回想 3年目 弁護
「公爵様は、奥様を愛していたのではないのですか。愛した女性を信じられないのですか。奥様は、陛下に無理矢理そういう行為を強いられていた可能性だって考えられるではないですか」
私は出来るだけ感情的にならないように、努めて冷静な口調で言いました。女性は、男性に力では叶わない場合が多いです。しかも無理矢理行為を強いられて、それを理由に脅されて関係を続けさせられる場合だってあるのです。公爵様や子供たちを守る為に酷い扱いに耐えていた可能性だってあります。奥様の言い分を聴かず、王様の話だけで判断するのは間違っています。もうすでに奥様は亡くなっているので弁解する事はできませんが、私がその分彼女が置かれた立場について弁護しなければ。
「公爵様が陛下に逆らえなかったように、奥様も逆らえずに辛い思いをされていた可能性があります。それと、子供たちが公爵様の血を引いているのは一目瞭然ではないですか。皆あなたに似ています。もしそうで無かったとして、子供たちにどんな罪があるというのですか。父親であるあなたに冷たくされて、彼らはとても傷付いています。あなたには、彼らに対して責任があるのですよ」
私は母親から「あなたさえ産まれなければもっと自由だったのに」と言われた事があります。その時は自分が悪いと思いもっと良い子にしなければと考えてしまいましたが、それは間違っていました。子供たちは何も悪くありません。私は出来るだけ冷静に、公爵様に話し掛けました。自分の母親への感情と公爵様への感情は分けて考えなくてはなりません。
「公爵様、あなたがとても傷付いた事は分かりました。しかし、冷静になって考えて下さい。陛下がそんなに何度も通っていたら、屋敷で働く者たちに気付かれているはずです。私は侍女やあなたのお母上から前の奥様のお話を聴きましたが、彼女の事を皆が褒め称えていました」
だから私は、子供たちを産んでくれた女性である前の奥様には良い感情しか持っていません。もし何かしらの疑惑が存在していたとするならば、侍女さん達の口から二人はとても愛し合っていたという話は出なかったのではないでしょうか。屋敷の者たちは私の事を王様からの預かり者として最初から丁重に扱ってくれているので、私に対する悪意でわざと彼女を褒め称えたという可能性はありません。むしろ最初は私に気を遣って誰も前の奥様の事を話してはくれませんでした。私が公爵様とは仮の夫婦だと説明してしつこく尋ねたので、話してくれるようになったのです。
もし王様の話が事実無根ならば、奥様は全くの無実という事になります。何の為に嘘を吐いたのかは分かりませんが、好きだった女性を取られた腹いせ、売り言葉に買い言葉という事も考えられます。日本で流れていたドラマでは、男性が見栄を張る為に嘘を吐く場面を何度も見ました。奥様に相手にされなかった王様が、その事を恨みに思い彼女を陥れた可能性だってあります。
「今度王城に呼ばれた時に、私が真偽を確かめます。ですから、公爵様は今一度冷静に奥様との結婚生活を振り返ってみて下さい。彼女は子供たちを愛し、庭で花を育て、この屋敷をあなたの為に居心地の良い場所にしようと頑張っていたのではないですか」
公爵様の目から静かに涙が零れました。私は直接前の奥様とお会いした事はありません。しかし、皆の話に出てくる彼女はとても夫を裏切って平然としていられるような人ではありません。彼女の名誉の為にも、子供たちの未来の為にも、私が王様に直接真相を尋ねます。
「奥様が亡くなってからの長い年月、子供たちにした仕打ちは取り返しのつかない事です。子供にとっての6年は長いのです。もし誤解だと判明したら、きちんと子供たちには謝罪してもらいます」
どのような理由があったにしろ、子供たちに罪はありません。母親が亡くなり愛情を注いでくれるはずの父親から冷たくされた子供たちの悲しみ、その感情の捌け口にされたファスセウスの苦しみを思えば、正直公爵様がいくら謝ったとしても許せるものではありません。しかし、子供たちは自分たちの父親は妻を亡くした悲しみから立ち直っていないだけなのだと思っています。もし公爵様が謝罪したら、きっと受け入れてくれるでしょう。
「よくお考えになった上であなたが今更子供たちを愛せないというのなら、私がその分彼らを愛します。血の繋がりはありませんが、私にとってはとても大事な子供たちなのです」
私の両親は血の繋がっている子供を愛していませんでした。あの二人が結婚したのは世間体の為、結婚して子供がいた方が社会で信頼を得るのに都合が良いからです。そのような理由の為に犠牲になった私と弟のような辛さを、子供たちには味合わせたくありません。私にとって血の繋がりなんてあまり意味の無いものなのです。祖母と叔母と弟にはもう一度会いたいと何度も思いましたが、両親の事は欠片も懐かしく思いませんでした。
今の私にとって、子供たちの存在はこの世界で生きる為に必要不可欠なのです。公爵様が自分の血を引いていない可能性のある子供は愛せないというのなら、私が彼らを産みの母親の分まで大事にするだけです。
「とくにファスセウスはあちらの世界との繋がりを全てを失った私を救ってくれた恩人です。彼の為に色々と行動した事が、今の私の生き甲斐になっています」
彼の為にも、私は今度王城に招かれた時にきっちり片を付けます。今まではかなり緊張しながら王様と話していましたが、私は義理とは言えすでに5人の母親なのです。子供たちの為ならば、日本では普通の平民だった私でも王様と対等に闘えるのです。
「公爵様、奥様を愛した自分の気持ちを大事にしてあげて下さい。その気持ちは本物だったはずです。仮に裏切られていた事が事実だったとしても、あなたが彼女を愛した事まで否定しては可哀そうです。相手の気持ちは実際に確かめる事は出来ません。ですが、自分の気持ちは自分で分かるでしょう。不確かな相手の気持ちを疑うよりも、確かな自分の気持ちを信じてあげて下さい」
そして願わくば、子供たちへの愛情が復活しますように。私がどんなに愛情を注いでも、きっと父親から優しくされる方が嬉しいだろうから。子供たちは、本当に公爵様の事を慕っています。屋敷の者たちは公爵様の事を決して悪く言いません。皆が公爵様が立ち直るのを待っています。だから私のような異分子に現状打破を期待しているのです。子供たちは、私が公爵様にきちんと意見が言える存在だから私の事を認めてくれたのです。
「あなたが奥様を信じれば、それが真実です。陛下が何を言おうと、あなたは彼女の愛情を信じるべきでした。今からでも遅くありません、毅然とした態度で陛下に彼女が不貞などするような女性ではない事を主張なさって下さい。屋敷の者は皆、あなたが以前の愛情深い父親に戻るのを待っています」
公爵様は顔を伏せ、声を殺して泣いていました。私は彼が落ち着くまで、そっと背中をさすり続けました。