そして現在に至る
それから屋敷に戻り、年末に帰宅した子供たちに人形劇への参加を頼み、快く承諾してもらいました。王様と王妃様に劇を披露すると打ち明けると、とても緊張していましたがそれ以上に皆の目にはやる気が満ちていました。
公爵様には王様との話し合いで奥様には非が無かった事、子供たちは確かに公爵様の子だという事、奥様の死に王様は関与していない事が判明したと話しました。詳しい話は王様に聞くように言い、私はまず子供たちに対して謝罪するように彼に求めました。
「子供たちはあなたが前の奥様の死から立ち直れていないだけだと信じています。ですから余計な事は言わず、ただ自分が悪かった、これからは以前のように皆にとって良い父親になるとだけ仰って下さい。陛下からは後程、お話があると思います。私が保証します、奥様は一切あなた達を裏切ってなどいません」
私の力強い言葉に、公爵様は一応納得したようでした。王様の秘密を話す事はしないと約束したので、私はその約束は絶対に守ります。おそらく、いつの日か王様は公爵様に自分の口から真実を打ち明けるでしょう。
「そしてファスセウスには、自分が不甲斐なかったせいで辛い思いをさせて済まなかったときちんと抱き締めて愛情を示して上げて下さい。あの子は、母親の命を奪った自分を責めています。あの子の心の重荷を軽くしてあげて下さい。それは私には出来ない事なのです」
私がいくらお母さんはあなたを無事産む事が出来て喜んでいると話しても、それはファスセウスの心には響いていないようでした。私はどんなに頑張っても所詮は赤の他人、私が掛ける千の慰めの言葉よりも、父親の一言の方が彼にとっては意味があるでしょう。
「それとも、もうあの子たちを愛せませんか?それならそう仰って下さい。これまで通り、あなたが奥様を忘れられず子供たちと向き合えないという話にしておきます。あの子たちには可哀そうですが、仕方ありません。公爵様の御気持ちは理解は出来ませんが納得はしておりますので」
どのような理由があろうとも、子供に辛く当たる親の気持ちなんて私は分かりたくありません。ただ、王様の言動で傷付いた公爵様の気持ちは分かります。
「・・・いや、私は其方の言う通り、亡くなった妻の分まで子供たちを大事にしなければならなかったと反省している。妻が自分を裏切るような女性ではないと分かっていたのに、あの時の私はどうかしていた」
私の言葉は公爵様の心に届いていたようです。私は王様が親友に疑われて傷付いてつい感情的になってしまったと説明し、公爵様にも王様に対して配慮が足りない部分があった事を教えました。
「そうか、私は愛する妻だけではなく親友である陛下まで信じられず、知らずに傷付けてしまっていたのか」
お互いに傷付け合い無駄な時間を浪費してしまいましたが、これからは王と臣下として健全な関係に戻ってくれると信じたいです。それが叶えば、私がこの世界に来てしまった事に対して私の心の折り合いがつくような気がします。
「公爵様、私は子供たちの義理母としてこの家で暮らしていきたいと考えています。これからもお互いに良い距離を保ちながら、仮の夫婦として生活していく事は可能ですか?」
元々は異世界人の監視役としての役割が半分、公爵様への嫌がらせ半分で王様は私を公爵様に押し付けたと謝って下さいました。私としては自分で産む事無く可愛い子供たちを得る事が出来てとても幸運だったなと考えていましたが、王様は前の奥様を思い続けている公爵様の妻であり続ける事が苦痛ではないかと心配して下さったようです。ですので、お二人がお越しになった際に公爵様との婚姻を破棄したければしてもよいと仰いました。しかし、私は今更子供たちと離れるなんて考えられません。
「其方さえ良ければ、これからもよろしく頼む」
私と公爵様は握手を交わし、改めて夫婦として生きていく事となりました。公爵様は早速子供たち一人一人を抱き締めて心から謝罪し、子供たちは泣きながら父親の愛情が戻った事を喜んでいました。ファスセウスは初めて父親から自分の名前を呼んで抱き締めてもらい、その日はずっと公爵様から離れずに嬉しさの余り泣き続けていました。私がこの世界に来てから3年、やっとこの屋敷に子供たちの本当の笑顔が戻ったのです。
王様と王妃様は子供たちが王都に戻る前に公爵家にいらっしゃいました。私と子供たちは練習の成果を遺憾なく発揮し、最前列でご覧になったお二人は勿論の事、一緒に来られた側近の方々にも人形劇は大変好評を博しました。
「其方は天才だな、これからも精進し皆を楽しませよ」
「有難きお言葉、大変嬉しく存じます。これからも努力を重ね、技を磨いていきたいと存じます」
原案は偉大な作家の作品なのでその点は心苦しいのですが、アレンジと人形操作、芝居に関しては私と子供たちの努力の結晶なので、その点は誇って良いと思います。一人何体もの人形を操りながら声色を変えて芝居をするなんて、この子たちはなんという才能に溢れているのでしょう。親馬鹿かもしれませんが、私は子供たちの短期間での見事な成長に胸が一杯になりました。
「それで、其方はこれからどうするのだ」
「これからも、この屋敷で公爵様の妻として生きていきたいと存じます」
「自分を愛さない男の妻で良いのか」
「だから良いのです。私にとって公爵様は、愛する子供たちの父親として存在して下さる事が大事なのです。私は子供たちを産んで下さった前の奥様の立場を奪いたくないのです。子供たちの大事な母親である彼女にはとても感謝しております。私は彼女の分まで、子供たちの成長を見守りたいと思っております」
私の嘘偽り無い本音に、王様は納得して下さりました。愛を求めない、実子を望まない私を理解出来ないかもしれませんが、元々私は恋愛には興味が無いのです。
「ならば其方の希望通り、これからも公爵の妻として精々励むが良い。ではそろそろ城に戻るとする」
王様たち御一行は、おいでになられた時と同様に魔法の扉から帰っていかれました。公爵様も同行されました。きっとあちらで王様からの謝罪を受けられるのだと思います。子供たちは自分たちは馬車移動なのにと後で少し不満そうにしていましたが、あの扉はこの屋敷と王城の中心部にある王家のプライベート空間とを結んでいるので、子供たちが気軽に利用するのは難しいとの事でした。私は私的な用件で呼ばれる客人なので使用可能なのです。あと、何かあった時に証拠隠滅がしやすいという理由もあるのだと思います。まだまだ異世界人を完全には信用していないと王様から冗談めかして脅されました。私がこの世界に完全に受け入れられるには、まだまだハードルが高そうです。




