でさっきの5件も回り直さないといけないということ?
ああ・・・気が遠くなりそう。
防犯上の理由だと思うけど、表札も出ていない。
さらに昼間なのに人もおらず訊ねることもできない。
あ。
さっき在宅していた「102号室」さんに5-C棟の場所を聞けばよかった!
戻ろうかな・・・でも怪しい人だと思われないかな・・・もう出かけてるかもしれないし・・・
やっぱり地道にいこう。
そう思い、6件目の「102号室」を後にしようとしたとき、
後ろから子供の声がした。
まさか!と思って振り返ると、私と同じ歳くらいの女性が小さな男の子と女の子を連れて
こっちに向かってきた。
なんだ・・・ユウさんかと思ったけど違った。
でも、この人に5-C棟の場所を聞いてみよう!
その女性は隣の103号室に入ろうとした。
私はタイミングを見計らって、「すみません」と声をかけようとして・・・
固まった。
この男の子!!
一言で表現するなら、「プチ統矢」!!
似ている。
ものすごく似ている。
私の怪しげな視線に気づいたのか、女性の方から声をかけてきた。
「何かご用?」
「あ、あの私、5-C棟を探してるんですけど・・・」
「ここが5-C棟だけど」
「!!!じゃあ、ここ、この102号室って岩城さんのお宅ですか?」
「そうよ。岩城さんに用事があるの?今、お留守よ」
やった!
やっと見つけた!!
そして、この子はやっぱり・・・
「蓮君?」
私は男の子の方を見て、聞いた。
その男の子は、誰?この人?と言う顔をしながらも、
「うん。僕、岩城蓮だよ」
と、答えてくれた!
私は・・・何故かわからないけど、いつの間にか涙ぐんでいた。
この子が蓮君・・・
統矢とユウさんの子供・・・
私がとんでもない迷惑をかけてしまった子供・・・
そんな私を見て、女性が訝しげに訊ねた。
「あなた、もしかして『愛人さん』?」
「え?」
「あ、違ったらごめんなさいね」
愛人さん・・・
「いえ、そうです。間違ってません」
「そう」
その女性はそう言うと、私を繁々と見つめた。
軽蔑するでもなく、非難するでもなく、ごく普通に見つめた。
恐らくユウさんは、この活発でさっぱりした印象の女性と仲がいいのだろう。
そして、ヤクザ云々ということまで説明しているかはわかならないけど、
「夫が愛人を作ったから別れた」くらいのことは話しているようだ。
「岩城さんは、昼間はお仕事しているから夕方まで帰らないよ。
今日は私は休みだから、蓮を預かってるの」
「そうなんですか」
「よかったら、うちに上がらない?」
「え?」
思わぬ申し入れに目を丸くする。
「あなたはともかく、そのお嬢ちゃん、随分疲れてるみたいだし」
「・・・」
確かに。
美優は私の腕の中で、こっくりこっくりと船を漕いでいた。
「・・・いいんですか?」
「どうぞ。冗談抜きで狭いけど」
本当に冗談抜きで狭かった。
全部屋あわせてもうちのマンションのリビングくらい。
しかもその中に所狭しとおもちゃや服が広がっているので、
文字通り足の踏み場もない。
「適当に座って」
「は、はい」
私はかろうじて座れるスペースを見つけ、腰を下ろす。
確かに狭いし、ちらかってる。
でも、ゴミとかホコリは落ちてないし、崩れてくるような荷物の積み方はしていない。
子供に危ないものは全て子供の目につかない所に置かれている。
うちなんて、私がちょっと気を抜けば、すぐにホコリとかが溜まっちゃうのに・・・
いくら見た目が立派なマンションでも、本当に立派かどうかはこういうところで決まるのかもしれない。
私は安心して、美優を畳の上においた。
そのまま寝てしまうかな、と思ったけど、おもちゃの山が目に入ったらしく、
すっかり覚醒して山の中にダイブしに行ってしまった。
「どうぞ」
「あ、すみません。ありがとうございます」
女性がお茶を出してくれた。美優用に少し温めたミルクも一緒に出してくれる。
ありがたい・・・。
「私は山尾佳奈。そっちが娘のサナで・・・蓮のことは知ってるの?」
「いえ、名前だけしか知らなかったんですけど、蓮君の父親とあまりにそっくりなんで、
すぐにわかりました」
「そっか」
「あ。私は間宮愛です。娘は美優といいます」
「結婚したの?例の彼と」
「いえ、私も彼とは別れました。今は別の人と結婚しています」
山尾さんは、相変わらず私のことを軽蔑する様子もない。
なんとなく信頼できる気がする。
山尾さんは、またじーっと私を見つめ、口を開いた。
「間宮さん、今幸せ?」
「え?は、はい。幸せです」
なんだか申し訳ない気持ちになる。
「そう。よかったわ。でもね、結子はもっと幸せだよ」
「・・・それって、結婚された、ってことですか?」
「違う違う。結子は口に出して言わないけど、たぶんまだ蓮の父親のことが好きよ。
だから他の人と結婚はしないと思う」
やっぱり!
じゃあ、ぜひ戻ってきてもらおう!
「でも、結子は今とっても幸せだよ」
「え?」
「証拠もあるし」
「証拠?」
「そう。あれ」
そう言って、山尾さんは視線を窓際に移す。
そこには、美優と遊んでくれている連君とサナちゃんがいた。
私は山尾さんの言っている意味がわからず、しばらく蓮君とサナちゃんを見ていた。
・・・
なんだろう。
二人が物凄く輝いて見える。
お世辞にも着ている服はいい物とは言えない。
何回も何回も洗っているのだろう、ヨレヨレだし、シミだらけだ。
遊んでいるおもちゃもかなり年季が入っていて、誰かのお下がりのようだ。
だけど、二人の目はキラキラと輝いている。
毎日が楽しくって仕方がない!!!
そんなオーラが体中から溢れている。
「二人とも楽しそうでしょ?」
「はい・・・」
「親が幸せじゃないと、子供はああはならないよ」
「・・・」
「私も結子もシングルマザーだけどさ、今、とっても幸せ」
「・・・」
「子供達もね」
なんだか胸のつかえがスッとなくなった気がした。
ユウさんは幸せなんだ・・・
本当に幸せなんだ・・・
それをこの蓮君が証明してくれている。
私はユウさんと蓮君に謝りに来た。
二人を連れ戻しに来た。
それは二人が今、幸せじゃないと思っていたから。
でも、そうじゃなかった。
二人は今、幸せなんだ。
「山尾さん、ありがとうございます。私、帰ります」
「うん」
「本当に、ありがとうございます」
「いいえ、どういたしまして」
山尾さんはニッコリと微笑んだ。
私が美優に、帰るわよと言うと、蓮君とサナちゃんから大ブーイングが来た。
「えー!もっと一緒に遊びたい!!」
「蓮、ワガママ言わないの」
「だってー。赤ちゃん、かわいいもん」
「あんたもじゅうぶん赤ちゃんだよ」
「違うー!僕、もう3歳だもん!」
「サナももう3歳だもん!」
「そうだね、もう3歳だもんね。じゃあ、お菓子は我慢しようか」
「ヤダー!!!!」
「じゃあ、ちゃんと美優ちゃんと美優ちゃんのママにバイバイしなさい」
「バイバーイ!」
うわ。さっぱりしてるな。
お菓子の威力はすごい。
私は何度も何度も山尾さんにお礼を言いつつ、山尾家を去った。
もう私がユウさんに会う必要はない。
むしろ会わない方がいい。
私は、すっかり眠ってしまった美優をギュッと抱き締め、歩き出した。