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ファスセウスを膝に乗せて

 お義母様から興味深いお話を伺いながら刺繍を頑張って1時間以上経った頃でしょうか、ファスセウスがお昼寝が終わって私たちのいる部屋へとやって来ました。ちなみに公爵様の誤解が解けた時から、ファスセウスは本宅で過ごしています。お義母様も一緒に本宅へ移って来られました。やはり皆で食事をした方が美味しいですからね。


「ハツコお母様」


 ファスセウスが眠そうに目を擦りながら、私に抱きついてきました。もう可愛過ぎて食べちゃいたいくらいです。私は彼を膝の上に乗せ、優しく抱き締めて頬擦りしました。もう少しでこんな事が出来なくなってしまうなんて、辛過ぎです。やはり侍女のふりをして付いて行こうかしら。

 この屋敷の侍女さん達は、目の部分だけが開いているベールを被って仕事をしています。最初は掃除のときに埃をかぶらないように付けているのかなと考えたのですが、針子の皆さんも同じようにベールを被って仕事をしていたので、貴族の屋敷で働く女性はベールを被る必要があるのかもと思いお義母様にお伺いしたら、不埒な男性から不利益を被らないように容姿を隠す為に大昔に決められた規則だそうです。この屋敷にはそんな男性はいらっしゃらないと思いますが、例え今が良くても後世の為に規則を変えるのは良くないそうです。なので私も顔を隠せば一緒に王都に行けるのではと淡い期待を持っています。ただ、王様から許可されないとは思うので空しい期待ですが。

 本当はお母様という呼び方は彼らの産みの母親だけのものにしたかったのですが、私には融通の利かない翻訳機能が付いているらしく、ママと呼ばせようとしてもどうしてもお母様になってしまうので仕方なく諦めました。 


「もう、またそのように甘やかして。ファスセウスはもう膝に乗るような年ではありませんよ」


 お義母様の苦言に耳を貸す気にはなれません。確かに6歳児は膝に乗せるには少々大きいかもしれませんが、そんな事はどうでも良いのです。私の愛しいファスセウスともうこんな風に触れ合えなくなるなんて。王族の血を引く子供が通わなければならない学校が王都にしか無いなんて、なんという悲劇なのでしょうか。


「おやつはなぁに?」


「今日は新作よ。楽しみにしてね」


 芋スイーツ作りは以前として続けています。最近はスイーツだけではなく、芋料理にも私の意見を取り入れてもらっています。最初は料理人に遠慮して添え物のスイーツにしか手を出していなかったのですが、この国では主食の芋は焼くか湯がくかの2択だけ。味付けもシンプルだし、それはそれで美味しいけど物足りないのも事実でした。芋スイーツの作り方を教えた料理人たちから主食の料理にも何か違う作り方があるのではないかと質問され、その瞳に漲るやる気を感じた私は自分の知識を惜しみなく提供する事にしたのです。


「ハツコお母様のおやつは美味しいから好き」


 そんな可愛い事を言う子供には、激しい頬擦りをお見舞いする事にします。私はぎゅーっとファスセウスを抱き締めて、ウリウリと激しく頬を擦り合わせました。お義母様は呆れた顔をしていますが、見なかった事にして続けます。ファスセウスもご機嫌にキャッキャとはしゃいでいるので私は満足です。


「本当に、ファスセウスが王都へ行ってしまってからあなたがどうなるのか心配だわ」


 私も心配です。私はこれから何を楽しみに生きていけば良いのでしょうか。王様からは以前王城で働かないかと提案されましたが、例え王城で働く事になっても子供たちと会える訳ではないのでまだ悩んでいます。同じ王都にいるのに会えないなんて、余計に辛いかもしれないので。


「ハツコお母様、一緒に行かないの?」


 こんな風に言われてしまうと、どんな手を使ってでもファスセウスについて行きたくなってしまいます。裏事情を知る前なら王様の威光を笠に着て王弟夫妻から子供たちを奪い返す事も考えたかもしれませんが、そんな事をしては王様と彼らの間に溝が出来てしまいます。そうなったら万が一ファスセウスが王位継承した後に王様に不利益になるかもしれません。古来より王位継承問題は色々と危険が付き物です。王様には王妃様と幸せな引退生活を送って頂きたいので、なるべく穏便に王族の方々との関係を保ってもらえるようにしなければなりません。

 実はファスセウスにはまだ私が王都に同行しないと教えていませんでした。そんな事私の口から言うなんて出来なかったのです。お義母様は漏らしてしまったせいで、ファスセウスが悲しそうな顔で私を見ています。お義母様はしまったという顔をしていますが、後の祭りです。


「嫌だ!ハツコお母様が一緒じゃなきゃ、僕も王都に行かない!」


 ファスセウスがきつく私に抱きついてそう訴えました。いつもは聞き分けの良い彼がこんなに激しく抵抗するなんて、正直に言うと天に舞い上がりそうな位嬉しいです。しかしこの国の行く末を考えるとここは心を鬼にしなければなりません。王様の事情を知っているのは今のところ私と王妃様だけなのだから、後継ぎ問題を考えるとファスセウスを説得出来なければこの国は詰むかもしれないのです。それだけ初代王の便利魔法は重要なのです。王様がこの仕組みを維持するのに重要な役割を果たしているのだとしたら、王位継承候補であるファスセウスの教育はしっかりしなければなりません。


「ファスセウス、私の話をよく聴いて」


 私はファスセウスの目を覗き込みました。彼の目には涙が滲んでいます。あまりに可哀そうで愛おしくてつい甘やかしてしまいそうになりましたが、義理とは言え母親ならきちんと子供を躾ける義務があるのです。


「王都では私は一緒ではありませんが、お兄様やお姉様たちと一緒に暮らせるのですよ。もっと長く皆と仲良く遊びたいと願っていたでしょう、それが叶うのです。王都で暮らせば皆と一緒の屋敷に住み、一緒に食事をし、一緒に遊べるのです。この屋敷では私とお祖母様とたまにお父様しか遊び相手がいませんが、王都にはレゾニティレンとシェラエナとブランシステスとネフェラス、それにお母様の姉君の娘さん、ファスセウスにとっては従姉に当たるお嬢様もいらっしゃるのです。学校にはきっともっとたくさんの遊び相手がいますよ。そう考えると王都へ行くのが楽しみになりませんか?」


 そんな私の説得に、ファスセウスは小さい子供がいやいやをするように首を横に振りました。その仕草が余りに可愛らしく、私は彼を抱き締めずにはいられませんでした。

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