回想 3年目 公爵様の言い分
「私は、陛下には逆らえない」
そう言った公爵様の表情には、暗くて深い後悔の念が滲み出ていました。私は彼に寄り添い、その手を握り締めました。子供たちが相手なら抱き締めたのでしょうが、公爵様との距離はまだそこまで縮まっていません。私は彼の心が再び閉ざされないよう、静かに次の言葉を待ちました。
「・・・妻とは、子供の頃から仲が良かった」
いよいよ、前の奥様の話になりました。侍女さん達の話ではとても仲の良いラブラブ夫婦だったそうですが、どうして子供たちに素っ気なく接するのか。その理由を聞き逃さないように、私は公爵様に話の続きを促しました。
「私と妻は同い年で、10歳の時に将来を誓い合った。だが王の血を引くのは同じとはいえ、あちらは先代陛下の弟君の娘、こちらは何代も前に臣籍に下った立場では、身分に隔たりがありどちらの家も最初は良い顔をしなかった」
私には大した違いに思えないけど、王族にも色々身分差があるようです。公爵様と奥様、それに王様も1つ年上ですが親友と呼べる程の仲だったそうです。
「その上、妻は陛下の妃候補であったそうだ。その頃は国内の有力貴族から正妃を迎えるべきだという意見が強く、彼女は第一候補だった」
王様にとっては従妹に当たる前の奥様は、血筋も容姿も性格も抜群に良かったそうです。王様も憎からず思っていたらしく、そのまま情勢に変化が無ければ決まっていたそうです。しかし、天は二人に味方します。他国で戦争が始まり、王様(その当時は王太子)は国の為に隣国の姫と婚約する事になりました。
「私たちは結婚を許され、子宝にも恵まれた。それは他人の不幸の上に成り立つ幸せだった。しかし私はその事に気付かず、自分たちの愛が成就した事に酔っていた」
王様も前の奥様の事を好きだったのに、国の為に諦めたんですね。私は誰かを好きになった事が無いので分かりませんが、手に入る目前で奪われる気持ちは想像すると切ないです。
「陛下は私たちを祝福して下さった。私は心からそれを信じていた、あの時までは」
急に声のトーンが変わりました。公爵様は私の手を強く握りました。私も同じくらいの力で握り返しました。
「私はその日、帰宅する予定では無かった。しかし身重の妻が心配で、少しだけでも顔を見ようと誰にも告げずに帰宅した。そこで見てしまったのだ、妻が陛下と寝室から出てくるところを」
公爵様が私の手を握る手に痛いほど力を込めました。
「陛下がいなくなった後、妻に問い質した。彼女は必死に言い訳をしてしていたが、私は信じられずに屋敷を出た。そして、そのまま二度と会う事無く彼女は死んでしまった」
思ってた以上にヘビーなお話です。だからファスセウスの名前を出しただけであんなに激しく感情が乱れていたのですね。でも、寝室から一緒に出てきただけで浮気だと決めつけるのは短絡的なのではないでしょうか。
「私は陛下を問い詰めた。陛下は仰った『身持ちの悪い女が死んだ、それだけだ』と」
酷い言い方です。愛する妻を失い精神的に弱っている時にそんな事を言われたら、どれだけショックだったのか想像に難くありません。王様の話によると、あの扉を使い公爵様のいない時を狙って奥様の元へ通っていたそうです。二人の関係は結婚してすぐに始まっていたそうで、子供たちはどちらの血を引いているか分からないと公爵様は考えているそうです。
「私は屋敷に戻らなかったので妻は産褥で死んだと思っていたが、どうやら陛下が妻の死に関与しているらしい」
もしそれが真実だったとしても、この国の最高権力者である王様を裁く事は出来ないのだそうです。私はどういう言葉を掛けたら良いのか分からず、ただ公爵様の手を握る手に力を込めました。
「私が余計な事をしたら妻が不貞を働いていた事を皆に話すと言われ、私は陛下に何も言えなくなってしまった。あんなに可愛いと思っていた子供たちも、視界に入るのも煩わしく感じた」
公爵様にも事情があったのは分かりました。しかしそれと子供たちへの対応は別の問題です。私は子供たちの気持ちを考えると、公爵様をすんなり許す気にはなれませんでした。
「妻に裏切られた惨めな自分の立場を守る為、私は愚かにも陛下の言いなりにならざるを得なかった」
確かに日本でも浮気された側が何故か笑い者になったりする場合がありました。公爵様が自分の事を守る為に行動したのもやむを得なかったのかもしれません。だからと言って魔法使いを残酷な目に合わせた事の言い訳にするのは、納得出来るものではありません。それに、侍女さん達の話から察する奥様像は、夫を裏切る酷い妻という印象は全く感じられなかったのです。