第21話
「・・・すごいわね」
「わね」
「真似しないでよ、美優」
「ぶう」
私は目の前にそびえたつ、たくさんの団地を呆然と見渡した。
住所は確かにあっている。
部屋番号は、
5-C棟 102号室。
さあ、どれが5-C棟だ?
こういう密集型の団地を訪れるのは初めてだ。
目当ての棟をどうやって探せばいいのか検討もつかない。
102号室ということは、おそらく1階の部屋なんだろうけど・・・
しかたない、手当たり次第にそれぞれの棟の「102号室」を訪ねよう。
まだ3月とはいえ、昼間は温か過ぎるくらいだ。
もうちょっと薄着でくればよかった・・・
少し後悔しながらも、すでに11キロもある美優を抱っこし、私は無暗やたらに歩き始めた。
結婚式の日、私は本当に幸せだった。
私の家族にも幸太の家族にも祝福され、私の隣には幸太がいて、その腕の中には美優がいる。
幸太に笑われるほど私は泣いた。
こんなにも温かい涙は初めてだった。
でもそれと同時に湧き上がる罪悪感。
私は、私のワガママのせいで統矢とユウさん、それに蓮君からこんな幸せを奪ってしまった。
自分が味わって初めてわかる幸せの重さ。
それと同じ重さの罪。
幸太は私が訊ねればユウさんの話をたくさんしてくれた。
でも、あの1年間、ユウさんがどういう風に過ごしていたのかはあまり話してくれなかった。
だけど美優が生まれてから、私はユウさんが一体どんな気持ちで蓮君と一緒にあの1年間を過ごしてたのか、
どうしても知りたくなり何回も幸太に話してほしいとねだった。
そして、幸太も少しずつ話してくれるようになった。
統矢と私の関係は、ユウさんの出産の2ヶ月ほど前から始まった。
だからユウさんは一人で子供を産み、狭い部屋で一人で育てていた。
籍は統矢の誕生日に入れるはずだったけど、私が統矢と一緒にいたから、できなかった。
そして結局二人はそのまま入籍しなかった。
ユウさんの二十歳の誕生日も私が統矢を帰さなかったため、幸太と一緒に祝った。
蓮君のお宮参りや初節句は・・・
蓮君は廣野組の跡取りだ、本来ならそういう行事はかなり本格的に行うべきなのに、
統矢がしようとしなかったので、いつもユウさんと幸太の二人で簡単に行っていた。
月日が経つにつれ、ユウさんと蓮君は組の中でも肩身が狭くなっていった。
それでもユウさんは統矢や私を悪く言うことなく、
ひたすら統矢を信じて待っていた。
そんなユウさんを見かねて、統矢の側近の一人が統矢に意見した。
その時弾みで、その側近が統矢を殴ってしまい、彼は組を追われた。
ユウさんは彼に絶大な信頼を寄せていたため、
彼がいなくなったのはユウさんにとって、かなりショックだったようだ。
そしてユウさんはクリスマスの朝に、廣野家を出て行った。
ユウさんも幸太も、統矢と私の関係がクリスマスまでのものと知らなかった。
でも、もし知っていたとしても、ユウさんは出て行ったのではないか、と思えた。
そんなにも・・・
私はそんなにもユウさんを追い詰めてしまっていたのだ。
そして幸せを奪ってしまった。
それなのに、今私は幸せすぎて涙が止まらない。
私ってなんて自分勝手な人間なんだろう・・・
そう思うといてもたってもいられなかった。
―――ユウさんと蓮君を探そう。
そして謝ろう。
そして・・・
統矢のところに戻るように頼もう。
統矢は今でもユウさんのことが好きだ。
それはわかっている。
なぜなら・・・
幸太の司法試験合格祝いに、11月末に統矢と幸太が一緒に酒盛りをしたらしい。
その時に、幸太は初めて統矢から、あの1年間どうしてユウさんに冷たくしていたのか聞いた。
それは・・・
申し訳なくてユウさんの顔が見れなかったそうだ。
外で他の女を抱いている手で、ユウさんや蓮君を触れなかったというのだ。
「統矢さんて、変なところで純粋だよね」
と幸太は笑っていた。
「でも統矢さんらしい」
うん。私もそう思う。
統矢にはそういう不器用なところがある。
そこが統矢のいいところだ。
ユウさんも、たぶん・・・たぶん統矢のことを忘れていないはずだ。
私のせいで遅くなってしまったけど、もう一度3人で幸せになってほしい。
私は教会で幸太との永遠の愛を誓うと同時に、そう心に決めた。
それから私はすぐに興信所を使って、二人の居場所を探し始めた。
美優が1歳になって、私も復職したため、お金も少し余裕ができていた。
手がかりは、
「岩城結子 22歳 3月31日で23歳、 岩城蓮 2歳 2月1日で3歳」
ということだけ。
これだけで見つかるのかな、と思ったけど、さすがプロ。
2ヶ月ほどで、二人の住む家の住所を調べあげてくれた。
東京から新幹線と電車で2時間くらいの片田舎だ。
本当ならすぐにでも飛んでいきたかったけど、
全ては幸太には内緒だ。
だって、ユウさんが出て行ったことは私の責任で、幸太には何も関係ない。
それに、ユウさんが戻ってきてくれれば、幸太もこれからいくらだってユウさんに会える。
だから今は一人で会いに行きたかった。
そういう訳で、幸太が丸1日いない日を狙っていたのだけど・・・
司法試験に受かり、この4月から始まる司法修習まではごく普通の大学生である幸太は、
大学に行く以外はほとんど家で美優とゴロゴロしていた。
つかの間の休息ってやつだ。
一方私は仕事がある。
だから、なかなか、今日こそは!という日がなかった。
それが、幸太が昨日から友達と一泊の温泉旅行に出かけた!
昨日は私も仕事があったけど今日は日曜で休みだ。
幸太も今日は遅くまで帰ってこない。
ちなみに幸太の「友達」というのは、大学の友達ではなく、
廣野組の友達だ。
廣野組では今までダントツで最年少だった幸太だけど、
高校を卒業した頃から、組にチラホラと同世代の子が入ってきた。
それがとても嬉しいらしく、すっかり仲良しになり、たまにうちに連れてきたりもする。
美優の教育にいいかどうかは別として・・・
とにかく、そういうヤクザ友達と一泊の温泉旅行、って・・・
それって絶対連れ込み旅館とかでしょ!?
まあ、幸太もヤクザな訳だし、これから女は私一人とは限らないかも・・・
なんてヤクザの女房らしく心が広くなった今日この頃。
幸太は「そんなとこに行くんじゃない!俺は絶対浮気したりしない!」と
胸を張ってるけど、いかんせん統矢仕込みの幸太だ。
そういう点では全く信用ならない。
この私が言うのだから間違いない。
まあ、そんな話は置いておいて、
今日はまさに絶好のチャンス!
と、ばかりに私は美優と新幹線に乗り込んだ。
・・・で、この始末だ。
5-C棟さーん、
どこですかー?