回想 3年目 決意
それは心からの謝罪でした。色々な事情を知る前だったら決して許さないと思ったかもしれませんが、王様の辛い現状を知ってしまった今となっては、ただ魔法使いの方が気の毒だなという感想しか浮かびませんでした。それは今が幸せだからかもしれません。私には愛する5人の子供たちがいるのです。
「謝罪を受け入れます。ですから、陛下は公爵様と仲直りして下さい。元の関係には戻れないかもしれませんが、せめて前の奥様と不貞関係は無かった事だけはちゃんと説明してあげて下さい」
私の要望に、王様は難しい顔をしました。
「本当の理由は話さなくて良いのです。ただ、王家の問題で相談事があって訪ねただけだと説明すれば良いのです。公爵様は御自分の立場を理解しておられます、深追いはなさらないでしょう」
子供たちが公爵様の実の子であるという事さえはっきりしてくれたら、私には十分です。公爵様は納得出来ないかもしれませんが、子供が出来ない問題に関しては私は王様と王妃様の味方です。子供が出来ないから価値がないなんて、そんな事は絶対にあってはならないのです。叔母がどれだけ私たちにとって大事な存在だったのか、もう伝える事が出来ない事が悔まれます。
「陛下には辛い話題かもしれませんが、私にとっては公爵様が子供たちへの愛情を取り戻して下さる事が一番重要なのです。その為にも、奥様の無実を証明していただきたいのです」
それを聞いた王様の表情は後悔に満ちていました。
「・・・私は知らなかったのだ、彼女が亡くなり公爵が乗り込んでくるまで、余のせいであの二人が仲違いしているとは考えもしなかった。あの二人は深く愛し合い信頼し合っていると思っていた。寝室で話していたのは誰にも知られず話をしたかったからで、まさかそのせいで彼女が疑われるとは想像もしていなかった。あの時は冷静さを欠きつい売り言葉に買い言葉で対応してしまったが、馬鹿な事をしたと思っている」
暫しの沈黙の後、王様がそう懺悔しました。公爵様と奥様の関係性を信じていたからこそ、自分の行動が二人の仲を引き裂く事になるとは全く予想していなかったのです。
「ただ、もし公爵が子供たちの父親が余であると考えたら養子に出来るかもしれないという計算はあった。だから公爵の疑いのままに彼女との関係が昔からのものだと誤解させたのもある」
たとえ初恋の女性の名誉を傷付けたとしても、後継ぎを得る事を優先したかったそうです。それは自分の為でもありますが、子供が出来ぬ為に王妃様に肩身の狭い思いをさせたくないという思いでもありました。
「子供たちにも悪い事をした。まさかあれ程までに彼らが冷遇されるとは思わなかったのだ。しかし、今更本当の事を言う訳にもいかなかった」
子供が出来ない辛さは、私の考える以上に大きいものなのかもしれません。私は両親のせいであまり子供を持つ事に希望を持っていませんでしたが、王様という立場にある以上そういう訳にもいかないのでしょう。
「余のくだらない意地のせいで、皆を苦しめてしまったな」
その事に気付けたのなら、これからの行動で彼らに詫びる事が出来るはずです。王様が簡単に頭を下げる事は出来ないかもしれませんが、子供たちの為にも公爵様の誤解だけは解いて頂かないと。
「相分かった。公爵と子供たちには謝罪しよう。妃にも、何度もそう言われていたのだ」
王様は王妃様にはきちんと自分の過ちを話せているようです。それだけお二人の関係が良好だという事なのでしょう。
「其方には何か褒美を取らせよう、何が良いか考えておくように」
王様の提案に、私は何が良いか考えました。すぐに返事をしなくても良いのかもしれませんが、色々な話を聴いた今、私には一つ思いついた事がありました。
「では、両陛下揃って我が公爵家においで下さいませんか」
私はこの世界に偶然迷い込んだ異分子なのだと思っていましたが、実は王様を楽しませる為という理由があったのです。最初に公爵様から聞かされた時には王様に対して腹が立ちましたが、王様の事情を知り私に出来る事ならその役目を果たしたいと思いました。
