第16話
ワガママな愛人になる。
そう決めて、本当にすぐにワガママになれるなら苦労しない。
私は普通の人よりワガママだし高飛車だと思う。
それでも、やっぱり9年も想い続けていた人に対し、いきなりワガママになるのは難しい。
それに「愛人」って何をしたらいいんだろう?
そんな愛人初心者の私の心中を見抜いてか、
統矢は翌日私を迎えに来て、そのまますぐにホテルへ連れて行った。
統矢は私と寝たかった訳じゃないだろう。
たぶん私がワガママを言いやすくするために、敢えて先に関係を持ってくれたのだ。
それと・・・統矢自身が覚悟をするために。
そうだとわかっていてもやっぱり嬉しかった。
「愛、もしかして初めてとか言わないよな?」
「さすがにそれはないわよ。統矢にするなって言われてたら、今までしなかったけど」
統矢はニヤリと笑った。
「それはもったいないことをしたな。愛がまだ子供の頃にそう言っておけばよかった」
お互いの緊張を解くためにわざとそんな軽口を叩いてから、統矢は私を優しく抱いた。
せっかく統矢が気を使ってくれたのだ。
クヨクヨしてたら時間がもったいない。
私は思う存分この1年を満喫することにした。
統矢もできる限り私の都合に合わせてくれた。
私のとんでもないワガママもいくらでも聞いてくれた。
イベントというイベントは全て一緒に過ごした。
お互いの誕生日はもちろん、ユウさんの誕生日にも統矢を帰らせなかった。
家族にとって大事な日こそ、この1年は私と一緒にいてほしかった。
私の未来に、統矢との家庭はないのだから・・・
そんな嫉妬からのワガママ。
でも統矢は文句の一つも言わなかった。
そんな統矢もさすがに子供が生まれた日だけは、会いに行かせてくれ、と私に頼んだ。
だけど私は許さなかった。
子供の顔なんてこれからいくらでも見れるじゃない。
誕生日だって来年も再来年もその次もずっと祝えるじゃない。
今は私のところにいてよ!
でもさすがに、私もこれは反省した。
統矢とユウさんに申し訳ないと思ったというより、子供がかわいそうだと思った。
だから翌日は、グッと我慢して統矢に病院に行ってもらった。
その夜、統矢は私のところにきくれたけど、とても機嫌がよかった。
それが癇に障って仕方なかった。
それ以来、私はますます統矢を家族から離そうとした。
統矢は家で、子供のイベント事もできなかったかもしれない。
でも、もう子供がかわいそうだとも思えなくなっていた。
どうせ私に会ってない時間は、家でユウさんと子供と楽しく過ごしてるんだから。
毎年あんなに心待ちにしていたクリスマスも今年ばかりは来て欲しくなかった。
いつまでもこの1年を味わっていたい・・・
少しでも長く統矢といたい・・・
でもそういう時は、時間がたつのが異常に早い。
あっという間に冬が終わり、春が過ぎて、気づけば夏を越えて秋になっていた。
11月に入った頃には、毎日が、いや、毎時間がカウントダウンのようだった。
もう終わってしまう。
もう統矢に会えなくなる。
そしてついにその日は来た。
23歳のクリスマスイブ。
12月に入ってからは、統矢と毎晩一緒にすごしていた。
統矢は決して私のマンションには来ようとしなかったから、いつもホテルだ。
しかもかなりいい部屋ばかりだから、ホテル代も馬鹿にならないだろう。
もちろん統矢は気にもしてないけど。
24日は昼前に二人して起き出した。
まるでお通夜のような顔をしている、と統矢に笑われた。
でも理由がわかっているので、統矢もあまりつっこんではこなかった。
「明日で最後ね」
「・・・そうだな」
「今日のパーティは一緒に行ってくれるの?ユウさんは来ないの?」
統矢の顔が一瞬曇る。
「ユウは・・・来ないよ」
そうか、子供も小さいし、無理して出るようなパーティじゃないしね。
「今日の夜は、一緒にいてね。明日の夜まで・・・」
