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第18話

どうして?

どうして、今なの?


幸太に会う前だったら、私はきっと物凄く喜んでいただろう。

統矢と家庭を持つことができないのはわかっていたけど、

統矢の子なら、一人で産んで一人で育てることになんの迷いもなかった。


実際、統矢と付き合っているとき、妊娠を期待したこともあった。

もし妊娠したら、愛人という立場は変わらなくても、統矢を繋ぎとめておけるかもしれない、

そんなズルイ計算も少しあった。


でも統矢が気をつけていたので、妊娠できなかった。


それなのに、どうして今になって・・・


あんなに好きだった統矢の子だ。

正直、今でも産みたい気持ちもある。

でも、それは同時に幸太との別れを意味する。


今の私に、幸太と別れてまでこの子を産む勇気があるだろうか。


「今日、会社で貧血起こして倒れたの。それで病院に行ってわかったの・・・」

「うん」

「だから・・・私もさっき知ったところで、まだ気持ちの整理がついてないの・・・

悪いけど、今日は一人にしてくれないかな・・・」

「うん、わかった」


そう言うと、幸太は家から出て行った。



幸太に、まだ18歳で、しかも統矢の弟分の幸太に、何を期待してたんだろう。


私は幸太が出て行った扉を見つめた。

去年のクリスマス、統矢が出て行った二度と開かない扉を見つめていた時のように。


そして・・・

きっとこの扉もまた、二度と開かないのだろう。





妊娠がわかって3日が経った。

産むか産まないか、悩みに悩むだろう、

そう思っていたけど、正直、あまりそのことは考えなかった。


それよりも私の頭は他のことでいっぱいだった。


この3日間、幸太から全く連絡がない。

幸太が出て行ったとき、もうこれで終わりだろうと覚悟してたけど、

もしかしたら、という気持ちもあった。


だけど、電話もメールも何もない。

こんなこと、初めてだ。

もう本当に連絡してこないのかもしれない。


3日間、私は泣き暮らしていた訳ではない。

普通に朝起きて、ご飯を食べ、会社に行き、帰ってきて、お風呂に入ってまた眠る。

仕事だっていつも通りきちんとできた。


一昨年や去年のクリスマスの失恋の時は、とにかく泣きまくっていた。

もう死んでしまいたいと思った。


でも今は違う。

涙は出てこない。


だけど・・・

何をしていても実感がない。

フワフワした感じ。

何を食べても美味しくないし、仕事がうまくいっても嬉しくない。

朝起きてもスッキリしないし、夜も眠たいと思わない。


これって・・・

生きてるって言うのかな?

死にながらにして生きているような・・・


身体は動いてるけど、私の心は完全に死んでいた。


ダメだ。

こんな状態じゃ、とてもじゃないけど子供なんて産めないし育てられない。

かわいいと思えない。


自然と答えは出ていた。


子供はおろそう。


そうすれば、もしかしたら幸太も戻ってきてくれるかもしれない。

たぶん無理だろうけど可能性はゼロじゃない。



私は会社を早退して病院へ行った。


「もう3ヶ月ですからね。できるだけ早い方がいいでしょう」

「・・・はい」

「明々後日に手術します。明後日、お仕事が終わったら一度きてください。前処理をします。

明々後日は会社をお休みしてくださいね。その次の日からは普通に出社できますから」

「・・・はい、よろしくお願いします」



家に帰り、お風呂に入った。

・・・喉が渇いたな。

そう思い、冷蔵庫を開ける。


中にはミネラルウォーターと麦茶、それとビールがあった。

ミネラルウォーターを取り出しかけて手を止める。


そうだ。子供はおろすんだ。別にお酒を飲んだっていいじゃない。


ミネラルウォーターはしまって、代わりにビールを出し、プルトップを引く。


私はどちらかと言うと、発泡酒の方が好きなんだけどな。

ビールは苦い。


でも幸太はいっちょまえにビールしか飲まないから、

うちの冷蔵庫もいつの間にかビールだけになった。


そう言えば、統矢もビール専門だったな。

幸太のビール好きも統矢の影響だろう。

幸太はほんと、統矢のことが好きなんだなあ。

って、私もそうだったんだけど。


コンロにもたれかかってビールを一口飲む。


苦い。

ほら、やっぱり苦いじゃない。


いつの間にか、視界がぼやけていた。


幸太と一緒だったらこんな苦いビールも飲めたのに・・・

一人じゃとても飲めないよ・・・



ガチャガチャ


え?

何!?


玄関で鍵を開ける音がした。

私は缶を落としそうになるほど驚いた。


―――泥棒!?


冷静に考えれば、こんなセキュリティのしっかりしたマンションに、

しかも暗くなる前に玄関から堂々と泥棒が入ってくる訳がない。


もしかして、幸太かも、とは少しも思わなかった。

だってもう来てくれないと思ってたから。

だから泥棒だと思った。


だから・・・


「愛ー?帰ってる?って、うわ!何、妊婦のくせに酒なんか飲んでるの!?」

「・・・」

「まったく、ネェちゃんじゃあるまいし」

「・・・」

「ネェちゃんさ、前の組長の葬式んとき、妊娠してるのに酒を一気飲みしてぶっ倒れたんだよ。

いくら偲び酒だって言っても、バカだよなー。よく無事に産めたもんだ」

「・・・幸太・・・何しに来たの?」


幸太は心底傷ついた、という顔をした。


「え?俺、来ちゃダメ?」

「そうじゃなくって・・・」

「愛ってさ、手取りいくら?」

「は?」

「会社の給料。手取りでいくら?」

「・・・25万くらい」

「このマンションは持家なんだよな?家賃てないんだよな?」

「・・・うん」

「俺の学費と、司法試験のための専門学校の費用は今までどおり統矢さんが出してくれるから・・・

うん、なんとかなるな」

「・・・何が?」


一人で勝手に話して、一人で勝手に納得してる幸太。

一体何を言っているんだろう・・・?

ていうか、何しにきたんだろう・・・


「しばらくはヒモだけど、よろしく」

「ヒモって何?」

「女に面倒見てもらってる男」


知ってる。


「ヒモって誰が?」

「俺が」

「誰の?」

「愛の」

「どうして?」

「俺が廣野家出てきたから」


そう言って、背中の大きなリュックを指さした。


なるほど。

それでここに転がり込むって訳ね。


「って、何それ!?何考えてるの!?」

「あ、言っとくけど、廣野組をやめた訳じゃないから。住むところを変えるだけ。

組員への挨拶とか、大学への住所変更届けとか、色々することがあってさー。

連絡できなくってごめんね」


なーんだ、そうだったの。


「い、いや、そういう問題じゃなくて・・・どうして!?どうしてここに住むの?」

「愛と暮らしたいなーと思って」


暮らしたいなーって・・・


「ダメ?」

「ダメ!」

「えー」

「・・・な訳ないじゃない!!!」


私は思い切り幸太に抱きつき、そのまま勢い余って二人してキッチンの床に倒れこんだ。


ビールが盛大にこぼれてしまったけど、後で掃除しよう。

一緒に。




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