回想 1年目 暇を持て余す
さて公爵様の後妻となって早3年、領地は大きいが荒れ地が多い公爵領で私が始めた『青木昆陽先生に倣って芋っぽいものを植えてみよう』計画は順調に進んでます。
きっかけは、お庭がなんか寂しかったから。最初は綺麗なお花でもと思ったんですけど、うまくいかず、なんせ素人ですから。その時歴史の授業で習った多少の荒れ地でも育つ芋の話を思い出したんです。芋っぽいものは食卓に並んでいたし、育てるのが簡単なら私にも出来るんじゃないかと考えまして。
公爵領に着いた当初は公爵夫人として何かしなくちゃいけないんじゃないかと意気込んでいました。でも公爵領は鉱物資源に恵まれているので私が日本での知識を生かして金策に励む必要は全然無く、食事も普通に食べられる物(凄く美味しいわけでもないけど決して不味くはない)だったので改善に奔走する必要もなく(特に料理上手でもないし)、子供たちは王都で前奥様の実家(王族なのでお城近くに屋敷がある)から学校に通っているらしくこの領地に戻ってくるのは一年の4分の一くらい。末っ子は公爵領にいるらしいけど引退した前公爵夫人(要は公爵様のお母様)が面倒をみているらしく私の出る幕はない。
何が言いたいのかと言えばとても暇だったということです。公爵様は「余程の散財をしなければ自由にしてもらって構いません」と太っ腹な事を仰ってくださいましたが、そもそも散財出来るイベントがありません。公爵夫人に必要な社交も監視されてる異世界人には求められず。たまに王様に呼ばれて王城で話をする以外に私の予定はありませんでした。
別に不満は無かったし命があるだけで有難かったんですけどね。最初は殺されそうだったし。牢屋にも入れられたし。王様と話すときは檻に入れられてたし。今では応接室で客人として丁重にもてなされてますけど。でもね、何もせずに衣食住が与えらるという居心地の悪さ、根が真面目なので心苦しかったです。
屋敷には庭があったんですけど荒れてて、侍女さんに聞いたら前の奥様がいた頃は花で溢れていたけどお亡くなりになってから公爵様が庭の世話を止めたそうです。その時思い出したんです、祖母の趣味が家庭菜園で、キュウリ・トマト・ナス・ピーマン、少しずつだったけど色々育てていて楽しそうだったなって。その時この世界に来て初めて涙が出てきました。
それまではなんとか気を張って無理をしていた事に気付きました。そりゃそうですよね、切り殺されそうなのを何とか必死に回避して、冷たい牢屋で何日も過ごして、自分が無害である事をアピールして、泣いてる場合じゃ無かったです。とにかく必死に生きようとしていました。公爵夫人になってからも頑張ろうと意気込んで、自分に出来ることを見つけようとして。自分の居場所を作ろうと無理してたんだなって涙が出てようやく気付いたんです。
この世界では私は異物です。簡単に消されてしまう存在です。自分の価値を示さなければ。でも出来る事は見つからない。焦っていたんですね、あの頃は。
そんなこんなで暗い気持ちでボーっとお庭を眺めているときに思いついた『お庭に花を咲かせましょう計画』だったのですが計画は早々に頓挫、前奥様って凄い人だったんだなと尊敬しました。折角お庭の草むしりを頑張ったのに無駄にするのは嫌だなって思ったんですけど、お花が無理なのに祖母みたいに野菜なんてもっと無理じゃないか・・・と諦めかけた時、青木昆陽先生の事が頭をよぎったんです。歴史の授業を真面目に受けていて良かったです。
それからは公爵夫人としての立場をフル活用してなんとか芋っぽいものを手に入れ植えてみたところ、無事収穫出来ました。そしてデザートにして提供してみたところ侍女さん達の反応は上々、王様にも献上したところ王妃様にも評判が良く、なんとかこの世界で生きていけそうって思いました。
それが最初の年の事です。その年の終わり、子供たちが公爵領に戻ってくるまでは静かに過ごせてたんですけどね。