「ああ、わかってる。クリスマスまでの約束だったからな」
「ええ」
それから統矢は何かを思い出したのか、ハッとした顔になった。
「愛、悪い。俺今から一度家に戻る」
「・・・え?今日も一緒にいてくれるんじゃないの?」
「悪いな。パーティでまた合流しよう」
「・・・そうね、私も準備しないといけないし」
「後で」
「わかったわ」
どうしたんだろう?随分と慌ててるみたいだけど。
まあ、せいぜいユウさんと何か約束でもあったのだろう。
今は1秒たりとも統矢をユウさんのところに帰すのはイヤだけど、
統矢の慌てた様子に思わず帰してしまった。
だけど、統矢はいつも通りパーティに来て、
約束通りそのまま私と一緒にまたホテルへ行ってくれた。
ずっと夢だった、統矢とのクリスマスイブ。
でも、嬉しさより悲しさの方が大きい。
中学2年のクリスマスイブに統矢に「お嫁さんにして」と言ったときは、
まさかこんなに悲しい思いをすることになるんて思ってもみなかった。
いっそ、昔の私に、辛い恋になるからやめなさい、と言ってあげたい。
でも・・・
たとえこれだけ悲しい思いをするとわかっていても、私はやっぱり統矢に恋しただろう。
この楽しかった夢のような1年のためなら、何年でも片思いしただろう。
その1年も明日で最後。
明後日から私は何を糧に生きていこう?
イブの夜もやっぱり瞬く間に過ぎていった。
でもそのほとんどを私は泣いていた。
統矢も眠ることなく、そんな私につきあってくれた。
クリスマスの朝、私はデパートに統矢を連れて行き、
最後のプレゼントをねだった。
この1年間で、私は統矢にたくさんのプレゼントをもらった。
正確に言うと、私がねだったものは何でも買ってくれた。
だけど、まだどうしても欲しいものを貰ってない。
「指輪?」
「ええ。指輪ならなんでもいいの。安くていいの」
だから宝石専門店なんかには行かず、デパートに来た。
しかもデパートの1階。
お手軽に買える安い指輪がたくさん並んでいる。
イミテーションの小さな石が光る、9千円ほどの指輪を私は手に取った。
「・・・ダメだ」
「お願い」
「ユウにも指輪なんてあげたことないんだ。だからダメだ」
「・・・どうしても?」
「どうしても」
統矢がここまでキッパリと私のワガママを断るのは初めてだった。
やっぱり、ユウさんにはかなわないんだな・・・
「その代わり、他のものならなんでも買ってやるから」
「どんなに高くても?」
「ああ」
私はあてつけのように、本当に高いダイヤのネックレスをねだった。
さすがにこんなに高い物は無理、と統矢に言わせたかった。
それなのに・・・
統矢はその場で、しかも現金で、それを買ってしまった。
「統矢、先に帰って」
「・・・いいのか?」
「もう大丈夫だから・・・クリスマスでしょ。ユウさんと子供さんのところに行ってあげて」
「・・・」
ネックレスを買ってもらった後は、またホテルで過ごした。
1秒1秒が苦しかった。
いっそのこと早くこの時間が終わったほうが楽になれるかもしれない、と思った。
それでも統矢を手放せなかった。
だけど・・・
もう8時。
いい加減終わりにしなきゃ。
統矢は私を抱きしめて軽くキスをした。
初めてキスしてくれたときのように。
「じゃあな」
「・・・さよなら」
「・・・ああ」
そして統矢は出て行った。
私は1年前の夜と同じように、ひたすら泣き続けた。
この時、私は統矢が出て行った扉を見つめていた。
もしかしたらまたあの扉が開いて統矢が戻ってきてくれるかもしれない。
もちろん、そんなことはなかったけど。
でも、統矢は・・・
統矢はクリスマスイブに、ユウさんから「明日の朝出て行く」と聞かされていた。
それなのに、イブの夜もクリスマスもずっと私と一緒にいてくれた。
統矢はユウさんを最後、見送ることもできなかったんだ・・・