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第19話

「ママー、おま、おま」

「おま?ああ、おやま、ね」

「うん、おま」

「あれはねー、ふじさん、って言うおやまなのよ」

「ふじちゃん」

「ふふ、それでいいわ」


新幹線の窓からは、3月の澄み切った暖かな空にそびえたつ立派な富士山が見えていた。

1歳半の美優みゆうは初めての新幹線と初めての富士山に大興奮だ。

窓にへばりつき、鼻が潰れている。

スカートの裾からはミッキーのオムツが丸見えだ。


ふふふ

本当にかわいい。

一挙手一動、全てが愛おしい。


この子を産むのをやめようと思っていたなんて、信じられない。





幸太が転がり込んできた勢いで一緒に暮らし始めてちょうど2年。

早いものだ。


最初の頃は大変だった。

いや、大変だったけど、私は大変だとは全く感じなかった。


「この人と一緒ならどんな苦労も乗り越えて行けるわ」という、

乙女チックな気持ちも多少あったけど、それだけでは現実の苦労は減らない。


現実の苦労を減らしてくれたのは、幸太の決断力と行動力だった。

それはもう、高校を卒業したての18歳とは思えないほど。

これも統矢譲りなのか、生まれつきなのか・・・



「統矢にはなんて言おう・・・」

「あ、俺もう言っちゃった」

「ええ!?なんて?」

「愛が俺の子を妊娠したから一緒に暮らしますって」

「・・・」

「今更正直に、統矢さんの子なんですけど俺の子として愛と一緒に育てます、って言っても

しょうがないだろ?」


それもそうだ。

いくらユウさんが出て行ったとはいえ、統矢が私を妻にするとは思えないし、

私ももうそんな気はない。

それなら幸太の子として育てるのが統矢にとっても子供にとってもいいだろう。

でも・・・


「幸太はそれでいいの?」

「何が?」

「だって、本当は幸太の子じゃないのに・・・そこまでしてくれなくていいのよ?」

「じゃあ、別れる?」

「・・・イヤ」

「だったらくだらないこと聞かないの」


それもそうだ。


という訳で、子供についての話は終了した。

わずか1分ほどだった。


「あと、愛の親に話さないとね」

「あ」

「明日会いに行こう。ほら、電話して」

「うん・・・でも・・・」


さすがに言いづらい。怒るに決まってる。


「車で事故って人を死なせてしまいました、って報告だったらしにくいけどさ。

子供ができたから結婚します、なんてメデタイこと、すごく報告しやすいじゃん」


それもそうだ。

こんなメデタイことはない。

なんだか幸太の口車に上手く乗せられて、親には簡単に報告してしまえた。


だけど、両親もお爺ちゃんも大激怒。

どうしてよ?こんなにメデタイことなのに。

と、すっかり幸太に感化されてしまった。


一応翌日に幸太と私の実家に行ったけど、文字通り「門前払い」。

家に入れてももらえなかった。


「・・・ごめんね」

「なんで?また来たらいいじゃん」


それもそうだ。

また来ればいい。


「あ、幸太の実家は?」

「結婚するときでいいよ。愛の親が許してくれるまで結婚はできないでしょ?

てゆーか、愛がしたくないでしょ?」

「うん・・・」

「だから、愛の親が許してくれて結婚できるようになってからでいいよ。まあ、家出してから

全然連絡取ってないし、今更報告しなくても別にいいけど」

「ダメよ。子供もできたんだし、ちゃんとご挨拶に伺わないと!」

「あはは、すっかり俺の子だね」

「あ・・・ごめん」

「なんで?それでいいじゃん」


そうだ、それでいい。



普通だったら物凄く悩むようなことばかりなのに、幸太と一緒だとなんでもないことに思えた。

幸太が言うことは何でも的を得ていて「それでいい」と思えた。


そう、実際なんでもないことなんだ。

「大変だ」って勝手に思い込んでるから、大変になってしまってるだけ。

ちょっと見方を変えれば、大変でもなんでもない。



でも、本当に「大変」なこともあった。

お金だ。

私が産休に入ると完全に収入が途絶えてしまった。

育児手当も少しは出るけど、それではとても生活できない。

当然、私の親からの援助はない。


できる金策は全てした。

まず、維持費がかかるので車を手放した。

下取り費用で多少の貯金もできた。


私が持っていたアクセサリー類もほとんど売った。

統矢からもらったダイヤのネックレスを売れば、

いっきに莫大なお金が手に入るけど、これは幸太が反対した。

長年の片思いのご褒美として大切にしたらいい、と言ってくれた。


買い物も外食も控えた。

大学へ行く幸太にもお弁当を毎日作った。


幸太も「バイトする」と言ってくれたけど、

それよりも勉強を頑張って、1年でも早く司法試験に受かってくれる方が助かるので、これは私が断った。


そして何よりも助けになったのは、統矢からのお祝いだった。

こんなに貰っていいのかと思うくらい包んでくれたのだ。

正直、統矢と私の今までの関係を考えると受け取っていいものか悩んだ。

でも・・・

統矢はたぶん、この子が自分の子だと気づいてる。

このお祝いは、父親だと名乗れない統矢がこの子にできる精一杯のことだと思い、

ありがたく受け取ることにした。



そして、9月末に美優が生まれた。


出産にしても子育てにして、ユウさんと蓮君を見てきた幸太は手馴れていた。

私が泣き止まない美優を抱いてオロオロしてても、幸太は動じることもなく、

美優が泣き止むまで楽しそうに抱っこしていた。

離乳食をあまり食べない、と私が落ち込んでいても、

幸太は「大丈夫、大丈夫」と笑いながら、根気強く美優に離乳食を与えてくれた。


それに勉強もすごく頑張っていた。

「早く、ヒモ状態を脱しないとねー」と、相変わらずの笑顔で。


そして・・・

それがどれくらい凄い事なのか、私にはわからないけど、

幸太は2年目で見事に司法試験をパスした。







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