「お二人を楽しませる為、ご覧になって頂きたい物があるのです」
お二人の為、子供たちや侍女さん達の力を借りて、私は人形劇を披露しようと思います。王城にあの大荷物は持って来るのは大変なので、公爵家に来て頂けたら助かるのです。
それから王妃様にもお話を伺いました。王様の言い分だけでは王妃様がどれだけ辛い思いをされているのか分からないからです。
「私は産まれた国では年老いた先代王の愛妾の娘でしかありませんでした。現王は年の離れた兄、この国との縁談が持ち上がった時に兄には嫁がせる為に丁度良い年頃の姫がおらず、私は兄の養女となりました。先代王が亡くなってから私たち母子の生活は困窮しておりました。母は多額の金銭と引き換えに私をあっさり手放しました。元々、私は王の愛を得る為に産んだ子に過ぎません。父からは可愛がられておりましたが、それは愛玩動物を愛でる様な扱いでした。私は誰にも逆らう事が出来ず、ただ言われるままにこの国に嫁いで参りました」
王妃様の昔話は、涙無しには聞けない辛いものでした。祖国では身分の低い愛妾の娘と蔑まれ、父親からは自分に都合の良い反応だけを求められる人形のような扱いを受け、それでもその父親が生きている間は贅沢な暮らしが出来ていましたが、亡くなった途端に王宮から追い出され貧しい暮らしを余儀なくされたそうです。母親からはもう少し成長したら娼館に売ると脅され、夢も希望も無い辛い日々を送っていたそうです。
「この国に嫁ぐ時、兄からは『おまえは人質なのだからどのような扱いを受けても耐えよ』と言い含められました。祖国はこの国からの援助が無ければいつ攻め込まれてもおかしくない弱小国です。私はどのような扱いを受けるか戦々恐々としながら、決死の覚悟でこの国へと参りました。式を終え初めての夜、私は国で教えられた寝所での作法を必死に実行しようとしましたが、陛下はそれを止められただ優しく私を抱き締めてお休みになりました。まだ12だった私には教えられた男女の営みはとても恐ろしく、何もされなかった事に安堵致しました。陛下はとてもお優しく、私の事をいつでも気に掛けて下さいました」
若いと思っていましたが、そんな年齢で嫁がされたとは酷い話です。王様からあまりに大事にされて心苦しくなった王妃様は、自分には人質としても価値は無い事を正直に告白したそうです。しかし王様はそのような事は分かっている、我が国の諜報機関は優秀なのだと仰って、王妃様の不安に気付いてやれなかった事を逆に詫びたそうです。それから王様からも真実を打ち明けられたそうですが、王妃様はその事でより一層王様の事が愛おしく感じたそうです。
「陛下の御子はいずれ産みたいと思う気持ちは御座いますが、私は自分が良い親になる自信がないのです。私はただ親にとって都合の良い存在でしかありませんでした。実の両親も養父である兄も、私が自分の意志を持つ事を否定しました。陛下はいつでも私が何を望んでいるのか尋ねて下さいます。私はただあの方の隣で一生暮らせたら、それだけで良いのです」
私もあの両親にとっては、世間体の為の都合の良い存在でしかありませんでした。受験させられたのも、私の為というよりは娘を有名女子高に通わせているという自分たちのステータスの為だったのだと思います。私はそれでも祖母と叔母のおかげで救われていましたが、王妃様にはそのような存在はおらず、王様と出会って初めて幸せを感じたそうです。
「ですから、誰に何を言われても平気なのです。陛下は私以外の女性を娶る事は無いと約束してくれております。私はたとえ子に恵まれなくても、陛下の愛情だけで十分過ぎる程幸せなのです」
そう仰られた王妃様の笑顔は、とても美しいものでした。私はお二人の幸せ、公爵様と子供たちの幸せ、そしてこの世界で私に親切にしてくれた全ての人達の為にも、自分がこの世界で果たせる役目があるのならそれを全うしようと心に誓いました。




